オマケのハナシ 【オレを見る彼女の目が明らかちがう】シンちゃんvision

彼女の様子が変わったのは、今回3度目で。


一度目は、彼女の職場で人事異動があってしばらくしてから。今まで笑ってくれていたジョークが通じなくなった。

気分転換になればって、旅行に誘った。だけどさ、なんか、旅行から帰って来て、さらにひどくなったなぁ。ケンカもしなくなってしまった。


二度目は、彼女が退職してから。オレに隠れてコソコソと自分の荷物をまとめていた。バレてないつもりみたいだけどね。


そして、今朝が三度目。



彼女の目が。



 オ レ を 見 る 目 が 明らか ち が う 。



あの頃からね、彼女はオレのことを見ないようにしていたんだよ。目を合わそうともしない。

会話も、ほとんどオレの方から話しかけていたんだ。ほら、よく飼い主がペットに話しかけてるようなやつ。


オレだっていくら鈍感でも気づくよ。そこまでされたらさ。

最悪、他に好きなヤツでもできたんじゃないかって。そんなこと考えたくもなかったけどさ、オレ、自信がなかった。

それでも、やっぱ、彼女となるべく一緒にいたいから、仕事が終わればまっすぐ帰って来たし、休みもとるようにしてたし、家事も、彼女に負担がかからないように配慮してたんだ。

彼女、洗濯は好きなんだよなぁ。料理は嫌いなのにさ。よく洗濯機をボーっと見つめて何やら呟いてたりする。

まるで、洗濯機が愚痴を聴いてくれる親友かのように。オレなんかよりずっと頼りになるのかな、ちょっと悲しかった。


そんな彼女が、今朝からはオレの、特に顔をじーっと見てくるようになった。

それは、オレを見ているようで、オレを見ていないような、なんとも不思議な感覚だった。


彼女は寝起きが悪い。夜は寝付きが悪そうだ。いつもオレの方が先に寝てしまっている。

今朝も、なかなかベッドから起き上がれない彼女。

朝食は彼女の好きなベーコンエッグを作る。


なるべくオレは彼女と一緒に食事をとるようにしている。でないと会話するチャンスがなかなか持てないからだ。

もうずっと、彼女を抱いていない。時々抱きしめたりはさせてもらえるけどさ。

かといって無理強いはしたくない。彼女にだって権利はあるからね。


手が届きそうで届かない、微妙な距離にいるオレたち。そこにあるのに掴めない、蜃気楼。どうにか掴んでやろうと、彼女の友達にも相談してみたり。だけど、全くその距離は縮まることがなかった。


以前から、よくため息はついてたんだけどさ、なんか、昨日までとは少し様子がちがう。

なんていうかさ、憂鬱さはなくて、表情はやや明るくてやわらかいんだ。

オレもなんか、自然と笑顔になってきた。


彼女は時々、突拍子もないことをいうんだけど、今朝はさ、オレに整形疑惑がかかった。

このオレがどうやらイケメンになったらしい。久々に、大笑いしたよ。

良かった、コーヒー口に入れてなくて。


なんかさ、そんな会話でも、オレ、結構たのしかったんだ。

オレの名前も、久々に呼んでくれた。


ゴンッ!!!


あーあ、マミのやつ、また頭を打ったなぁ。あの角、どうにかしないとな。



「ん?マミ?どこ行くの?あわてて」

「あ、健康診断の結果、今日聞きにいかなきゃいけないの、忘れてたの、行ってくるわ」

「そう、気をつけて」



ん?マミのやつ、洗濯物干さずに行ったんだ、珍しい。健康診断の結果って、そんな急ぎで聞かなきゃだっけ?まいっか。


あー、なんか頭痛てぇ。マミが参加したっていうサークル。あの変なお香みたいな臭いかいでからだな。痛み止めって、なかったっけ?


マミの薬箱から借りとくか。

あ、勝手に使ったら怒られたよな、前に。一応メモを置いておこう、あとで。

オレっていつのまに、こんな慎重派になったんだろ。


帰宅してきたマミ。どうやら健康診断の結果はどうもなかったようだ。

それにしても、やっぱ、オレのこと見てるよなぁ。なんでだろ?

さっき鏡見たけど、別段なんにも変ったところはなかったよな。



ふぅ。スポンジで上手く角を保護できたかな。これでマミの頭も痛くない、痛くない。


汗掻いたし、着替えるか。

ピンクのTシャツ、乾いてるっけ。あ、マミが持ってるじゃん。

「マミ、それ畳まなくてもいいよ、今着るから」


おやぁ?マミの顔が真っ赤だ。照れてる?

「あれ?マミどうしたの?熱でもある?顔が真っ赤じゃん」


ははっ(笑)やっぱ今日のマミどっか変だな。でもかわいいからいいや。


とにかく、マミがオレをめちゃくちゃ見てる。

そのことが、どうしようもなく、嬉しかったんだ。


やっぱオレ、マミのことが好きなんだなぁ。


なんかさ、急に自信が持ててきてさ、ちょっと大胆になってみたんだ、オレ。


彼女を買い物に誘ったらOKもらえた。小さくガッツポーズしたよ。

彼女と二人きりででかけるのは、けっこう久しぶりだ。にやけるなっても無理だろ。


オレが彼女に近づくたびに、彼女はまるで少女のように耳まで紅くなってドギマギしていた。

家につくころには、半泣きになってた。可愛い。なんか、新鮮だったよ。

でも、せっかく作った彼女の大好物のハンバーグ。彼女はほとんど口にしなかった。残念。


まぁ、今日は二人で出掛けられただけでも良しとしよう。



彼女は、彼女が思っているほど、容姿は悪くない。どちらかというと、オレの好みで可愛い。

オレと背の高さもつりあっていて、お尻は大きいと気にしているが、オレは好き。

色が白くて、肌もきれいだ。オレは彼女の肌を撫でるのがとても好きだ。


もう、随分と彼女の肌を撫でてないけどね。


彼女に負担をかけないように、オレは先に寝ることにした。

明日もまた、オレのことを見ててくれるんだろうか。

仕事、休みにならないかなぁ。

少し、うとうとしていた。



シャンプーの香りが鼻を擽る。ベッドが波打って、寝がえりをすると、マミが背を向けて横たわっていた。

体のラインがきれいだ。男にはないよなぁ、この曲線は。



「マミ、もう寝た?」

ダメモトで話しかけてみる。

「もう寝てまーす」

良かった、そういう冗談が言えるまで回復してきたんだな。


今なら、聞けるかな、あのこと。

「じゃあさ、寝たままでいいから、ひとつ聞いてもいいかな?マミに」

「うん」

「もしかして、この家を出て行こうって考えてる?」

って、聞いてどうするんだ、オレは。


「・・・・・、なんで?」

「荷物。少しずつまとめてるよね、マミの」

だから、それ聞いてどうしたいんだよ、オレはさぁ。

「あ、バレてた?」

やっぱ、そうだったのか。そうだよな、わかってたよ、オレ、ただ、確かめたかったんだな。

「そりゃバレますよ、マミのことずっと見てるから」

というよりだな、バレてないって思ってたのか。


あ、やべ、この空気。重い。


「あのね、ごめんねシンちゃん」

なんで急に謝るんだよ、不安になるじゃんか。

「なにが?」

「Tシャツ」

「Tシャツ?」なんでこんな時にTシャツのことが出てくんの、ビビるでしょ。

「ああ、ピンクの?別にもう気にしてないし」

「でもね、今日はとっても似合ってたよ、本当に、びっくりするほど」

なんの前触れだよ、これ。もう、嫌な予感しかしないね。

「そう?ありがと」


ますます重いじゃねーか、空気。


「ねぇ、変なこと聞いてもいい?シンちゃん」

「えー、またー?別にいいけどさ、なによ」

今日はマミ、よく話しかけてくるな。ますます不安になるよ、オレ。

「もし、もしもだよ、わたしがさ、わたしじゃなかったらどーする?」

ん?聞き逃したっ、今なんて言ったんだ?

「へ?ごめん、もう一回言って」

「えーっと、だからさ、中身はわたしなのよ、でも、外見はもうね、まったくの別人で、それもとびっきりの美人でモデルか女優かってくらい奇跡的なの」

何を聞いてくるかと思えば、って、一体何の話をしてるんだこの子は。マミ、君は君のままでとびっきりの美人だよ、オレにとっては、だけどね。


でもオレ、マミのこういうところに惹かれてたりするんだな。


「ほー、これまた変な質問きたな」

なんかさ、昔のオレたちにもどったみたいでさ、嬉しいよ、オレ。

マミ、たとえマミの外見がどうなったて、オレはマミのことが好きだ。


「今、マミの顔が見えない状態で話してるよね。でも、オレは目の前にいるのがマミだって疑いもせず話してる。そして、オレは今も変わらずマミが好きだ」

よし、決まったぞ!いいぞ!オレ!


「振り向いたら、もうそれはそれは絶世の美女だったとしても?」

な、何が言いたいんだろうか、マミは。

「いや、そこは体験してみないことには何とも・・・」


「あのね、実はね」


あ~も~振り向いてくれよ、オレの絶世の美女よ。

背中もいいけどさ。

って、実はね、の次、なかなか来ないな。


「マミ?」

「な、なんでしょう」

あれ?言葉遣いが変わった。心なしか、緊張してんのか?さっきまで普通だったのに。

「いや、なんでしょう、じゃなくって、実はね、の次を待ってるんだけど」

「えっとなんだっけ、忘れた」

おいおいおい、忘れたってなんだよ、あきらかおかしいだろそれ。

なんか、隠してる?ああもう、まどろっこしい。


まあ、駄目だろうけど、念のため。

「今日も、ダメかな?」



おや、この『間』はいったい?

お、もしかして、イケるのか?今日はイケるのか?やっぱ、今日はなにかが違うのか?


「うん、ごめん、ダメかな、疲れてるから」


ガーーーーーーーーーン・・・・。

ですよねー、うん、わかってたよオレ。期待したオレが悪かったよ。


でもせめて、今日は。お、隙ありだな。

「じゃぁ、ぎゅっとするね」

やった、オレ、今、マミのこと抱きしめてる。あー、肩に顎のっけよう、脚もからませてやろう。


マミの鼓動がやけに早いのが、オレの体を通して伝わった。

決勝戦は明日へ持ちこしだな。





携帯のベルで目が覚めた。

今日予定していた作業が雨で中止になったという電話だった。


マミはまだ眠っている。

声をかけてみたが、目を開けずに返事をしてきた。

残念。今日はオレのことを見てくれないのだろうか。


昨日の話しの続きをした。

だが、イマイチ確信にせまれずにいた。彼女には出て行ってほしくない。

その一言がなかなか言えないでいる。


どうでもいい話をしばらくしていたが、このままでは埒があかないので、はっきりとマミの気持ちを確かめた。


「マミ、はっきり言ってほしいんだけど」

オレはどんな答えでも受け入れよう。決めた。


「ん?」

オ レ の こ と を 見つめる目 が あきらか ち が う。


オレも彼女のことを、まっすぐ見つめていた。


「オレのこと、好き?」


ん?なんだなんだ、マミ。顔がすげー真っ赤だぞ。


「は、は、はっきり言ってもいいの?」


もち、聞きたい「もちろん」

でないと、オレ、どうにかなりそうだよ。


「今は、ちゃんと答えられないよ」


え・・・、ちゃんと答えられないって、なんだ。はっきり、と、ちゃんと、とは違うのか?


「なんで?」

「だって、シンちゃんがイケメンすぎるから」


あー、なるほどね、って、えっ??今なんて言った?



「は?今、オレがイケメンすぎるからって言った?」

「言いました」

オレは耳を疑ったよ。

「それって、答えられない理由になるの?」

「なって・・・しまっているの」

なんか、霧の中をさまよう、鎧を着た騎士のようだ。もやもやする。


どうして、オレのことが好きって言えないんだよ。


「嫌いなら、そうはっきり言ってほしいよ、いっそのこと」

いや、嫌いって言われたら言われたで、相当落ち込むわ、オレ。


「ごめん、でも、ほんとうなの」

そんな目でみつめられると、まだ望みあるんじゃないかって期待してしまうだろ。


「はあぁぁぁぁぁぁ」

やべ、なんか眩暈してきた。


「オレ、ちょっとひとりになってみるよ。マミもその方がいいよね」


頭もまだ痛いし、残りの薬、飲むか。


昨日マミの薬箱から2錠もらっておいた頭痛薬を、昨日と今、1錠ずつ飲んだ。





眠い。この頭痛薬、眠くなるやつか?壁伝いに、ふらつきながらも、マミが寝ているソファーまでたどり着き、そこで意識を失った。








「おはよう、シンちゃん」


頬にあたたかな感触。




「・・・・・おはよう、って、君・・・・・、だれ?」












「・・って、ここは?どこ?オレ・・・・・は、だれ?」

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