第5話 あなたが好き?
「おはよう、マミ」
正直言って、目をあけるのが怖かった。
イケメンのままであっても、元の姿に戻っていても、どちらもショックなのは間違いないからだ。
「おはよう、シンちゃん。今日はお仕事だよね」
まだ、目は開けないまま、耳だけで彼の存在を確かめる。
「それがね、雨だから作業は中止だって連絡があった。今日も一緒にいられるよ、マミ」
しまったぁ・・・。目を開けるチャンスを失ったじゃない。
「ちょっとさ、昨日の続き。話しがあるんだけどさ、いい?」
「昨日の続き?」
「そう、マミがね、この家を出て行くっていう話の続き」
「・・・・うん」
「最近、いやその少し前から、マミの様子がおかしいのは気づいてたよ。かなり落ち込んでいたし、笑わなくなったし」
目を瞑ったまま、頷いた。
「あ、そうそう、マミの友達とかに話を聞いてみたりさ、サークルも覗いてみたりしたよ」
「えっ!あのサークルにいったの?」
しまった!思わず、目をあけてしまったじゃないかぁぁ!
今日も、すこぶるイケメンですね。・・・免疫って何日くらいでできるんだろう。
「まぁ、怪しいサークルって聞いてたし、実際、変なお香の臭いがしたけどね。でも、マミは一回参加しただけって聞いた」
あー、段々このイケメンがやっぱりシンちゃんなんだって思えるようになってきた、かもしれない。
ブスは三日で慣れるんだっけ?美人は三日で飽きるんだっけ?
イケメンもきっと三日でなんとかなるはずだ。
「死後の世界がどうとか話してた人もいたり、宇宙人がどうとか・・・、ちょっと心配した」
「えっ、そ、そうなんだ」
夢のことを思い出した。
「マミ、はっきり言ってほしいんだけど」
「ん?」
イケメンだっていうだけで、ドキドキ度が何倍にも膨れ上がる。
「オレのこと、好き?」
ちょーーーっと待ったー!そんなイケメンな面持ちで、そんなイケメンなセリフを吐かないでよ。
「は、は、はっきり言ってもいいの?」
なんだか、過呼吸になってきたよ、わたし。
「もちろん」
「今は、ちゃんと答えられないよ」
「なんで?」
「だって、シンちゃんがイケメンすぎるから」
わたしなりの、正直な答えだった。
「は?今、オレがイケメンすぎるからって言った?」
「言いました」
「それって、答えられない理由になるの?」
「なって・・・しまっているの」
「嫌いなら、そうはっきり言ってほしいよ、いっそのこと」
「ごめん、でも、ほんとうなの」
だって、イケメンすぎて、わけがわからないんだもの。
「はあぁぁぁぁぁ」
魂が抜けそうなくらい、大きなため息をついてても、様になるイケメンがいる。
「オレ、ちょっとひとりになってみるよ。マミもその方がいいよね」
昨日の朝とは打って変わって、トボトボと重い足取りで下りて行く、彼の背中を見送った。
洗濯機のホースをしまう。手が滑ってホースを落とす。拾って戻す際、またつり戸棚で同じところを打ってしまった。
あれ?なんだか痛くないぞ。
角はスポンジ素材で保護されていた。
昨日はこんなのなかった。きっと彼がとりつけてくれたのだろう。
わたしは、彼のいったいどこを好きになったのだろう。
そして、どこが嫌いになったのだろう。
ちがう、自分が嫌いになったのだ。
もしも、出会った時からイケメンだったら、こんな風に一緒に暮らしていたのだろうか。
きっと、近づくことすらできなかっただろう。自分をさらけ出すこともなかっただろう。
眺めてよし、で終わっていただろう。
もちろん、ドキドキしたわたしがいたのは認めるけど、それは彼の言動に対する感動が、イケメン効果によって増幅されただけに過ぎない。
彼はとことん優しい。わたしのことをとても大切に扱ってくれる。わたしのことをいつも尊重してくれる。
八つ当たりしても、拒んでも、そばにいてくれた、見守ってくれた。
こんなにも自分を想ってくれる人が、家族以外で他にいるだろうか。いや、家族にだって曝け出せない自分を、彼は知っている。
もう一度、思い返してみる。
なんで、こんなことが自分の身に起きたのか。
彼のことをちゃんと見るためじゃないの?
起きたきっかけはわからないけれど、きっと神様みたいな存在があるとして、チャンスを与えてくれたんだ。そうに違いない。
また、笑って暮らせるだろうか。
もう、わたしは彼と笑い合っていることしかイメージできなかった。
机の上にメモがあった。
『マミの薬箱から頭痛薬を借りたよ』
彼の文字で書いてあった。あー、きっと彼も同じところで頭をぶつけてたのね。
でも、痛み止めは切らしてたと思ったんだけどな、まだ残ってたんだ。
彼が帰ってきたら、笑顔で「おかえり」って言おう。
「あなたが好き」って伝えよう。
できれば、元の姿に戻っていてね。でないとうまく言えないかもしれないでしょ。
メモを握りしめながら、意識が遠のいていく中、そういえば、あと一つあった眠剤はどこに行っちゃったんだろう・・・、と考えていた。
目が覚めたら、彼が隣で眠っていた。
もうあのイケメンではなかった。
「おはよう、シンちゃん!あのね」
「・・・・おはよう、って、君・・・・・、・・・・だれ?」
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