第4話 彼は彼で彼なんだけど

「マミ、お風呂わいたけど、先入る?」

「えっ?!あっ、なに?!いや、いいっ、入らないっ!」

誰も一緒に入ろうなんて言っていないのに、何一人焦ってんのよ、もうもう!!


そうだ、ストレスのない世界では抵抗力がなくなるのだ。誰かが言ってた。

イケメンに縁がなかった世界で育ってきたわたしに、免疫力がないのは仕方なし。


少しは慣れるのだろうか、このカンペキなるイケメンに。

それまでに、わたしの心臓がどうにかなってしまいそうな予感がするぞ。


恥ずかしすぎて、布団を頭まで被る。


ああああ!!!

ちょっとちょっと、このベッドで寝るのよね。わたしと彼。

いや、いつも寝てるじゃん、毎日のように寝てるじゃん、ていうか、今朝も寝てたじゃん。


一緒に寝るからって別に問題ないじゃん、それだけじゃん。


もうずっと、は、してないんだし。

誘われても、疲れてるからって断ってたし、またそうやって断ればすむことだし。

彼は絶対無理強いはしない。


でも、でもでもでも。

もし、あの完璧なる、無敵なイケメン様に誘われたら?

わたし、わたし、どうなるんだろう。


待って、待って、待つのよマミ!

これって、浮気じゃないの?だってピカチュウじゃない彼でしょ。

いや、彼は彼で彼なんだけどー。


あああああ、もう、ダメ、頭が沸騰してしまうわ。


「マミ?」

「ひぃいやぁあああ!」

「なにっ?どうした?」

「い、い、い、いいえ、なんでもない」

「お風呂、空いたよ」

「う、う、うん」

駄目だわ、もう完全にノックアウト。顔をまともに見られないわ。

お風呂に入って言うのもなんだけど、少し頭を冷やしてこよう。


「マミ、・・・オレ、先に寝てるからね」


ほっとしたような、少し残念なような・・・、複雑な気持ちになった。





いつからだろう、彼とこんな風に過ごすようになったのは。


そもそも、なんで付き合うようになって、いつのまにやら一緒に住むことになったのだろう。


出会いのきっかけはSNSのブログだった。

彼とは共通点がたくさんあった。

なにより、人一倍、思いやりのある人だった。

年齢も近かったし、住んでいるところもそう遠くはない距離にあった。


容姿に自信がなかったわたしは、会うことを躊躇っていた。

がっかりされたくなかったからだ。


しばらくして、彼から、彼自信の姿を写した画像が送られてきた。

それはとてもイケメンな彼だった。

と、見せかけて、本当はこれですって、次に送ってきてくれた画像、がピカチュウな彼の姿だった。


わたしは決して面食いではない、と思っている。

自分の好みはある程度あるよ、そりゃ・・・人のことを言えたもんじゃないけどね。

正直、画像だけ、外見だけでは判断できなかった・・・、自分の気持ちを。


そして、がっかりされるのを覚悟で、彼と会うことにした。



あれこれ心配してたのが嘘みたいだった。

お互い、そんな事はなんの問題にもならなかった。


「マミさん、良かったらオレと一緒に暮さない?」

ほどなくして、二人で住むことになった。他界したご両親が残した一軒家に、彼は一人で住んでいた。

幸い、どこでも働ける職種だったので、思い切って転職に踏み切った。


毎日毎日楽しかった。何をしても笑いが絶えなかった。でも幸せって長くは続かないもの。新しい職場にも慣れてきて友だちもできた頃、人事異動があった。


そこから、歯車が狂いだす。


家に帰っても笑わなくなった。

彼の励ましの言葉や労いの言葉、慰めの言葉も、むなしく響くだけだった。

眠剤を欠かせなくなったのも、この頃からだった。


そんな自分が嫌で、彼とは愛し合えなくなっていた。

彼も無理強いはしてこない。ただ、手を繋いでいたり、頭を撫でてくれたりするだけに留まっていた。


気分転換に旅行に行こう。そう彼が言いだした。

きっと・・・、これが最後の旅行になるのねって、どこかで呟くわたしがいた。



「マミ、もう寝た?」

背中越しに、彼の声。

顔さえ見なければ、そんなに緊張はしないのね。

「もう寝てまーす」

こんな冗談も言えるようになったのは、退職してストレスから解放されたからかもしれない。

眠剤を飲む間隔も少しずつ空いていた。


「じゃあさ、寝たままでいいから、ひとつ聞いてもいいかな?マミに」

「うん」

「もしかして、この家を出て行こうって考えてる?」

「・・・・・、なんで?」

「荷物。少しずつまとめてるよね、マミの」

「あ、バレてた?」

「そりゃバレますよ、マミのことずっと見てるから」


胸が締めつけられたのは、イケメンのせいではなかった。


「あのね、ごめんねシンちゃん」

「なにが?」

「Tシャツ」

「Tシャツ?ああ、ピンクの?別にもう気にしてないし」

「でもね、今日はとっても似合ってたよ、本当に、びっくりするほど」

「そう?ありがと」


時計の秒針の音?

やけに、耳についた。


「ねぇ、変なこと聞いてもいい?シンちゃん」

「えー、またー?別にいいけどさ、なによ」

「もし、もしもだよ、わたしがさ、わたしじゃなかったらどーする?」

「へ?ごめん、もう一回言って」

「えーっと、だからさ、中身はわたしなのよ、でも、外見はもうね、まったくの別人で、それもとびっきりの美人でモデルか女優かってくらい奇跡的なの」

「ほー、これまた変な質問きたな」

「だから、変な質問するって言ったじゃん」

「難しいなそれ、どうやって、その子をマミって認識するの?見た目が別人だったとして」

「そうなのよ、でも、話し方とか、声とかさ、あと、癖とかそういうのがぜーんぶ、わたしとおんなじなの」

「うーん、中身がマミって間違いないんだったら、好きなままかな、いや待てよ、やっぱ難しいぞこれ」

悩め悩め!もっと悩め!

「今、マミの顔が見えない状態で話してるよね。でも、オレは目の前にいるのがマミだって疑いもせず話してる。そして、オレは今も変わらずマミが好きだ」

「振り向いたら、もうそれはそれは絶世の美女だったとしても?」

「いや、そこは体験してみないことには何とも・・・」

「あのね、実はね」


どうしよう、こんなことを真面目に告白したとして、頭がおかしくなっちゃったか、精神が病んじゃったかって心配されて、カウンセリングとか受けろって言われるっぽいぞ。


「マミ?」

イケメンがわたしの顔を、覗きこんでいる!

「な、なんでしょう」

「いや、なんでしょう、じゃなくって、実はね、の次を待ってるんだけど」

「えっとなんだっけ、忘れた」

完璧なるイケメンが隣で寝ている、わたしの顔を覗き込んで話しかけている、わたしの名前を呼んでいる。脳内パニックだ。

「今日も、ダメかな?」

キター!!!!最近の誘い文句だ。

いつもは、今日も疲れてるの、であきらめるピカチュウ。

時々、じゃあ、ぎゅっとはしていい?と聞いてくることもあり。要注意だ。

今日はそれがないことを祈りつつ。

「うん、ごめん、ダメかな、疲れてるから」


イケメンと、対峙していられない。彼に背を向ける。


「じゃぁ、ぎゅっとするね」

あれ?あれあれ?話がちがーう!いつもは許可を得てくるじゃん、質問系じゃん、なんで今日は、するね、なのよう。

背中に、彼の温もりが。肩に、彼の顎が乗っている。腕が、わたしを包み込む。

多分、今、脈拍を測れば、全力疾走している人と同じくらいだろう。

これは金メダル級かもしれない。



嬉しいような、困るような、切ないような。

わたしの心臓がどうか、どうか、持ち堪えますように。

借りてきた猫のように息をひそめて、今度こそ夢から覚めますようにと祈り、目を閉じた。



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