第3話 本当の気持ち
洗濯物は彼が干してくれていた。
風に吹かれて、たゆたう洗濯物たちを眺めながら、今、自分に起きていることを整理してみた。
どうやら彼はホンモノで。
イケメンに見えちゃうのは今のところわたしだけで。
脳に異常はない。でも、ストレスはあるかもしれない。
昨日まではピカチュウな彼だった。
今朝起きたら、イケメン様だった。
中身は変わらない、彼のままだ。それはもう誰がなんと言おうとそうなのだ。
声も、仕草も、ふるまいも、わたしに接する態度もなにもかも。
ただ違うのは、外見だけなのだ。
でもなんで?なんでこんなことが起きたの?
さっぱりわからない。
起きてしまったものは仕方がない。受けとめよう。時間はかかるけど、そうする他はないのよね。
理屈では、イケメンな彼を、彼と認識すれば問題ないのだろう。
最近は、あんまり上手くいってなかったわけだし、正直、別れた方がお互いのためじゃないかなって思ってたわけで。
本当の気持はどうなの?わたし。
イケメンになった途端、胸が高鳴っているのは事実で。
中身が変わったわけじゃない。外見が別人になっただけで彼なのだ。
外見が別人と認識しているのも、今のところ、わたしだけなのだ。
もしかしたら、これが現実で、これまで見てきた彼の姿が認識違いだったのかも。
なんだか、まとまらないまま空を見ていたら、雲行きが怪しくなってきた。洗濯物たちを中に入れた。
ピンク色のTシャツ。彼が買ったTシャツだ。
彼が着たのを見て、わたしが言ったひとことで喧嘩になったことがある。
「なにそれ、イケてないわ全然」
「オレは気に入ってるからいいの」
「それ着てるとき、わたしと一緒に歩かないで」
「おいおい、そこまでいうなんてヒドイだろう」
仕事が上手く行っていなかったのは、確かにあった。
彼に八つ当たりをした自覚はちゃんとある。それに、ぶっちゃけ本当に似合ってなかったのだ。
そういえばまだ、そのことを謝ってなかったっけ。
「マミ、それ、畳まなくてもいいよ、今着るから」
わたしの手から、例のTシャツを取ると、汗を掻いたから着替える、って、その場で裸になりはじめた、今はイケメンな彼。
何故だか照れてしまうわたしがいる。
「あれ?マミどうしたの?熱でもある?顔が真っ赤じゃん」
「あ、アー、モシカシタラ、アルカモーシレナイー熱、うん」
ナニキンチョーシテルノワタシ。
「今度は何?そのぎこちないしゃべりかた。かわいいー」
人の気も知らないで・・・、笑ってやがるー。
「あー、気持ちいい~」と、扇風機の前で涼む彼をチラミする。
あんなにイケてなかったTシャツ。まったく似合ってなかったTシャツ。Tシャツに着られていた彼・・・、なはずだったのに。
何その、おしゃれな佇まいは!
そして、汗を掻いている彼は、とても清々しく、キラキラと輝いていた。
ピカチュウのときは、ただただ、暑苦しかったのに。可愛かったけどさ。
もう暑苦しーよって、なじるのが楽しかったのに。
なんだか、複雑だった。
「ねぇマミ、買い物行った?」
冷蔵庫を開ける様も絵になるイケメン。くやしいけど、見ちゃう。
「行ってないよ、実家に寄っただけだったから」
「じゃあ、一緒に行こっか、たまには」
車のキーを指にかけて、クルクル楽しそうにする姿。同じなのに、まるで違う。
いちいちドキドキしてしまう。
「こんにちは、今日は2人そろっておでかけ?」
「こんにちは、はいーちょっと買い物に」
近所の女性に話しかけられ、満面の笑みで答える彼。
いつもなら、なんとも思わないこのシーンでさえ、なんだか妬けてしまうのだから不思議だ。
「たくさん買ったね」
そう言ってさりげなく荷物を持ってくれる。
前だってそうだったじゃない。なんでこんなドキドキすんのよ。
「あ、マミ、自転車きてる・・・」
庇うようにして、ちょっとした壁ドンだ。
同じ言動なのに、イケメンってだけでこんなに動揺するなんて。
わたしってゲンキンなのね、ミーハーなのね。もう泣きそう。
彼は何も変わってはいない。外見は変わったように見えているけど。
むしろ、変わってしまったのはわたしの方なのかもしれない。
わたしの、彼に対する認識が変わった。
彼の言動にいちいちときめくのだ。
夕飯は、喉を通らなかったし、何を食べたかすら、ほとんど覚えていなかった。
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