第2話 わたしだけ?

わたしの知っている彼の姿はどこにも写っていなかった。ピカチュウがいない。

単独で写っているのも、一緒に写っているのも、横顔も、後ろ姿も、おいしそうに何かを食べているその人は、今朝、目の前に突如現れたイケメンな彼だった。


しばらくその写真とにらめっこ。


昨日の夜、寝る前までは、ピカチュウな彼だった。

それが、今朝起きたら、イケメン様になってる。


眠っている間に、何かが起こったのは間違いない。


眠剤の影響にしてはおかしいよね。

原因は何?サークルで飲んだジュースも怪しいかも。


ずっと友人に誘われ続けていて、一度きりとの約束で参加した。


もう何のサークルだったかは覚えてないけれど、怪しかったのは間違いない。

ただ、興味深かった言葉は耳に残っている。


「全くストレスの無い世界に身を置いた場合、ストレスに対する抵抗力を失います。結果、人はストレスに上手く適応できず、最悪の場合死に至ることもあります」


先月、退職した。

人間関係のトラブルってやつね。

仕事がうまくいかなくなると、そんな自分が嫌で、彼とも以前のように愛し合えなくなって、なんだか、それがとても申し訳なく思えて、もう別れた方がいいんじゃないかなって思ってた。


頭頂部の痛みの余韻で、昨日見たへんてこりんな夢を思い出した。

宇宙人に誘拐されちゃう夢を見たんだった。どこかの映画で観たようなワンシーン。


ま、まさかね・・・、夢じゃなかったとか?

宇宙人になんかされたとかね・・・っていうか、そうだとしても、この施しは謎だよ。


幻覚って本当にあるの?

無いものが見えてしまっている。

それって、脳の異常?

もしかして、脳に腫瘍とかできてたり?

病気かもしれない!そんな映画で観たことあるある。


両手に持っていた写真と保険証をバッグに入れて、脳外科を受診した。


彼には健康診断の結果を聞きに行くから、と嘘をついた。

幸い、MRIの予約にキャンセルがあった。

頭部のMRIもCTも、脳波も、異常は見つからなかった。


なぜか、急に頭頂部の痛みがぶり返した。


脳には異常がないのなら、ストレスでどうにかなっちゃったのかな。

幻聴とか幻覚とかでてきちゃうって聞いたことあるし。


それにしても、彼氏がイケメンに見えてしまう幻覚ってなんなのよ。少し・・・笑えた。


病院に来たついでに、少し実家に寄ってみることにした。


「あら、マミちゃん、めずらしいわね、今日は一人で来たの?」

「ねぇ、お母さん」


バッグから写真を取り出し、母に見せた。


「あ~、こないだはお土産ありがとね、おいしかったわ」

老眼鏡をかけ、写真を見つめる母の口から、どんな言葉がでてくるのかを期待した。


「二人ともたのしそうね~、ほんと」

「ねぇ、お母さん」

「なによ、そんな真面目な顔して」

「シンちゃん、それ、シンちゃんだよね?そのイケメン」



「あらら、そんな惚気方ってあるのねぇ、フフフ」

「ちーがーうー!そんな・・・そんなイケメンだった?シンちゃんって」

「やぁねぇ、もう、何よ、イケメン、イケメンって」

「わかったわ、質問を変えるわ。・・・シンちゃんってイケメンなの?」


「なぁに?唐突に・・・・、まぁ、ブサイクではないわよね、愛嬌ある顔だもの、ママは好きよ、シンちゃんの顔、優しさが滲み出てるし・・・」


「ねぇ、お母さん、西島秀俊とか、岡田准一とか、福士 蒼汰とかディーン・フジオカってイケメンだよね?」

「え、まぁ、ママは草刈正雄とか田村正和が好きだけど、そうね、イケメンよね、あ、三代目なんとかの、岩ちゃんも好きよ、それから・・・」


「ありがとう、お母さん、もう大丈夫」


もう一度、確かめたくなって、帰路を急いだ。




「おかえり、マミ。遅かったね、心配したよ、検査結果はどうだった?」

一瞬、なんで受診したことを知っているのか、ドキリ、としたが、そうだった、健診の結果を聞いてくる、という嘘をついたこと、すっかり忘れていた。

「どこにも異常はなかったわ」(残念ながらというか、幸いというか)

異常がないのに、目の前にいるのは、やはり相も変わらずイケメン様な彼だった。


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