【自分が見ているこの赤色が君の見ているこの赤色と同じとは限らない】
恋(れん)
第1話 目が覚めたらイケメンが隣りで寝てた
寝覚めはあまりよくない方かな。いつも大体そう。
とくに今朝の目覚めは最悪。へんてこりんな夢は見たし。もう忘れちゃったけど。
今、何時なんだろう。頭が重い。瞼も重い。
なんとか、左目だけが開いた。窓から射す陽が高い。
隣 に 見 た こ と も な い イケメン が 寝 て い る 。
ようやく右目が開いた。
やっぱり、どう見ても、イケメンが横たわっている。
ふつう、知らない人間が隣に寝ていたら、驚いて飛び起きるよね。でも、体が思うように動かない。
昨日飲んだ眠剤のせい?サイアク。
鉛のような上体をやっとの思いで起こしてみた。そのイケメンを静かに見下ろしているわたし。
『どちらさまですか?』
寝ている相手に問おうにも声が出ない。
仕方なく、反芻しながら自分に問うてみた。
『どちらさまなんだろう、このイケメンは』
いつも隣に寝ている彼とは、似ても似つかぬこのイケメンは誰なのか。
そんなことよりも、なんでこのイケメンがわたしの隣で気持ちよさそうに寝息を立てているのか。
そして、この状況でも変に冷静でいられる自分が不思議で謎だらけだった。
人間ってあんまりにも大きなショックをうけたり、一度に複数のとんでもないことが起こると、返って冷静になるのね。
辺りを見回してみると、いつも寝ている寝室だ。ホテルとかイケメンの家でないことは確かだった。
次に頭によぎったこと。それは、この現場を彼に見られてしまったら、どうやって誤解を解けばよいのだろうということだった。
自分でも何がなんだかわからないのに、それを上手く説明する自信はない。
ただ、このままではいけない。一刻も早く、この見知らぬ人物を追い出さねばならなかった。
彼に見つかる、その前に。
あれ?でも今日、彼は仕事が休みで、昨日わたしが寝る時にはもう、すでにこのベッドで寝ていたはずだ。
寝起きの頭にはかなり負担の大きな出来事を、ひとつひとつ手にとってたしかめるように記憶をたどってみる。
「おはよう、マミ」
その声に反射的に跳び上がる。数少ないシナプスがいくつか消滅したようだった。
ヤバイ!彼に見つかってしまった!言い訳を考えながらも、想像できうる修羅場がわずか数秒間で何シーンも浮かんでは消える。滝のような汗。
「どうしたの?マミ、何か悪い夢でも見た?」
彼の声が何故か、先ほどまで隣で寝ていた見知らぬイケメン様の口から発せられている。
悪い夢?いいえ、これは寧ろいい夢なんじゃ・・・、ってこんな時にわたし何考えてんのよ。
クエスチョンマークがオタマジャクシのようにわらわらと泳いでいた。
「朝食、食べる?トーストでいいよね、ゆっくり起きてきて」
そのイケメンは、イケメンらしさを最大限に生かした、爽やかな笑みを残し、キッチンへとおりて行った。
自分が息をするのを忘れていたことに気づく。
思い切り吐いて、吐いて、今起こっていることを把握しようと息を吸い込んだ。
わたしを呼ぶ声も、わたしの頭を撫でる仕草も、おっとりとした話し方も、身につけている服も、そっくりそのまま彼なのだ。
なのに、外見はまったくの別人。
いや、もしかしたら、声も仕草も話し方も彼にそっくりな、まったくの別人が彼の服を着て、突如、目の前に現われたのでは?
そう思った方が、なんだか腑に落ちるほど、受け入れがたい状況を目の当たりにしている。
まだ状況が呑みこめない。何度も深呼吸をする。
とにかく、修羅場はさけられたんだ。だから、ゆっくり状況を把握していけばいいのだ。
あぁそっか、わかった。これは夢なんだ。
きっとそう。わたしは今、夢を見ていて、夢の中にいる。だから、あとは目を覚ませばいいだけ。
いや、いっそのこと、この夢をおおいに楽しめばいいんじゃないか。
あんなイケメンが自分の彼だなんて、天地がひっくり返ったってリアルにはあり得ないんだから。
人間って開き直ると、たいていのことは乗り越えられるのね。
眠剤が効きすぎた?まだ足元がふわふわとした心地。
いつものコーヒーの香り、トーストの香ばしい匂いが脳を現実へと覚醒させていく。
体は思うようにコントロールができないまま。
だって、夢だもんね。ふふふ。
キッチンでまたあのイケメンに会えると思うと、胸が高鳴ってしまう。
いや、もしかしたらもう、現実に戻ってしまって、あのイケメンはどこにもいないかもしれない。
ふらつく体を支えるように、手すりにしがみつきながら、一歩一歩階段をおりた。
「ちょうどできたよ、さぁ食べよう、座って」
イケメンが、フライパンからベーコンエッグを皿に盛りつけながら、微笑んでいる。
いろんな意味で涎が垂れそう。
緊張した面持ちで、席に着くと、やっぱりまじまじと顔を見てしまうのであった。
何度見ても、文句のつけどころが無いイケメンっぷり。
外見だけだと、彼の面影はどこにも見当たらない。
夢ってすごいなって感動を覚えつつ、うっとりした顔でイケメン様が席に着くのを待った。
夢のようなひとときだった。魔法のような時間を過ごした。もう、わたし的には大満足。ごちそうさまです。
眠剤の量を間違えた?それとも、あのサークルで飲まされた変なジュースのせいかしら。
そういえば、変な夢を見たような。えっと、なんだっけ、うまく思い出せない。
「マミ?マミ?大丈夫?まだ眠い?」
相変わらず、彼そっくりの声で、話し方で、仕草で、やさしく語りかけてくるイケメン様。
恐る恐る、彼を名前で呼んでみる。
夢だから、平気。そんな根拠もない自信が今は確かにあった。
「ねぇ、シンちゃん」
「なんだい、マミ」
名前は、どうやら同じようだ。
「今日はお仕事、お休みなんでしょ?」
「うん、そうだよ、木村の代わりにこないだ出勤したからね」
木村って、ああ、あの後輩の木村くんね。どうやら職場も彼と一致するみたい。
夢と認識していても、不安になっちゃうな。
「ねぇ、変なこと聞いてもいい?」
「変なこと?別にいいよ」
コーヒーのマグカップをそっとテーブルに置くと、そのイケメンなまなざしがこちらに向けられ、胸がざわざわした。
「怒らないでね、わたし、昨日眠剤を久しぶりに飲んだから、変なのかもしれないんだけど」
「うん」
「もしかして、その・・・・、シンちゃん、整形とかしてない?」
「え?なんだって?整形?だれが?オレが?してないしてない、なんでそんなこと聞くの?」
「いや、なんていうかその、顔がちがうっていうか、その、とってもイケメンになっちゃったから」
「ププッ、なにそれ、そんな褒め言葉、はじめて聞いたよー、コーヒー飲んでたら、危うく吹くところじゃんか」
もう吹いてくださいよ、浴びせちゃってくださいよ、イケメンのコーヒーとやらを。
彼は笑うと、目が細くなって、口は大きく開いて、左手をおでこに当てる。そう、ポケモンの『ソーナンス』のように。
その仕草もそっくりそのまま彼だった。ただイケメンになっちゃってるけど。
『ソーナノ』が『ソーナンス』に進化したどころではない。『ピカチュウ』がある日突然『ミュウツー』になって「ぴーかーぴーかーぴかちゅー」って言っているようなものだ。ま、ピカチュウはそのままでも可愛いけどね。
そろそろ、現実にもどろうっと。
しかし、目の覚め方がわからない。こういう場合、どうしたら目が覚めるのだろう。
あ、顔洗うのを忘れてた。とりあえず、顔を洗ってみよう。歯を磨いてみよう。そうだ、洗濯しなきゃ。
洗濯機の横に靴下が落ちている。拾おうと手を伸ばす。掴んだ靴下を洗濯槽に入れる。その際、つり戸棚の角で思い切り頭頂部をぶつけた。
毎回ここで頭をうつのに、学習能力ないわぁ、わたし。涙目。
こんなに痛いのに、目が覚めないなんて。やっぱりこれは夢ではないの?
だとしたら、あのイケメンはいったい誰なの?なんでいるの?何が目的なの?ホンモノの彼はどこにいるの?
ぐるぐると渦巻く洗濯物を夢うつつで眺めながら、洗濯機に問いかけてみた。
顔を洗って鏡を見た。
わたしは、残念ながらわたしのままだ。親からもらった遺伝子をしっかりと受け継いだ、わたしの顔だ。
そうだ!写真!アルバム!
3か月ほど前、二人きりで旅行した。その時、撮った写真をプリントアウトしたやつが寝室にある。
確かめないと。
今、自分の身に大変なことが起きている。
それだけは、なんとかわかっていた。
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