十二時限目・ゆうしゃのしょじょ、はじめました!

夕焼けに染まりつつある学園の講堂。

倒れるアオリアを庇うように現れた思わぬ人影にメサイアは驚きを隠せなかった。


「金髪にその白い礼装・・・ガザニア?おやおや驚きましたよ、まさか国家的反逆者の息子がこんなところにいたなんて!」

「色々こちらにも事情があって、な。あまり詮索してくれるな」


そう言いつつガザニアは右手に持つ氷の剣をメサイアの首筋に近づける。

アオリアを押さえ込むようにマウントポジションを取っていたメサイアも、軽く両手を挙げながら立ち上がった。


「まあまあ、落ち着いてくださいよ。アオリア様とは違って悪意があって言ったわけじゃあ無いんですから。

子供は生まれを選べません、恐ろしい父親の故も知らぬ反逆に巻き込まれて、さぞ大変だったでしょう。

・・・それで、この状況はどういうことです?

ウィンター=ヘヴゥン家を手のひらを返すように裏切り、

婚姻の約束まで破棄して、真っ先にウィンター=ヘヴゥンの財産を差し押さえたエンジール家の娘をかばうなんて」


得意げに長々と話すメサイアにガザニアは吐き捨てた。


「それを言うならお前もそうだろうメサイア。

御託はもういい」


アオリアの手を握り、引っ張ったガザニアは威勢よく啖呵を切る。


「来るなら来い、全力で・・・


   逃 げ て や る 」


「「えっ」」




「ほほう、これはいいカモミールの香りだ・・・。(精神的に)貴族のこの僕、ウェイルを唸らせるとはなかなかやるじゃないか・・・」

「うんうん。このはっぱ、ちょっちにひゃいけどおいひいね!(ちょっと苦いけど美味しいね)」

「紅茶の茶葉そのまま食うやつ初めて見たぞオイ・・・」


もさもさと茶葉を貪る恵に引きながらエンリャクはツッコむ。

恐らく市販の物だと思われる紅茶を飲みながらやたら唸っているウェイルは無視した。

と、いうかだ。


「なんで俺たち悠長に紅茶の味見してんの!?試験中だったよな!アオリア探すんだったよな!」

「んー、だってさっぱり見つからないんだもん」


あっこれ茶葉だったのかー道理で苦いわけだー、

等といいながら疲れたようにぼやく恵。

炎の魔法を使う男がいるという話はやられた転入生たちから聞けたものの、その男が何処へ行ったのかそして何者なのかもわからずじまいだった。

アオリアのことに至っては昨日から目撃証言すら無い。

正直手詰まりだった。


「校舎のほとんどを見て回ったと思うんだけどねー・・・。所々焦げてるだけで人の姿はないし。それで今ウェイル君の集音魔法で探してるんでしょ?」

「つってもなんて言うか、焦れよ。だらけすぎじゃないか?恵の話聞いてたらアオリアが大変らしいしな」


エスカとアオリアの話を聞いて正義感に燃えるエンリャクは、紅茶を飲む二人に喝を入れる。

打つ手が無く、何かが聞こえてくるまで待機せざるをえないとはいえ心配なのだろう。

そわそわとするエンリャクへウェイルが宥めるように、


「今は焦ってもしょうがないだろ?気持ちは分かるけどね。いくら高慢で有名なアオリアでも彼女の意志を無視するような非道な行為は紳士として見逃せない」

「・・・珍しくまともなこと言うじゃねえか」


確かにアオリアには気に食わない所もある。

確かにアオリアも恵も、今は敵である。

しかしだからと言って同い年の少女がまるで貴金属のように奪い合われて苦しんでいるのを知って黙っている程、彼ら二人は人間が出来ていない。

それを確認し合い、いがみ合っていたウェイルとエンリャクは初めて意見を一致させた。

恵もそれに続き、


「そうだよね・・・。アオリアちゃんを探すためとはいえ、生活音盗聴とかやり過ぎだったね。お腹痛くなったらどうするのさ!」

「「そういう話をしてたんじゃねぇよ!」」


・・・二人仲良くツッコむのだった。




「ひゃぁぁああああああああああああああああああ!!!!!!」


所変わって、大講堂。

ぼろぼろのアオリアとガザニアは・・・火球から逃げまどっていた。

正確には、アオリアをお嬢様抱っこしたガザニアが走り回っていた。


「ば、ば、バカじゃないですのっ!?っていうかホントに逃げるんですのね!!」

「当たり前だろ。炎の、つまり温度を上げることを得意とする格上の魔法使いに俺の氷が通用する訳がない。メサイアの性格はねじ曲がっているが、魔法技術は本物だろうさ」


颯爽と現れ、立ちふさがり、アオリアを庇いながらの戦闘かと思いきや全力の逃亡。

流石のメサイアも背を向けて逃げられるとは思っていなかったらしく、少しの間呆然としていた。

その代わり、アオリアと戦った時よりも強力な炎魔法に見舞われているが。


「ハッ、流石は裏切者の家系。決闘すら逃げるとは、やはり!ガザニアには貴族たる資格など無いなッ!」

「そーですわよ、そーですわよ!一瞬ガザニアの事かっこいいと思った私に全力で詫び、

「喧しい舌噛むぞ」

「ひゃぁぁぁああああああああああ!!」


涙目のアオリアの絶叫と共にガザニアは講堂の屋上へと駆け上がり、そのままの勢いで空中に身を投げた。

そのまま落ちると思われた彼らはしかし、氷でできたスロープのようなものに飛び乗り、滑りながら校舎の2階へと転がり込む。

そしてその氷のスロープはメサイアが踏み出そうとした瞬間に崩れ落ちる。

チッ、と舌打ちをしながら校舎に向かって威嚇目的で火球を放ち、階段を下りて追う。


「だ、大丈夫なんですのよね?こんなところに隠れるなんて。狭いし恥ずかしいですわよ・・・」

「大丈夫も何も、アオリアを抱えたままいつまでも逃げ切るのは無理だろう」


小さなロッカーに体を押し込めるアオリアとガザニア。

父親や兄とすらここまで密着したことが無いアオリアは赤面しているのだが、ガザニアは平然としたものだった。

というか、メサイアに煽られている時も今も彼は冷静さを崩さない。

・・・いつもそうだった。

小さいころ初めて会った時も舞踏会で一緒に踊った時も挙句お見合いの時ですら。

この男の考える事は本当に読めない。


(・・・分からないですわ。私は・・・わたくしは)


私は一体ガザニアの事を本当はどう思っているのだろう?


その時。

ガラガラッ!と、二人の居るロッカーの教室の戸が開けられた。


「・・・っ!」


この状況で教室に訪れるものなど、一人しか思い浮かばない。

悲鳴を何とか押さえ、必死に息を殺す。

今ここで見つかれば・・・もはや逃げ場もない。

スタスタと歩く足音。

がたんがたんと他のロッカーが開けられていく音。

それが。

徐々に近づいてくる。

そして、ガタッ、と隠れているロッカーに手が掛かり。

ギュッと身を固くしガザニアに縋りつくアオリアは、ゆっくりと開く戸に目をやる。


「・・・・・・」

「「・・・・・・」」

「さ、昨晩はお楽しみでしたね・・・?」

「何してんだ、一之瀬・・・」


茶髪にサイドポニーテールの少女、一之瀬恵が眼を逸らしながら頬を掻いていた。

メサイアかと思っていたその緊張感が解け、ロッカーから崩れるように出るアオリア。

するとそこには恵だけでなく、ウェイルとエンリャクの姿もあった。


「おいおいおいおい!!こんな状況でよくそんなセクハラ出来るなぁオイ!うらやま・・・けしからんな!」

「うるさいですわねハゲ。それどころじゃないくらい大変だったんですのよハゲ!」

「スキンヘッドだって言ってるだろうがぁああ!!」

「卵みたいな頭であることには違いないですわよ!」


ぼろぼろに怪我をしているように見えても、エンリャクに突っ込む元気くらいならあるらしい。

声を潜めつつ騒ぐアオリアとエンリャクにガザニアがため息をつきながら、


「・・・で?メサイアは見たか?」

「ううん。見てないよ。っていうかガザニア君ってば私がお花摘み行ってるときに移動するなんてどうなの!?」

「うごいてねぇよ!方向音痴を人のせいにすんな」


そんな事を言い合いつつ、アオリアとも状況を確認し合う。


「じゃあやっぱりエスカちゃんを突き放したのは・・・」

「・・・もう私が助けてあげられる範囲を超えてしまったからですわ。外道なあの男だけではなくお父様にまで目をつけられて、エンジール家で居続けろと言う方が酷ですもの」


眼を伏せるアオリア。

それほどまでに貴族の当主というのは莫大な権力を握っているのだ。

その言葉に反論できるものなどいない。

・・・彼女以外は。


「そうかな」

「・・・はぁ、貴女には分からないでしょうけど。お父様さまの権力はこの国でも一二を争う、


ため息をつきながら恵を諭そうとするアオリアの言葉を、遮る。


「知ってるよ。でも、それでも!エスカちゃんは、ほんとにそれでいいのかな?」


良いも悪いもあるか。

何処まで能天気なのだこの少女は。

今更感情どうこうで何とかなるとでも思っているのだろうか?

いい加減に苛立ちを感じ、言い返そうとした、その時。


『アオリア様ッ』


その声は聞こえてきた。


「・・・エス、カ?いや、ありえないですわ。この試験中は入ってこられないはず・・・」

「そうだ。入っては来られない。しかし・・・それが〝通話〟で遠距離から話しかけることは禁止されていないだろう」


伝達魔法、そんな種類の魔法をアオリアも聞いたことがある。

音を遥か遠くまで伝えることが出来る類の魔法だ。

だが。


(そういった魔法は範囲が大きくなればなるほど難易度が上がるはず。試験会場の外、学園外からここまで飛ばすなんて私の雷やらメサイアの炎やらとは違う方面の巧さが必要なはず。そんな私に匹敵するような人がいったいどこに・・・)


アオリアが驚愕していると、さらにエスカの声が届く。


『アオリア様、聞こえておられますか?!』

「・・・え、ええ。聞えているけれど。貴族でもない貴女が何の用かしら?」

『私のわがままを聞いていただけませんかっ!』

「わ、わがまま?いきなり何ですの?」

『私はこれまでアオリア様の為に身を粉にして尽くしてきました。だから一つだけ、お願いします・・・!』

「・・・その必要はないわ。この試験が終わり次第、エスカの家と生活は保障するから。下手したら下級貴族より裕福な暮らしが出来ますわよ。それで話はおわりかしら」


冷たく突き放すような言葉。

それとは裏腹に何かを覚悟したようなアオリアの表情。

きっと彼女の中では、初めからそう決めていたのだろう。

そんなすれ違う彼女たちに、

恵はふふっと優しく笑う。


『そんなことじゃ、ないんです。もっともっと、身勝手なお願いです・・・』

「・・・?」

『アオリア様と、これからも一緒にいたい』

「なっ!?」

『無茶なのも自分勝手なのも分かってます。でも・・・っ!私は、私はアオリア様と一緒にいたいっ!』

「ば、かじゃないですの・・・!?エスカが周りから虐げられない様に私がどれだけ、

『知っていますよ!アオリア様が私のことを考えてくれる優しい方だってことくらい!それを表に出さない謙虚な方だってことくらい!

でもだからこそ、私はアオリア様に恩を返したいんです!私はそんなアオリア様のとこが大好きだから!』

「~~~っ!私は別に・・・」

『だから・・・だからお願いします。どうか私をお側に置いてください!周りからの圧力なんて、アオリア様からの信頼さえあれば気にもなりません!』


涙声交じりの叫びに、アオリアは返事を返せない。

愛する妹を想い、大事な親友を想い。

エスカの為に、どうすべきなのか、もう分からなかったから。

メサイアがいる限り、エスカにもアオリアにも未來はない。

そしてメサイアを止められる者なんているのか?

私もガザニアも歯が立たない、あの男を。

・・・それが、もし、不可能でないのだとしたら。

それが出来るのは・・・。


「・・・たす、けて・・・恵・・・っ!」


自分でも都合がいい話だと思う。

今の今まで敵対し、高慢だと多少は自覚もしている私が、彼女に助けを求めるなんて。

でも。

その彼女は。

いつも通り、軽快に返事を返す。


「任せてっ」




(チッ、何処に逃げたんだあのガキ共は・・・)


月の光が廊下と教室を照らす。

見ようによっては幻想的に感じるそんな場所で、メサイアは苛ついていた。

理由は当然、アオリアとガザニアにものの見事に逃げられたからである。

それだけでは無い。


(サミエルの馬鹿・・・。定時連絡が無いじゃないか、全く)


サミエル=ロアからの連絡がない事だった。

サミエルとは、メサイアと同じくエンジール家の小娘を騙し取り入ろうとしている女性で、なんとこの学園の教師でもある。

アオリアがこの学園への入学を決めた段階で、メサイアは今日の為にライバルたるサミエルと協力し、今日までのお膳立てをしたのだ。

アオリアとエスカが組むことになったのも、メサイアがこの試験で簡単に生徒の場所を把握し倒せたのも、彼女の助けあってこそだ。

だというのに、最後の最後になって連絡も寄越さないとは。

これは俺が権力を握った後に粛清だな、性格こそ悪いがサミエルは見た目だけはいいし側室にくらいならしてやってもいい。

そんな取らぬ狸の皮算用をしながらも、周囲に気を配る。

その時、タタタッという走る音と共に金色の髪が階段を下りるのが見えた。


「ふん、ようやく見つけたぞ」

「待て待て、メサイアさんよ」


ニヤリと口を歪ませるメサイアに、立ちふさがる二人の男。

ハゲとロン毛のペアだった。


「・・・誰だ、お前たちは?」

「俺はエンリャク、こっちのはウェイルだ。随分試験を無茶苦茶にしてくれてんじゃねえか」

「私は急いでいるんだ。そこをどけ」


眼鏡を押し上げながら怒りを隠さないメサイア。

それは確かに迫力のある姿ではあったのだが、今の彼らは臆しもしない。


「ああ、知っているさ。だからこうして邪魔をしているんだろう?僕らに勝てると思わないことだな!」


ウェイルの言葉と共に、地面が隆起し風が取り巻く。

・・・メサイアのいらだちも、そろそろ限界だった。


「3属性魔法『連鎖爆裂(ギラティア)』ッ」


ジュアッ、と周囲の空気が突如として灼けた。


そうとしか言いようがない。

高熱の熱気と化した空気が収縮し、弾ける。


莫大な熱量が二人を襲った。


月明かりしかない廊下に赤い炎が踊る。


後に残ったのは倒れる二人と、焼けた地面だけである。


フンっ、と一瞥し、メサイアは先ほどの姿を追う。

だから、気が付かなかった。

ウェイルのつぶやきに。


「・・・上手く、いったな。ふがいない僕らでごめんよ恵ちゃん、君に賭けるしかないみたいだ・・・」




一転変わってまたしても講堂。金色の影を追い、ここまで戻ってきたというのに。


「・・・どう、なっているんだ、クソっ!」

「あはは~、こんな被り物で騙せるもんだね。もしくはガザニア君が誘導するの上手過ぎ?」


追いかけていたのは、金髪のかつらをかぶった少女だった。


「なんなんだよ、お前はッ!人をおちょくってるのか!?」

「え、おちょくって無い無い。アオリアちゃんとエスカちゃんを引き裂こうとする理由を聞きたいだけなんだって」

「理由、だと?」

「うん。アオリアちゃんとエスカちゃんはどっちもいい子じゃない?どうしてそんな二人をいじめるの?」

「何言ってやがるんだ?アオリアの価値なんてのはエンジールに生まれたということただそれだけ。

それを手に入れるために決まってんじゃねえか」


完全な身分社会にとって、生まれというのは重要だ。

貴族に生まれれば華やかな人生に、奴隷に生まれれば使われ続ける人生に。

ただそれだけだ。

この世界で、努力や才能など何の意味もない。

全ては血筋だ。

そんな絶対的なこの世界のルール、


「それは違うよ。メサイア君は間違ってる」


・・・それを打ち壊す。


「間違ってる、だと?」

「うん。家柄がどうとか、アオリアちゃんに関係ない。

アオリアちゃんにはアオリアちゃんの楽しみが苦しみが葛藤が幸せがあるんだ。

それを、無理やり壊す権利なんて、誰にもあるはずない!」


呆気にとられるメサイアに、恵は全力で叫んだ。


「訂正しろッ!アオリアちゃんは道具なんかじゃない!」


「・・・・・・訳の分からねえことをごちゃごちゃと・・・ッ!

イラつくんだよ、てめえみたいな馬鹿を見てると!」

「アオリアちゃんとエスカちゃんを守りたいって思うのが馬鹿なら私は馬鹿でいい。

メサイア君もきっとそう思うよ、今のアオリアちゃんを見ればね」

「有り得ねえな、高飛車な御嬢様(ガキ)の一人や二人利用しない手はねえんだからな!

もういい。てめぇも焼き入れてやるよ。3属性魔法『炎熱火葬(アザライア)』!」


そう叫ぶと同時に右手を水平に振るう。

メサイアの眼の前から火球が生まれ、目にもとまらぬ速さで恵へと飛来した。

まばたきでもしようものなら見逃してしまうであろう火球。


しかし。

恵の動体視力は遥か上を行く。


「・・・なっ!?」


するりと状態をねじり、容易く火球を避け、鞘に入ったままの剣を下段から振るう。

恵の華奢な体から繰り出されたとは思えないほどの速さ。

武術の心得があるはずのメサイアですら、腕で防ぐのが精いっぱいだった。

それだけでは終わらなかった。


「お、も・・・ッ!」


まるで猪にでも突撃されたかのような強烈な威力。

必死になって力を逃がし、距離を取ろうとするも、


(だ、だめだ・・・っ!剣の振り方はガキのチャンバラみたいなのに・・・速い、速すぎるッ!)


ぐちゃぐちゃと、適当にも見える剣線を全力でいなし弾く。

その隙を見て、弾くと見せかけて身体を横へずらした。

勢い余り体勢を崩した恵の腹目掛けて全力で蹴り込み、吹き飛ばす。

バウンドしながら椅子にぶつかる恵。

一矢報いたはず、なのだが。


(な、なんだよこいつ、蹴った足の方が痛みやがる・・・!?)


理解できないものへの恐怖がメサイアを襲う。


(取り敢えず陽炎を作って様子を見るしかねえ。その隙に後ろから俺の全力の攻撃を浴びせてやる・・・!)


ゆらりと虚空にメサイアの姿が映し出される。

時を同じくして服を払いながら立ち上がる恵。

彼女は陽炎へと近づいていく。

その姿を見ながら魔法の準備をしていたメサイアは、突如として首筋を掴まれた。


「・・・無駄だよ。これ陽炎?姿がぶれぶれじゃん」


客観的に見て。

メサイアが生み出した陽炎はほぼ鏡の現身である。

多少のブレはあろうとも見破られたことは無い。

しかも松明が照らす夜に。


「なん、なんだよ、お前は!」

「私?私は一之瀬恵だよ」


誰だよ知らねえよ、そう心の中で叫びつつ、恵の背後に魔法を形づくる。

3属性魔法『連鎖爆裂(ギラティア)』。

熱気を収縮し、目の届かぬ背後で致死に至るまで威力を溜める。


(この位置ならこの女が盾になって俺には熱が少なくてすむ。多少は火傷しようとも、こいつさえ倒せば・・・!)


そんな隠れた殺意。

それでも。


恵の五感には届かない。

背後で音もなく収束し、弾けようとしたその炎を。


剣で叩ききった。


普通なら皮膚が焼け爛れるであろう炎を剣の鞘で殴ったのだ。

はじき返された放射状に赤い火の粉が舞う中、メサイアは距離を取りながら叫ぶ。


「ば、化け物が・・・ッ!」

「これがアオリアちゃんを守りたいって意志の強さだよ」

「ははっはあああああっはははあはっははははっはははあ!!!!!!!!」


突如として笑い出したメサイアに恵が困惑を返す。


「え、えっと、なんか楽しいことあった?」

「ああ、あるね」


眼鏡を叩き割り。

右手を上へと掲げる。


「--------4属性魔法『追悼の焔(ほむら)』」


メサイアに、4属性魔法は使えない。

そもそも人類という種族では3属性魔法でも上位の魔法であり。

王国でもごく限られた者にしか4つの属性を扱い切ることなどできないのだから。

が。

何事にも例外はある。

例えば、身体を脳を騙すとか。


「魔錬成の秘草、というものがある。一時的に身体を騙して生命力を限界まで使う薬でね。

あははは、悪いが君には死んでもらうことにしたよ」

「限界までって・・・そしたらメサイア君も危ないんじゃ!」

「関係ない関係ねえ!!ころす、おまえはぁああ!」


もはや呂律も満足に回っていない。

それでも。

人類最強の魔法の一角は発動してしまった。

講堂を照らすたくさんの松明の炎が宙に浮かび、ぐるぐると回転してゆく。

その勢いは直ぐに個から円へと変わり。

爆発的な勢いで恵へと殺到した。


講堂が、消えた。

建物すべてを炎が埋め尽くす。

炎にかかったすべての物が黒ずみ、灰へと変わりゆく。

講堂を包んでいた結界とばちばち当たり、競り合う。

壁が、床が、天井が崩れていく。

生物なんて言うまでもない。


「あはははっはははは!!!もえろもえろぉおお!!あんな女も・・・・・・・・・え?」


その、はずだった。


見てしまったのだ。


触れる物みな灰に還す炎の中で。


こちらに歩いてくる、その少女を。


初めから、メサイアは勘違いしていた。


学園の試験程度に出てくる少女なんて、自分の敵ではないと。


彼は、今思い知ることになる。


格の違いというものを。


何故なら・・・。



    一之瀬恵は史上最強の勇者である。



硬直するメサイアを、


「・・・私がその腐った根性、叩きなおしてあげる!」


素手でぶん殴った。

誰にも見られない炎の中である事で、若干本気でぶん殴ったその一撃はメサイアを結界へと叩きつけ。

その勢いのまま結界を叩き割り吹き飛ばした。

凶悪な力が込められた殴りにより、炎が暴風により霧散する。


最後に残されたのは月明かりに照らされる恵一人。

ん~、と伸びをした彼女は普段通り笑う。


「よしっ、これにて一件落着かな!」


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