十一時限目・まいごのしょうじょは、たんけんちゅう!
転入試験3日目。
既に昼を回っていて、最終試験は校舎で始まっている。
但し別の棟にある教員棟は別だ。
そして最上階にある校長室も試験会場外だった。
学園長メリディアが校長室でいつも通り寝ていると、ドアがものすごい勢いで開けられる。
「メリディアさん!あれはどういうことですか!?」
「学園長!いくら何でも看過できない状況ですぞっ!」
教頭のアイギスと特別教官のドガである。
来るとは予想していたが思っていた以上にうるさいな・・・と、考えつつメリディアは面倒くさそうに片目を開けた。
「・・・なんだ、騒々しいな。いやマジで。君らはあれか、発情期の猫か?何の用だ?」
ドンッ!
相変わらずなメリディアを前にアイギスが机を叩いた。
本気で怒った様子で。
「何用・・・?そんなもの決まってるじゃないですか!どうして・・・どうして
転入試験で在学生2年生のメサイア・ケースが暴れまわっているんです!?」
「これでは試験どころの騒ぎではないっ!現に転入生の半数が彼にやられているんですぞ!!」
そう。
それはもはや戦闘ではなかった。
鎧袖一触。
居場所がばれた者から一方的に打ち倒されていたのだから。
在学2年生の中でもトップクラスのメサイアと入学すらしていない転入生たちにはそれほどの差があった。
ならば何故彼の事を教師すら止めないのか。
その理由こそ、
「・・・エンジール家だよ。あの家の息がかかった人間が教員にいるらしい。アオリアの代行としてメサイアが出場することを勝手に私の名前を使って承認しやがったやつがいる」
「ならば早く止めなければ!転入生たちが重傷を負ってしまう前に!」
「はぁあ、それが出来れば苦労しないと思わないか?今我々が手を出すのは簡単だがそうしたが最後間違いなく不正だ肩入れだなどと騒がれるだろ」
「・・・で、ですが・・・」
「それと・・・怪我に関しては問題ない。アイギスも知ってるだろ?私の魔法結界が校舎に貼って有る事を。それがある限り重傷を負うような事はないさ」
ぐっ、とアイギスが言葉を飲む。
メリディアの言っていることは事実であるし、今までけが人が出たこともないのだから。
「・・・しかし、だからと言ってただやられていく子たちを見ていろと?貴族だか何だか知りませんがそんな横暴が許されるわけ、
「やめとけ。それがこのソレイン王国の仕組みだ。反発してもいいことなどないぞー」
軽い調子で嘯く。
みるみる間にアイギスの怒りがたまっていくのが分かるが、彼女からの言葉は無かった。
「ほれ、さっさと通常業務に戻るんだねアイギス、ドガ。明日は始業式だぞ?やることは無数にあるだろう」
そう吐き捨て机に脚を乗せ完全に寝る体勢になると、アイギスたちは黙って部屋から出て行った。
そんな彼女たちの姿を見ながら。
(さて。ここまでお膳立てしてやったんだから上手くやれよ?『あの方』から直接お願いをしていただけるような一之瀬恵の底力、見せてもらおうかな)
「・・・・・・オイ」
「あっはっはっはっ、いやーやっちゃったねーあははh
「あはは、じゃないぞ・・・」
ケラケラと笑う恵に、長髪の青年とハゲの男が突っ込む。
言うまでもなくウェイルとエンリャクである。
昼下がりのあたたかな日差しと春風が窓から入る教室で、彼らは恵と話していた。
当然だが現在は試験中。
魔法訓練で負けた相手が何故か一人でいるという様子に疑問を覚える。
「どうして恵ちゃんがここに?はっ、まさかこれが運命・・・!」
「お前ほんとに昨日から恵さんの事ばっかりだな」
「あぁ!今は敵なれど、試験が終わった後コーヒーでもどうかな恵ちゃん!おすすめの喫茶店があるんだよ、だれか他の子も誘っていいからさ」
(おすすめの喫茶店?どして私なんかを誘うんだろ、ウェイル君ならもっといっぱいの女の子に囲まれながら行くイメージあるんだけどなぁ。あ、それに私も入ってってことかな?ハーレムかぁ、すごいなぁ。私はどっちかっていうと好きな男の人にめいっぱい好きを注いでほしいけど。やっぱりなんていうの?乙女思考じゃないけど、そういうのっていいよね、映画みたいで。ウェイル君にもそういう映画勧めてあげたらいいのかな?あーでもこの世界じゃ機械もないし童話とかの方がいいか)
「ねぇウェイル君、白雪姫とかどう?」
「姫?凄そうな子と知り合いなんだね」
「えっ何の話?」
「えっ?」
驚くくらい話が通じていなかった。
困惑する恵にエンリャクはひらひらと手を振る。
「あーこいつのことはほっとけほっとけ。で?恵さんは一人で何してんの」
「恵でいーよー。いや、それがさ。話すと長くなるんだけど・・・」
そう言いよどむ恵。
その姿に何やら深い事情があるのかもしれないと感じた二人は少し真面目になる。
「淑女が困っている所を助けるのも僕の役目SA。さぁ話してくれ」
「まートイレ行こうとして迷っただけなんだけどね」
「なるほどそれはいけない!試験が終わり次第学園長に直訴しよう!」
「心配して損したわ!つーかてめえもてめえだ、ウェイル!」
なにも長くない恵の説明と簡単に同調するウェイルに全力でつっこむエンリャク。
つーか迷うって最早すげえな、と変な方向に感嘆しつつも恵に問う。
「じゃあ何か、それでガザニアとはぐれたってことか?」
「そうなんだよね。いやホントにまいっちゃったよー・・・。天狐ちゃんのお弁当まだ食べてないのに」
「・・・はぁ、でも悪いけどこれは試験だ。ここで恵を倒しておけば上位3組に入れる可能性もぐっと上がるんでね、覚悟・・・
エンリャクがそう決断した、その時。
ズドッ、ガッッン!!!
という地響きと共に校舎が揺れた。
「「・・・ッ!?」」
「おっとっと!」
ウェイルとエンリャクがコケて床に這ってしまうほどの衝撃。
恵はその中でも少し体が揺れただけで普通に立っていたが。
それどころか「おっとっと、って言うとなんかおなか減るなー・・・」などとのんきにつぶやいていた。
しかしそれは恵に限った話。
ウェイルとエンリャクにとっては大事件もいいところである。
おかげで恵の余裕に気が付かなかったのはせめてもの幸運と言ったところか。
「な、なんだよ今の!?」
「おそらくは・・・校舎の結界に魔法の衝撃が加わったんじゃないだろうか?」
「結界?」
恵が窓の外を見てみると確かに青紫の幾何学模様が描かれたカーテンのようなものが揺れていた。
「あっれ?今まであんなのあったっけ?」
「魔法の衝撃で可視化したんだろう。今に消えていくと思うよ」
「・・・お、ほんとだ、消えてくね」
「それより重要なことあるだろが。なんだよ今の威力!3属性魔法でもそうそうない力技だったぜ!?」
エンリャクの喚きに、
「よし、じゃあちょっと行ってみない?」
恵が軽い調子でとんでもないことを言い出した。
「はぁ!?いややばいから逃げようって話をだな・・・」
「いや実は私、アオリアちゃんをどうしても見つけないといけなくてさ。きっとあの音、アオリアちゃん関係の何かだと思うの」
「もっとやばいだろ!アオリア本人がいてもアオリアレベルのやつがいても行きたくねえって!」
腕を掴まれながらも抵抗するウェイルとエンリャク。
そんな彼らに恵は、
「私一人じゃ追いかけられないもん。お願いだよ、ねっ?」
見た目だけは良いと言われるだけの事はある彼女のお願いに微妙に心を動かされるのは男たる所以か。
しかしそれでも恐怖の方が勝り、謝ろうとした、のだが。
「よーし、じゃあ決定だね、いこっ!」
「「誰が行くって言った!?」」
結局無理やり腕を引っ張られながら引きずられるのだった。
その頃。
(・・・一之瀬は何してるんだ、まったく・・・)
トイレ行くと言ったっきり帰ってこない、とある少女を待っていたガザニア。
だが状況はそれどころではなくなってしまった。
転入生たちを一撃で吹き飛ばす男の存在のせいで。
(あの男は・・・メサイア?アオリアの取り巻きの一人だな。こりゃ本当に派閥争いかもな)
というかそもそも学園の2年生のはず。どうやってこの試験に入ったのか。
(まぁエンジールほどの権力があれば代打くらいの無茶は通るかもな。エスカの代わりと言っておけばいいだけな訳だし)
相変わらず貴族というものは何でもありである。
中庭の木陰に隠れながらそう考えていると、講堂から聞き覚えのある怒声が響き渡った。
「メサイアッ!いい加減になさい!こんなものは試験でもなんでもないですわ!」
講堂の裏手に回り窓からこっそりとのぞき込むと、そこにはメサイアとアオリアが対峙していた。
怒り心頭に発するアオリアだが、メサイアの方は怒声などどこ吹く風だ。
「まあまあ、そう怒らないでくださいよアオリア様。むしろ私が代わりに出場してこうして勝って差し上げてるんですから喜んでもらいたいものです」
「私はそんなこと頼んでいませんわ。他人の力で得た勝利など、エンジール家の長女たる私にはふさわしくありませんもの。だからここで私があなたに引導を渡しますわ!」
「あはははっ!良いでしょうアオリア様!手慰みに遊んで差し上げますねぇ・・・!」
高笑いするメサイアに向けて雷光が迸る。
光の如き速さで胸を貫かんとする雷の矢は、ズバァアアン!!という爆発音とともに打ち消された。
「3属性魔法『炎熱火葬(アザライア)』。そんな直線的にしか来ない攻撃なんて・・・。アオリア様が今まで勝っていたのは周りが格下だったからですよ。同格やそれ以上の相手に勝てるはずもありませんよ」
「言わせておけば・・・ッ!」
くるりと回転しながらアオリアは二撃目を繰り出す、が。
またしても爆発音が響き渡り、打ち消されてしまう。
それだけではなかった。
二つの火の玉がアオリアへ迫り、弾こうとした彼女の手をするりとすり抜け。
「・・・ッ!?ひぐぅうううう・・・・・っ」
じゅうううううう!という灼ける音と共にアオリアの身体に直撃した。
「弾くことが出来る魔法を使える相手に対策するのは当然ですよ。アオリア様にはそのあたりの考えがまるで足りない!」
「うる、さいですわ!弾かれるっていうなら・・・、直接!」
体勢を低くしてメサイアに近づいたアオリアは手を伸ばす。
驚いたのか動かないメサイアの腕をアオリアが掴みとり、
その腕が、消えた。
「・・・!?」
「陽炎ですよ。少し場所の条件がそろえば幻影を作るのも簡単なのです。そしてっ!」
いつの間にかアオリアの後ろに立っていたメサイアが彼女の背中を焼ける音と共に叩いた。
「はははっ、貴族様の肌を傷つけるわけには行きませんからなぁ。今日のところは服だけで許して差し上げますよ・・・っ」
「舐めるなですわ、下種が・・・ッ!お父様にこの事を言ったらどうなるか・・・!」
「おお、怖い怖い。親にしか頼れないか弱い少女はいたぶりがいがありますねぇ」
「・・・い、ぎぃいいッ」
地面に叩きつけられながらも、なおもがくアオリア。
どう考えても彼女に勝ち目はない。
このままいけばあられもない姿にされてもおかしくない。
その姿を見ても。
(・・・まぁ、どうでもいいな。勝手に自滅してくれるならそれでいい。メサイアは火属性魔法を主に使うようだから、周囲に冷気の結界をはれば威力を押さえることも・・・)
アオリアに。ひいてはエンジール家に。更に言うなら貴族に。
家族を奪われ生活を奪われ人権をはく奪された彼は、心の底からアオリアのことなど興味がなかった。
メサイアがにやつきながら赤熱した指をアオリアへと近づけ。
服がはだけている少女を動けないように足で踏みつけにして残った衣服を焼き払おうとし。
氷の剣がメサイアの腕を止めた。
「お前は・・・没落貴族の?」
「・・・な、んで?」
「いたぶられている女性を目の前にして黙っているような教育は受けていない。
やれやれ、親の仇を助けるような真似をすることになるとはな」
火と氷。
対極の魔法を得意とするメサイアとガザニアの戦いの火蓋が切って落とされた。
「あっれー?ここどこよ。っていうかおなか減ったー!」
「「もう趣旨が違うじゃん!?」」
校舎の付近にある焼け跡で、アオリアを探しながら迷う恵とウェイルとエンリャク。
時刻は昼を越え、徐々に空は赤く染まっていく。
波乱の転入生試験も佳境に向かおうとしていた。
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