七時限目・どんびきしょうじょは、けんかしたい!
一之瀬恵とガザニアに、自ら挑戦状を叩きつけたアオリア。
そんな彼女は今、
建物の陰で戦慄していた。
(・・・い、いくら世情に疎い方であるとして身分が低い方であるとして、貴族であるわたくしにというより人間に家畜の処遇を強いようと画策するとは・・・ッ!
遥か昔には落ちぶれた貴族や王族の娘が鎖で繋がれ鞭などを与えられ、靴を舐めさせられるといった残虐な拷問があったと聞きますが・・・
一之瀬さん・・・それが人間の考えることですの・・・?!)
安易に勝負を仕掛けてしまったことを後悔するも時すでに遅し。
取り消そうにもエンジール家の長女である手前、投げつけた手袋を自ら拾うことなど家名を汚す行為にすらなりうる。
どうしようもないからこその後悔なのである。
(勝てば・・・勝てばいいのですのよアオリア。エスカと共に着実に!)
アオリアは既に精神的に追い詰められているが、当然と言えば当然、恵にそんな意図はない。
コスプレで猫耳付けてにゃーん、それくらいのノリである。
むしろ恵がやりたかったからそれにアオリア達を巻き込んだという側面すらあった。
プリクラでも撮りたかったらしい。
・・・残念なことに中世の拷問を想像されていたが。
「ひ、ひとまずお手並み拝見と行きましょうか、一之瀬さん」
震え声ながらも魔法訓練の初戦・・・恵とガザニアの一回戦を見始めた。
「うん、私たちが初めの試合で助かったね。気合入れていこー!おー!」
「あ、ああ・・・アオリアへの処遇、勝ってもお手柔らかにしてやってくれ」
「ん?そんな恥ずかしがること?だいじょーぶ、一線超えたら気にならなくなるから!」
「一線超える!?人間と畜生のか!!??」
「ちくしょう?そんなに悔しいならガザニア君もしたらいいのにー」
「いや、ほんとに勘弁してくれ・・・」
今や犬猿の仲たるガザニアですらアオリアのことをかわいそうに思ってそう言うも、残念なことに認識が遥かずれている恵には響かなかったようだ。
そんなやり取りをしていた恵の手が突然握られた。
「ひゃっ!」
「ごきげんよう、可愛らしいお姫様・・・。嗚呼、何たる運命のいたずらか!これから貴女と戦わなければならないなど!
しかしどうか嘆かないでほしい、ここで僕と貴女の物語はここから始まるのだから・・・!」
歌劇でもしているのかという程の声量とリズムで恵の手を取り、跪く銀髪ロン毛の青年。
イケメンでスタイルもファッションも良く、周りから女の子達の黄色い悲鳴やひがみのような声が聞こえているところをみると相当モテモテらしいが・・・。
恵脳内会議満場一致で『なし』だった。
元気さが人間性の99割を占める彼女がちょっと引いているせいで黙ってしまった事に何を勘違いしたのか、青年は立ち上がり髪をかき上げる。
「おやおや、本当に可愛いお姫様だ。そう緊張することは無いさ。君ほど可愛らしい女の子を僕は見たことが無いからね。自信を持っていいんだよ」
「・・・なんでもいいけどさ、手、放してもらっていい?」
「おおっと!すまない。思わず綺麗な手に見とれてしまったらしい」
「・・・・・・なんでもいいけどさ、もうちょっと、離れてもらっていい?」
見ただけでわかる恵の引きっぷりに笑いつつ、ガザニアは青年に話しかける。
「一之瀬の顔が可愛いのは同意するが、それだけじゃ付き合いきれなくなると思うぞ?」
「ふぇ?そーんな可愛いなんて~、ガザニア君ったら!ばしばし♪」
皮肉を物ともせず照れながらガザニアの腕を叩く恵。
そんな彼女を親指で差しながら、
「・・・な?バカだろ?」
「あるぇ~?どーしてそうなるの!」
「るせえ!!見せつけやがってそこのロン毛含めて全員爆発しろ!」
銀髪ロン毛の青年がガザニアの言葉に反応するよりも早く、後ろから同年代位の特徴的な男が叫びながらやってくる。
「・・・・・・ガザニアと言ったか?この綺麗さのかけらもないハゲが僕のパートナーだぞ?少し抜けた美少女、最高じゃないか」
「ハゲじゃねえよロン毛!俺のカッコいいスキンヘッドに酔いしれろってんだ」
「うるさいぞ、ハゲ。そもそも僕はロン毛じゃない、インペリジェントマスカットだと言っただろうが!」
「葡萄の喰いすぎじゃねえのか?」
突然目の前で始まったあまりにもどうでもよすぎる喧嘩に、関わり合いにならないよう距離を取るガザニア。
逆に恵の方は何故か羨ましそうに、
「ふーん、二人とも仲いいんだね!羨ましいなぁ」
「「何処から見たらそう見えるんだ!!」」
「むぅ、これは強敵の予感・・・。ガザニア君!私達も喧嘩しよう!!」
「いや喧嘩って意図的に出来るもんじゃ・・・」
「もう!ガザニア君ったら!昨日の夜、お部屋のベットでイジワルばっかりして!しかも天狐ちゃんにまで」
その瞬間、空気が凍ったのがガザニアには分かった。
「おい昨日の夜って・・・」「あいつら同じ部屋で泊まってるんだよな」「おれの、俺の天使の天狐ちゃんがそんな・・・そんな・・・・」
「あいつら初めて会って1日で?うわーひくわー・・・」「しかも3人で・・・?ヤバくない?」
「ちょっ、エスカ、見えない、扇が邪魔で前見えないって」「アオリア様、あのような破廉恥なハゲ共の事はお忘れになってください」
一瞬にして引くことが出来ないレベルにまで噂が広がっていた。
恵が言っているのは昨日の夜やったトランプゲームでガザニアが圧勝したことを言っているのだろうが、もう違う意味にしかとられていなかった。
ちなみにだが、恵も天狐もすぐ顔に出るためぶっちゃけ楽勝だったという。
というかエスカに「破廉恥なハゲども」とくくられたのが一番謎だ。
そんな現実逃避をしつつ、右手で恵の口をふさぐ。
「もごううぅう?うごもごうううう」
「いや何言ってるか分からん。普段は別の意味で何言ってるか分からんけど」
「・・・ぷはぁ。うん!喧嘩して仲直りしたから今まで以上に仲良くなれたはずだよ。連携は完璧だね!」
「あーうんかんぺきかんぺき」
片目をつぶりながら親指を立てる恵を華麗にスルーし適当な返事を返すガザニア。
そんな姿に周囲は、
「「「「チッ、見せつけやがってクソッ・・・」」」」
「お前らリハーサルでもしたの!?」
びっくりするくらい息の合った舌打ちだった。
そんなやり取りで無駄な時間を過ごした後。
恵はやはりマイペースに尋ねる。
「そういえば二人とも相手だって言ってたけど、お名前は?」
「僕は(精神的に)貴族のウェイル=ブラート。転入はまだだがゆくゆくは学園中の女生徒を魅了することになるだろう!
それでも君のことは忘れないからねマイハニ―」
熱っぽい視線を恵へと送ると、彼女はすすっと半眼でガザニアの背中へと隠れる。
「はっはっは、はずがしがり屋だな」
「お前のポジティブさだけは尊敬の域だな。俺はエンリャク。座右の銘は『リア充爆発しろ』だ」
「いや、それ完全に私怨・・・」
「うるせぇ!お前に分かるか、そんな可愛い彼女連れでよ!!タンスに小指ぶつけろ!」
いっそ半泣きで言うハゲに、彼女じゃない、とかなんで小指だけ?、とか言うのも面倒になったガザニアはスルーしようとして、
「あはは、私とガザニア君じゃ釣り合わないって。あ、私は一之瀬恵。よろしくね」
「そうだな、見た目だけはいいからな。見た目だけは」
「二回も言わなくてよくない!?」
「ほほぅ、じゃあただのルームメイトか。ガザニアと恵だね、僕は手加減できない性質だから怪我する前に降参してね」
そういうとウェイルはさわやかな笑顔のまま白いラインの方へ歩いていく。
(ふーん、魔法訓練っていうだけあって、戦い始めの時は20メートルくらい離れた場所からになるのかな?)
そう考える恵にエンリャクは先ほどまでと違う、少し真面目な表情で話す。
「おう、お二人さん。俺も怪我ぁさせる気はねぇけど、あのロン毛もチャラチャラしてる割に強い。ホントにあぶねえと思ったらすぐ両手を挙げてくれよ」
本気でこちらを気遣う様子の彼にガザニアは苦笑しながら返した。
「・・・ああ。それはこちらも同じだ。頼むから・・・避けてくれよ」
あはは~と苦笑する恵と何故か罪悪感の籠ったため息をつくガザニア。
そんな彼女たちに疑問を抱きつつ。
周りの生徒が見つめる中。
転入試験・魔法訓練の1回戦が始まった。
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