五時限目・すなおなしょうじょは、うたがわない!
ベランダにいた少女に声をかけると、その少女ははじかれたように振り向いた。
「・・・ッ!?貴女は・・・ガザニアとペアの・・・」
金髪のドレス姿の女の子。アオリア・エンジール・サブスタンスとか言ったか。
講堂でガザニアと恵に食って掛かってきた貴族の少女である。
「こんな時間にこんなところで何してるのー?」
「貴女には関係ないことですわ、平民。というかその『アオリアちゃん』などと呼ぶのはよしてちょうだいな。ちゃんと様をつけなさい」
「うーん、じゃあアオちゃん様とか?」
「やっぱ貴女筋金入りの変人ですわね・・・。うちの領地に入ってそんなこと言おうものなら斬首よ斬首!」
「へぇー、あ、アオリアちゃんに聞きたいことあるんだけどさ」
「戻ったッ!?」
狼狽するアオリアを放って恵は話す。
「ペンダント見てたみたいだけど、その写真の男の人、恋人とか?」
「・・・・・・はぁ。お兄様ですわ」
この暗い中で手に握るペンダントの中の写真を遠くから見極めるという隠れた人外的能力を発揮していることに気が付かず、アオリアはあきらめたように話した。
「ガザニアなんかとは違う、紳士的でかっこよくて貴族のお手本のような、ね」
「ふーん。でもガザニア君もいい人だと思うんだけどなぁ」
「・・・・・・貴女、まさか何も知らないんですの?」
「何が?」
呆れたように天を仰ぐアオリア。
会った時から変な奴だとは思っていたがまさかここまで世間知らずだとは思わなかったらしい。
「ま、無知な平民に教えを渡すのも誇り高き貴族の役目ですわね。ガザニアの家、ウィンター=ヘブゥンはもともと貴族でしたの。私のエンジール家とも親交がありましたわ。事実、結婚相手として私とガザニアが選ばれそうになったこともあるんですのよ」
「えっ、じゃあ仲良かったの?」
「まさか。ただの政略結婚ですわ。でも今やウィンター=ヘブゥン家は貴族から落とされ、その威信は地に落ちた。その理由・・・これはいくら貴女でも知っているはずですわ」
知っているはずとか言われても知らないものは知らない。
ど、どうしようなんか適当に言ってみようかな、などと考えていると先にアオリアが答えを言ってくれた。
「『王妃暗殺』」
「えっ」
「この国の王妃様たるアノールト・S・ムーン様を殺した疑いがあるのよ。亡骸はまだ見つかってないけれど」
「確かなの?」
「確かか、確かじゃないか。事実か嘘か。そこは重要じゃないですわ。問題は、その疑いが強く貴族から追放されたことですの。どこの誰が国家反逆をしたかもしれないような家族と関わりを持ちたいと思うのかしら?」
「・・・それが、アオリアちゃんがガザニア君を嫌う理由?」
「ですわよ。それがわかったら、もう関わるのはおやめなさいな。親切心からの忠告ですわ」
(・・・やはり、こうなるか)
そんな彼女たちの会話を聞いていた者がいた。
ベランダに出る窓の横の壁にもたれかかる男。
ガザニア本人である。
そんな予感はしていたのだ、初めから。
恵に名前を聞かれ、思わず家名を名乗った、あの時から。
ふぅっ、とため息が漏れる。
(こうなってしまっては、もう試験をつづけるどころの話じゃないだろう。諦めて何か別の稼ぎ方を見つけるべきだな)
実はガザニア、こういった風に進路を知りもしない暗殺などという汚名でふさがれたのは初めてではなかった。
ウィンター=ヘブゥン家はもともと有力な貴族。その分広く知れ渡ってしまったらしい。
(・・・まぁいつもの事だ。汚名を返上することなんてどうでもいい。俺は母上と弟と妹が生活さえできればそれで・・・)
父親は王侯貴族に取り調べと称してつかまって、それから帰ってくることは無かった。
・・・もう半年にもなるというのに。
恐らくはガザニアたちを守るため否認し続けているのだろう。でなければ一族郎党皆殺しの憂き目にあっているはずだからだ。
どうやって自白させようとしているのかなんて考えたくもない。
そもそも生きているかもわからない。
だが。
(だが約束したからな。家族のことは俺が、と)
別れ際の、たった一言二言。
短くともそれは人生を懸けるに値する。
少なくとも、ガザニアにとっては。
(だから、今回も同じだ。たかが一日一緒にいただけの少女とわかれるだけだ。今までと・・・同じ・・・)
分かっていた。
同じなはずがないと。
汚名を着せられてから、いやその前から体面だけを気にする人々としか会っていなかったのだから。
一之瀬恵のような愚かなまでに明るく素直な少女と、天狐のように天真爛漫で優しい女の子と出会って、少しぐらい振り回されてもいいと思えるくらい楽しかった。
だからこそ、今ここを出ることにした。
・・・あの恵に非難と嫌悪の視線を向けられるのを恐れて。
ガザニアはまだ知らなかった。
この一之瀬恵という少女が、予想の遥か斜め上の反応をしてくるということを。
「あはははっ、なんだーそれだけ?もしかしたらガザニア君が若くて可愛い女の子を襲う悪童なのかと思ってたよー」
・・・・・・・・・・・は?
呆然としたのはガザニアだけではない。
「え、あの・・・話聞いてましたの?それだけ?国家反逆ですのよ!?」
「だいじょーぶ。ガザニア君はそんなことする人じゃないから」
「・・・貴女、昨日初めてガザニアに会ったんですのよね?」
「そうだよ?だからこそわかるんだよ。丸々一日ガザニア君とごはん食べたり遊んだり話したり勉強したりして、ね。ガザニア君は人殺しなんてしないってさ」
「・・・・・・・・・・本気で言ってますの?それ」
アオリアが信じられないようなものを見る眼で見てきているのも当然だろう。
初対面の人間と、たった一日過ごしただけで、その人間を完璧に信用するなんて。
そんな彼女を差し置き、恵は笑いながら、
「うん、当たり前じゃん!それに、ガザニア君は私と会ったとき、家の名前も言ってた。
それって汚名を着せられても、ガザニア君が家族のことを信用してるからじゃないのかなって思うの。
私が信じるガザニア君が大切にする家族なら、私だって信じるよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
もはや返す言葉を持たないアオリア。
「んー、すっきりした!じゃアオリアちゃん、今日の魔法訓練、がんばろーね!」
ごく普通にバルコニーから去る恵。
その背中を見ながら。
「・・・・・・変人、ですわね。それも極め付きの」
アオリアは兄の写真を見ながら呟く。
朝日は少しずつ昇り、今日も一日が始まる。
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