四時限目・ゆめみるしょうじょは、さいなんつづき!

「ねぇ・・・本当に大丈夫なの恵。いくら転勤とは言え恵だけ東京にいるなんて」

「だーいじょうぶだよママ!もう私だって高校生だよ?」

「まあ少し早いが恵もそろそろ一人暮らしを味わってみるべきなのかもな・・・。でも何かあったらすぐに知らせてくるんだぞ、最近は殺人事件だって増えていることだし」

「パパも心配性すぎるって!それに東京にはお兄ちゃんだっているんだし!」


初春。

高校受験という重圧から合格通知という形でなんとか解放された一之瀬恵。

だったのだが、共働きの両親の転勤が遠くになってしまい合格した高校にそこから行くのはほぼ不可能になってしまった。

そこで、大学生で一人暮らしをしている兄のように一足早く高校生で一人暮らしをするという選択肢がとられたのだった。


「・・・うーん、心配ね・・・恵の大丈夫は大丈夫じゃないから・・・」

「うん、それはママの言う通りだな・・・」

「ちょっとぉ!?どういう意味なのそれ!」


そんなやりとりがあったり引っ越す時に荷物忘れたりしたものの、なんとか迎えた入学式初日。

彼女は、


「・・・ここ、どこだろ・・・」


思いっきり道に迷っていた。

家から学校までは徒歩で約15分。前日、兄と共に高校までの道を確認しておきながらこの体たらく。

流石の恵もこれには心が折れかけていた。


「・・・学校始まって初日から遅刻・・・?どうして私ってこうなんだろ、うぅ・・・」


何故か人通りすらない道を歩いていると、

どんっ、と誰かにぶつかった。


「・・・?こんなところで何してるの?関係者以外立ち入り禁止よ」

「ご、ごめんなさい!道に迷って・・・」


見上げると、ぶつかったのは無表情で20代くらいの女性だった。

鋭く赤い瞳に赤い短めの髪。トレンチコートのポケットに両腕を突っ込む彼女は不機嫌そうな様子を隠す気もないような態度で恵を睨んでいた。

・・・端的に言うとめっちゃ怖かった。

頭をよぎるのは、最近ニュースでやっていた誘拐殺人事件。


「えっと、ごめんなさい!ごめんなさい!殺さないでください・・・っ!」

「人聞きの悪いことを言う小娘ね・・・。で?こんなところで何してるの?」

「こ、高校までの道に迷いまして・・・」

「何故制服の高校生が学校までの道のりで迷うんだ?」

「・・・・・・・・」


すこし、いや本気で落ち込んだ。

そんな半泣きの恵を見て、


「・・・ま、こんな頭空っぽそうな少女があいつの仲間ならそれはそれで面白いけどね」

「・・・?」

「それで?学校ってのは乙葉おとは高校のこと?」

「そ、そうですそうです!」

「それならここのを出てまっすぐ行ったところにある警察署を左。今から走れば間に合うんじゃない?」

「・・・!ありがとうお姉さん!あっちなみにお名前は?私は一之瀬恵、後でお礼に来るね!」

「ふん、言う必要を感じないけど・・・私の名前は、れ


それを聞くことは叶わなかった。

走り去ろうとしたその道に、光の輪で囲まれた落とし穴が出現したからだ。


「・・・・・・えっ」


人間、本当に驚くと声が出なくなるらしい。

悲鳴すらあげることが出来ず落ちる、そんな恵の手を。


「チッ、何なのコレ?」


先ほどと変わらない不機嫌そうな、それでいて至極冷静な女性が掴んでくれていた。


「なになになにこれたすけ

「黙って落ち着けよ小娘」

「落ち着く?!落ちそうなんだよ!落ちて不時着しちゃうよ!」

「案外冷静だな、そんな上手くもない冗談言えるなんて」

「やけくそにもなる・・・ひゃあああああ!?」


ヒンヤリとした手のようなものが足に触れる感覚。

恵の足を何かが引っ張っている。

穴の中に引きずり込もうとするかのように。


「・・・ふん、これ以上綱引きしてると身体が真っ二つに引きちぎれそうだな」

「誰の!?いや聞かなくても分かるけど!」

「これを身につけときなさい」


そう言うと女性は器用に掴んでいる恵の左手の人差し指に青い指輪をはめた。


「な、なんでこんな状況で指輪なんて・・・?!」

「危なくなったら壊せ。いいなもう一度しか言わないぞ、命の危険に際したときだけ外して壊せ」


あまりにも説明がなさ過ぎた。

反射的に尋ねようとした瞬間、


「じゃ、頑張って☆」


ぱっ、と。

最後まで無表情な女性と半泣きの恵の手が放された。


「う・・・うそおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!???」


一瞬にして外と通じる穴は遥か彼方に消え、異様すぎる落下の感触を受けながら。

そこで恵の意識は途絶えた。




目覚めなさい・・・一之瀬恵よ・・・この世界の勇者となる使命を持った少女よ・・・目覚めるのです・・・


「ぐーすか・・・ぐーすか・・・」


・・・あの・・・そろそろ目覚めてもらっていいでしょうか・・・?そろそろ1時間になりますよ、勇者よ


「ぐーすか・・・あ、だめ・・・いやだ・・・!」


うなされている・・・のですか・・・?勇者よ、貴女にもつらい過去が


「いけない・・・焼き魚に大根おろし乗せないで・・・ぐーすか・・・・・・辛ぁい」



「いい加減起きなさいッ!」

「ひゃああああ!?」


耳元で叫ばれ飛び起きた恵の目の前には、ふわふわと宙に浮いている羽衣を纏った黒髪の女性が仁王立ちしていた。


「だ、誰?」

「私は、この世界の女神です」


耳を疑った。

そもそも此処は何処なのだろうと周りを見渡すと、そこは白く輝く宮殿だった。

有名な芸術とか絵画とかを見ても特に何も感じない恵ですら、美しさに息をのんでしまうほどの。

そんな恵を見て、女神と名乗る女性は少し間を置いてから話しかける。


「・・・ここは『星核殿せいかくでん』。世界を見守り、世界を形作る『聖杯せいはい』を保管する空間です」

「えっと・・・つまりここは天国?私落ちて死んじゃったの?」

「いいえ。一之瀬恵よ、貴女は選ばれたのです。元いた世界とは別の世界を救う、勇者に」


正直に言って、極限まで恵は混乱していた。

黙りこくる恵に、女神は微笑む。


「分かります。混乱しているのですね、当然でしょう。事実、一之瀬恵、貴女の前に呼んだ2人の勇者たちも混乱を隠しきれていませんでしたから」

「えと、二人?ってことは同じ世界から来た人がもう二人いるんですか?」

「ええ。きっと出会うでしょう」

「じゃあ・・・私じゃなくてもいいんじゃ・・・?」

「いいえ、貴女にしかできないことがあるのです。身勝手なのは分かっていますが、どうしてもその世界を救ってもらわなければならないのですよ」

「っていうか世界を救うって・・・何?何したらいいんですか?私なんて何のとりえも・・・」

「・・・そうですね、分かりましたこうしましょう。一度その世界を見てから決めても遅くはないですから」

「見て・・・から?」

「これを、お持ちなさい」


そう言って手渡されたのは、マンガやら映画やらで見るような何の変哲もない剣だった。


「でも私、剣なんて」

「大丈夫、身勝手なお詫びのしるしです、これを飲んでください」


古めかしい金のグラスに注がれているのは赤い液体。

その液体はほんの少量だったが、本能的に何か・・・そう。


「生き物・・・?」

「ふむ・・・その言い方も間違ってはいないかもしれませんね。正確にはありとあらゆる生物がこの液体、聖杯によって生まれているのですが。

そしてこの聖杯の保持量によって様々な力を得ることが出来ます。例えば知能、例えば腕力、例えば特殊な魔法に能力。


一之瀬恵。


第三の勇者よ。


聖杯の力と『絶対に失なわない力』神剣エクスカリバーを以て、魔神の残滓が蔓延る世界を救って下さい」




「いやだから具体的に・・・っ!!」


思わず恵ですらつっこんでしまうほど抽象的で勝手な女神。

その姿がぼんやりとかすんでいく。

いやそれだけではない。

星核殿などと呼ばれていた宮殿そのものも。


「・・・!!??」


転移させるのは人間の国、ソレイン王国。そこから貴女の伝説は始まります。

最早時間はあまりありませんが・・・貴女は貴女が正しいと思うことをしなさい。

安心なさい、ずっと見守っていますから・・・・・



そんなささやき声を最後に。

真っ白に世界が光ったかと思うと、そこは広大な草原だった・・・。




「ん・・・ふぁあぁ・・・。私、なんであの夢なんか・・・」


起き上がるとそこは狭い二段ベッドの上。

どうやら夢を見ていたらしい。


(・・・うん。今思ってもあの女神様もその前に会った赤髪のお姉さんもスゴイ変な人たちだったなぁ・・・。しかも夢でも何でもないし。にしても)


左手の人差し指を見やると、そこには青い指輪が当然のように嵌っている。


(コレ、何なんだろう・・・?危ないときは壊せとか言われてもなぁ)


そうこうしているうちに目が完全にさめてしまったらしい。

窓を見てもまだ暗い。

天狐とガザニアたちと3人で魔法の訓練?をして、学園の宿舎に泊まっているのだが思いのほか早く目覚めてしまった。

ちなみに当然二段ベッドの下はガザニアである。男女同室だったはずだがギリギリまで天狐が帰らなかったためかそれほど意識はせずにすんでいた。

梯子をそろそろと降りて、宿舎の2階にあるベランダに出て風景でも見るかなと思い立ち部屋を出る。

・・・バタンと閉めたドアによって立てかけてあった荷物が寝ているガザニアの頭に直撃したことは知るよしもなく。


時間にして朝の4時ごろだろうか?

そんな時間に、しかもテスト参加者と教官しかいないはずの宿舎のベランダに人なんかいると思わなかったのだが、そこには一つの人影があった。

しかも見たことがある後ろ姿で。


「えっと・・・アオリアちゃん、だっけ?」

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