第12話
荷馬車はがたがた揺れる。
「シェイン! これ以上スピードは出ないのかしら!?」
「……もう出ません! 馬車の作りが良くない上に、道がダメです。雨の影響で道がぐちゃぐちゃです」
道には大小さまざまの大きさの水たまりが広がっている。片輪が水たまりに入るたび、いやな音を立てて荷馬車が揺れる。
「……まずいよ! このままじゃ追いつかれる!」
「もう捨てる積荷はねーぞ! 全部あいつらにくれてやった!」
カオステラーによる猛攻。もはやそれに耐え切ることができない――そう判断し、五人は教会からの撤退を決断した。一行は教会近くにあった荷馬車を拝借し、そのまま森の中へと退却している。
森の中にヴィランはいないが、荷馬車を追って大量のヴィランが森へと流れ込む。ヴィランたちは一筋の大きな渦のようになりながら、じわりじわりとその手を荷馬車へと伸ばそうとしていた。
「俺を……」
「『俺を置いて行け』なんて言ったらぶっ飛ばすぜ、ロビン」
ロビンの苦痛に満ちた表情が少しだけ緩み、そのまま意識を失う。レイナは力をロビンの傷口へと集中させる。シェインが御者となり、エクスとタオが近くにまとわりつこうとするヴィランを叩き払う。
「……そうよ! シェイン! ここを右に曲がって! 今すぐ!」
「右……?」
「そう! この曲がり角を右に曲がって! ロビンたちの拠点があるわ! この道、通ったことがあるから!」
荷馬車が右折し、馬車の一部が折れる音がする。もう長くは持たない。
馬車が進む先は徐々に暗くなっていき、道は狭まっていく。
「あぁ……我が妹分よ……なぜお嬢の方向感覚を信じてしまったんだ……」
「……シェインもなぜ信じてしまったのかわかりません……もうダメかもしれません」
「ここは、えーっと……どこかしら、エクス」
「知らないよ……」
やがて道はなくなり、川にぶつかった。荷馬車が止まると、今までなんとか踏ん張っていた馬車が、一気に崩壊を始める。馬は一度いななき、どこかへと走り去ってしまった。
「……とにかく、背水の陣は避けたいです」
馬車から降りた一行は、各々、起死回生の策を考えていた。
まさしく背水。背後でごうごうと濁った水が流れる。昨夜降った雨の影響で、水かさがかなり増えているようだ。この間にも、ヴィランたちはこちらへ向かっている。
ロビンは気を失っている。止血こそしたものの、やはりもう限界が近い。
「みんな! ここに橋があるわよ!」
レイナの声に振り向くと、確かにそこには橋があった。川に架けられた大きな丸木橋が。太い針葉樹を切り倒して作られたであろうその橋は、まっすぐと向こう岸に伸びている。今のところ、向こう岸にヴィランはいないようだ。
「うん。私、ここにも来たことがあるわ。お手伝いをした時」
「……もしかして、姉御が落ちた川って」
「えっ、ちょ、ちょっと何を言っているのかわからないけれど……と、とにかく渡るわよ!」
レイナを先頭に、丸木橋を渡る。確かにレイナが落ちたのもわかる。エクスは足元を踏みしめながら思った。丸木橋というのは渡りづらい。先日の雨で表皮が湿っており、滑りやすいことこの上ない。きゃっ、と言って体勢を崩しかけるレイナを、シェインが慌てて支える。この濡れた丸木橋を、ロビンを担ぎながらタオは進む。
対岸は安全そうだった。丸木橋を壊し、遠くを攻撃できる武器を使えば、なんとか応戦できる。エクスは弓を出現させる。
「よし、ここで――」
「みんな、援護してくれ。オレがなんとかする」
「タオ兄!!」
片手には楯、もう片手には槌。タオはロビンを預けると、今来た丸木橋を逆走する。丸木橋のちょうど真ん中に陣取ったタオは大声で叫んだ。
「さあ来い! ヴィランども! ここでカタをつけようぜ! カオステラー! そこにいるんだろ!? 出てこい! 真っ赤なカオステラー!!」
腹の底からの
タオは雑魚を蹴散らし、躍り出てきたヴィランたちをひたすら薙ぎ払い続ける。盾と槌を右に、左に。ヴィランは橋から落ち、濁流に飲み込まれ消えていく。
何度も足を掴まれ、何度もバランスを崩しかける。タオは気力と気迫と胆力、気持ちだけで立っている。タオがヴィランを叩き、エクスとシェインが、翼で川を越えようとするヴィランを屠る。どのくらい潰しただろう、もう誰も覚えていない。それでも、状況は良くない。じり貧だ。もう持たない――誰よりも、タオが身をもって感じていた。
川の向こう側、赤くて大きな何かが見える。赤いメガ・ヴィランはのろのろと歩いている。糸が切れてしまった人形のように、鈍重な動きでもたもたと歩いている。
タオが気持ちで戦っているのと同じく、ウィルも気持ちで戦っていた。過去形なのは、彼の戦いはもう終わっているからだ。『運命』に逆らうための戦いに全ての力を費やした彼に、もはや力は残されていなかった。疲れ切った身体は、カオステラーの力をもってしても、あまりにも重かった。
タオが岸へと戻ってくる。丸木橋にて多くを叩きのめしたが、ヴィランたちはなおも残っている。
「シェイン! 少しの間だけでいい! オレの代わりに持たせられるか!?」
「……本当に少しだけなら。シェインには
「ああ、それで十分だ」
タオはロビンの元へと寄る。
「ロビン、オレに力を貸してくれ」
ロビンの弓を取った。ロビン・フッドのシンボル、長弓。弓に埋め込まれた細工をよく見ると――それは、石や金属ではない。スキルコアだ。おそらく装飾のひとつとして埋め込まれたスキルコアは、ただでさえこの想区で最強のロビンの力を、さらなる高みへと押し上げていた。
丸木橋の上で奮戦するシェインの頬が上気している。丸木橋を突破されてしまったら、もう
「エクス、なんとかしてアレを倒そう。あの赤いデカブツを」
「ロビンの弓を使うんだね? でも、この距離だときっと
「そうだ、だからこれを使う」
エクスの元へぽん、と石を投げる。
「タオ、疲れてるのはわかるけど――」
「いいから投げてくれ。あいつに向かって。全力で。ヒーローの力を使って、必ずぶち当ててくれ」
タオは本気だった。本気の目をしていた。だからエクスは信じた。タオに賭けた。
タオも賭けた。エクスの投石に。シェインの奮闘に。レイナの延命に。ロビンの弓に。ヒーローの力に。そして、自らの勘に。大博打だった。
少年の身体から驚くほどの速球が繰り出される。これぞヒーローの力。投擲された握りこぶしほどの大きさの石。メガ・ヴィランは少しだけ跳躍し、石を避ける。
『――ちょっかいを出してやると、横に避ける』
そう、この瞬間をタオは待っていた。真っ赤なメガ・ヴィランはバランスを崩し、大きくよろめく。大きな大きな隙ができている。当然、その隙を見逃しはしない。
「ウィル、オレはあくまで『まっすぐ』に、行かせてもらうぜ」
矢をつがえる。弓を引く。狙いを付ける。引く。まだ引く。矢先に全ての力を込める。全身の膂力をその一点へと集中させる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおらあああああぁぁぁあ!!!!」
肺の奥底からから絞り出された叫び声とともに、発射された飛行体は一直線に大気を裂き、赤く漂う巨体へと飛んで行った。
矢が弓から離れた瞬間、物体としての限界を超えてしまったロビンの弓が、崩壊する。弓を構成していたイチイの木は裂け、中に埋め込まれていたスキルコアも粉々に砕け散った。
タオが持ちうる全ての力を込めて放たれた矢は、メガ・ヴィランの巨体を貫通し、その身に大穴を開ける。メガ・ヴィランが地に
混沌の渦に呑まれし語り部よ
我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし……
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