第5章

第11話

「ウィル……やっぱりお前なんだな……鏡がないのが……残念、だ……今のお前の目は、濁りきっている……」

「ロビン……」

「確信は、なかった……でも、森に、変な気を送り込んで……俺の感覚を狂わ、せ……崖に引き寄せ、拠点を攻める……俺のことを知る、人間じゃなくて、誰ができるんだ……砦で、戦っていた時、いつの間に、か……お前は、いなく、なっていたし、な」

「……ロビン、僅かでも気付いていたなら、なぜ私を問い詰めなかったのですか。貴方の手で、私を殺すことも簡単にできた」

「仲間を信じなくて、何を信じればいいんだ……」

 笑いながら泣きながら苦しみながら、そんな複雑な表情を見せるロビンを前に、ウィルが涙を流す。エクスは、こんな悲しい顔のカオステラーを見たことがなかった。

「話を――話を聞かせてもらおうかしら」

 治療を続けるレイナの大きく美しい瞳が、冷たく突き刺さる。エクスとシェインはタオの肩を抑えていた。今にもかたきのもとへと飛びかからんとするタオの全身は怒りに燃え、二人がかりでも抑えきれるか、エクスには自信がなかった。

「ウィル! おい! お前がやったのか! なんで……どうして……」

「……」

 赤服のウィルのぼうは明らかに違っていた。レイナのような力を持たなくとも、よこしまな力が彼の全身、あるいはその周りに充満しているのを見てとれる。


「『運命』とは何ですか。あらがってはいけないものなのですか。立ち向かってはいけないものなのですか。ただ座して、静かに『運命』を受け入れなければならないのですか」

 さながら舞台役者のごとく、赤服のウィルは身振り手振りを大げさに交えつつ、瓦礫を踏みしめる。

「私の『運命の書』にはこう書かれていました。『赤服のウィルは、ロビン・フッドとその仲間たちの教会での戦いの際、弓で射られて命を落とす』とね。でも、私は生きている。私は、運命に打ち勝った……はずです」

 赤い袖がはためき、赤い裾がゆらめく。

「……案外、回りくどいことをしましたね。もし、もしですけど。シェインなら、森の中でさっくりとロビンを殺します」

 シェインはため息混じりに言い放った。だが、確かにその通りでもある。

「タオ、貴方なら覚えているかもしれませんね。『偉大な英雄ロビン・フッドの側にいられるなんて、まさに僥倖です』と。わたしがこの『運命』を愛しているのは、本当です。本来ならば、誰も傷つけずに『運命』だけを変えてしまいたかった。当然、そんな虫のいい話はありませんでしたね。

 最初は、皆を森の中に閉じ込め、戦いが起こらないようにしようと思いました。その為に大量のヴィランを送り込んだのですが……それは当然、上手くいきませんでした。次はロビンの戦力を削ごうとしました。あるいは、ロビンを殺すことさえ企てましたが……それでも貴方がたはやはり教会に来て、最終的には勝利してしまうのですね。それもまた、『運命』の力なのかもしれません。

 それでも、私は『運命』に抗ってみたかったのです。死にたくない、という思いも全くなかったわけではありませんが……私の『運命の書』が最後のページに進むほど、運命という名の理不尽な呪いとの戦いに対する気持ちは、一層強くなりました」

 ただ決められた『役割ロール』を生きるということ。エクスには少しだけ心当たりがあった。生まれ故郷でモブ扱いされていた頃、『空白の書』を持つという『運命』を知らなかったあの頃、エクスは『運命』の中に生きていた。自己の『運命』はなくとも、他人の『運命』に振り回されながら故郷で生きていた。運命が収斂しゅうれんし、選択が帰結する。エクスがどれだけシンデレラに手を伸ばしても、その手は虚空を掴むのみであった。何もない、それが僕の『運命』。その頃のエクスはそう思っていた。それは苦しく、とても理不尽だった。

「言うなれば、これは想区と私との戦いなのです。世界のことわりと私との一騎打ちなのです。ロビン、あるいは森の仲間たちには、本当に申し訳ないことをしてしまったと思います。しかし、私は勝った、のだと思います。今なお、私は生きていますから」

「あなたはカオステラーの力、まやかしの力を使って生き延びたにすぎないわ。あなたは、カオステラーに利用されたにすぎないのよ」

「……そうですね。そうなのでしょう。『運命』の調和の中に生きる世界における禁忌へと、手を伸ばしてしまった。私はもう疲れてしまった……運命に抗うなんて、ただの『登場人物』の一人でしかない私には、やはり荷が重かった……多くのものを失ってしまった今では、勝利の喜びなどありません」

 ウィルは何も言わずに大地に手をついた。降参。やり切った。そんな男の顔をしていた。

 この想区を『調律』したその瞬間、赤服のウィルは死を迎える。ロビン・フッドと『愉快な仲間たち』は、教会での戦いに勝利した。勝利してしまった。『調律』が、ウィルを殺す。

 それでも、カオステラーを祓い、『調律』をしなければならない。レイナたちはそのためにここにいるのだ。そして、ウィルはそれを受け入れた。

 レイナが一歩前に出る。

「混沌の渦に呑まれし語り部よ――」

 しかし。

 ウィルが納得しても、もう一人納得していないやからがいた。カオステラーだ。やはり易々とは終わらせてくれなかった。

 赤服のウィルの絶叫と共に、ウィルはウィルの姿ではなくなっていた。

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