第8話

 木々の合間を縫って、一人の男が駈けてきた。全身をリンカーングリーンに包んだ姿。シャーウッドの森では見慣れた格好だ。だが、その顔はひどく青ざめていた。混乱と苦悶、もつれるような足取りで走ってきた男は、そのまま木の根に足を取られて突っ伏す。意気揚々と引き揚げ準備をしていた崖上の者たちがざわめき、動揺が走る。

「どうした! 一体何事だ!」

「……ロビン、あいつらだ……」

 倒れた男の背中には、大きな傷がぱっくりと開く。緑の服の背中が真っ赤な血に染まる。ロビンは全力で走り出す。森の男たちも続く。

「……そうか! しまった! くそっ、くそっ、くそっ!! められた!たばかられた! 俺たちは嵌められたんだ! くそっ!!」

 ロビンの怨嗟えんさが森にこだまする。

 黒雲。雨だ。雨が緑の帽子を叩く。肩に激しく降り注ぐ。ロビンは走る。走る。がむしゃらに走る。木の根に少しよろめく。走る。とにかく走る。『家』に向かって。森の仲間たちのいる、『家』へ。雨が叩きつける。く、疾く走る。

 ロビンやウィル、戦いに長けた者たちを崖の方へ引きつけ、本拠地を攻撃する。森に大量に侵入した穢れた者たち、ヴィランたちがロビンの感覚を狂わせていた。それはあまりにも単純な、あまりにも効果的な罠。だが、相手が仕掛けた陥穽かんせいに、ものの見事なまでに嵌ってしまっていた。


 タオたちが息を切らしながら森の本拠地に辿り着いた時、そこには破壊と蹂躙の爪痕が深く刻まれていた。破壊された家々、破壊されたあらゆる施設、破壊された武器、森さえ破壊され、木々が倒れている。まるで嵐の後のように、何もかもが破壊され、蹂躙されていた。

 そこかしこで残ったヴィランたちがうごめいているが、ロビンはそのような異物には目もくれず、ナイフで斬り捨てていく。ロビンの後を追って駈けてきたタオたちも剣や弓で応戦するが、ヴィランの数が多すぎた。片付けても、片付けても、次から次へと現れ続ける。

「みんな! どこにいるんだ! 返事をしてくれ!」

 ロビンが叫ぶ。仲間たちの名前を叫ぶ。走りながら叫ぶ。一人一人の名前を叫ぶ。何十人、全ての名前を呼び続ける。けれども、それに応える声はない。声は虚しく雨の中にかき消される。肺の中のありったけの空気を込めて角笛を吹き鳴らすが、それに応える声もない。

「手分けしてみんなを探すんだ! どこかに隠れているはずだ!」

 ロビンの声で緑の仲間たちが散って行った。皆が声を出し、雨が降りしきる中を走る。

 タオも走る。レイナの、シェインの、エクスの姿が見えない。タオたちの仮の宿、小屋へと急ぐ。あいつらがそんな簡単にやられるわけがない――そう思いつつも、なぜか不安は拭えない。


「タオ! タオ! そこにいるのか!?」

 エクスの声だ。ひときわ濃いヴィランの群れから聞こえてくる。大小のヴィランが、円を描くようにして、タオ達が使っていた小屋を取り囲んでいる。ヴィランの濃度が濃すぎて、中の様子が全く見えない。

 声を聞きつけてやって来たロビンが、オークの六尺棒を振り回す。ナイフは既に壊れてしまっていた。

「お前たち、そこにいるのか! タオ、付いて来い! 突っ込むぞ!」

「おう! みんな! 今行くぞ!」

 振る、ぐ、払う、まわす、打つ、突く、殴る、叩く、撃つ、蹴る――それはあまりに乱暴な、あまりにも乱雑な戦い方だった。怒りのまま振り下ろされた六尺棒が、ヴィランを吹き飛ばす。

 タオの振り下ろしたつちがヴィランの脳天を叩き潰し、振り回した楯が襲いかかる敵を弾きかえす。ヒーローの力がタオの全身にみなぎり、タオの全身を鼓舞する。その筋力は人間離れするほどに高まり、得物えものは本能のまま振り回される。

 タオとロビン、二人の荒ぶる力が重なり、黒い壁に一筋の道を作り出す。

「お前ら、早く! ここが今薄くなっている! 早くこっちへ来い!」

 タオが叫ぶ。包囲の中のレイナ、シェイン、エクスはいつもの通り、ヒーローの力を借りて戦っていた。しかし、その物量の前ではなすすべもなく、苦戦を強いられていた。

 閉じかけている道目掛けて、三人が飛び込む。攻撃アタッカー三人という、攻撃のみに特化した布陣が閉じかけた道をこじ開ける。タオとロビン、レイナ、シェイン、そしてエクスは、ヴィランの渦の中で合流を果たす。五人は力を合わせ、決死の覚悟で道を切り拓き、ヴィランの壁を突き崩していった。


 ロビンを先頭に五人は走っている。包囲こそ突破したものの、危機的状況から抜け出したわけではない。

 打ちつける雨が体力を否応なく奪い、泥道が足に絡みつく。レイナの息が乱れ始めているが、立ち止まることは許されない。なおも追いすがるヴィランたちが、すぐ後ろにいるのだ。ヴィラン、混沌カオスの集団が濁流のようになだれ込む。エクスの身体の重心もぶれ、よろける。転びそうになるのを必死にこらえる。倒れてしまえば最期おしまいだ。ロビンは細い坂道を選んで進んでいる。

 もうヴィランはすぐそこまで来ている。

「まっすぐ走り続けろ! まっすぐ!」

 ロビンは斜面を駆け上がる。

 木のそばにぴんと張った縄を見つけると、手にしたやじりでひと思いに引きちぎる。振り返ると、轟音を立て、大量の丸太と巨石が坂を転げ落ちていった。

 丸太がヴィランを押し潰し、岩が道を塞ぐ。数には数を、力には力を。ロビンたちが以前から用意していたトラップは奔流と化し、容赦なくヴィランへと襲いかかる。丸太と巨岩は泥水を撒き散らしながら坂道を滑り落ち、ヴィランの行く手を阻む。それは敵を押し潰す攻撃であり、同時に敵を阻む防壁でもあった。

「行こう。少しは時間稼ぎになるはずだ」

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