第3章

第5話

 窓から穏やかな日差しが舞い降りる。時刻は昼食前。エクスは椅子に座り、その穏やかさの中でぼんやりとしていた。

「ただいま――」

 女性陣が帰ってくる。この小屋は、エクスたち4人に宿としてあてがわれたものだ。この客人用の小屋は簡素なつくりながら、とても居心地が良い。木の香りと森の香りが鼻腔いっぱいに広がり、どこからか迷い込んだ薄ブルーの蝶がひらひら踊る。初夏の青いのどけさに、ヴィランやカオステラーのことなど忘れてしまいそうだ。

「あれだけ人数がいると洗濯物の量もすごいわね」

「この間の戦闘もありましたし、武器や武具がずいぶん痛んだり壊れたりしています。ここはなかなか良い木材とはがねを使っています。特に弓は、この森の豊富な木材に支えられていて、しなりがとても良い具合です。矢の重さや大きさに若干のばらつきがあるのは気になりましたが、それも……」

「……シェイン、相変わらずの武器マニアっぷりだね」

 森には森の営みがある。当然、ただ飯を食らうわけにもいかず、エクスたちは自主的にお手伝いをしていた。もちろん、森の生活を楽しむために逗留しているわけではない。本来の目的――そう、カオステラーを倒すための情報を、数日かけて集めている。


「……それでは報告タイムです。どぞ」

 それぞれ別のところへお手伝いに行ったのは、効率良く情報を集めるためだ。はい、と薪割りを手伝ったエクスが挙手する。

「ヴィランたちが現れ始めたのは、二週間ほど前のことみたいだね。最初は一体や二体だったのが、今では大群で押し寄せるようになったとのこと。昨晩みたいなやり方は初めてだったみたいだけど」

「お客様、でしたっけ。一応確認しておきますが、あんなことがあって、よそ者のシェインたちは今でも疑われているのですか? 最初の晩は、小屋の外に見張りがついていましたが」

「……ちょっと待ってシェイン。えっと、見張りとかそういう話、知らなかったのだけれど」

「お嬢はあの晩、ぐっすりでしたからね」

「……」

「ま、まあ、みんなも森の人たちと一緒に過ごしてわかったと思うけど、僕らはもう疑われていないみたい。戦いでも活躍したし、何よりロビンの判断にみんな従ったみたいだね」

 皆が頷き、次にシェインがぴょこりと手を挙げて話し出す。

「ロビンたちと敵対する勢力は多いのですが、森のすぐそばの教会に兵隊がたくさん集まっているらしいです。そこが怪しい、と」

「僕もその話、聞いたよ。カオステラーは教会にいるのかな?」

「うーん……断言はできないわね。シャーウッドの森の中の誰かかもしれないし、もしかしたらロビンかもしれない。今までだって『主役』がカオステラーだったことはあったわ」

「とにかく、油断しちゃいけないってことだね」

 ふむ、と三人が頷いた。少しのが空いた後、

「そう言えば、レイナの姉御は何か情報を掴んでいないのですか?」

「えっと……私は成果なしよ。ごめんね」

「……そうですか。髪が濡れているので、少し気になっただけです」

「いえ、その……」

「もしかして、ヴィランが出てきたとか!?」

 レイナの顔は真っ赤だった。

「……滑って川に落ちただけよ。そ、そう言えば! タオはどこに行ったのかしら?」

 確かに小屋にタオはいない。今日になってから、エクスはタオのことをまだ一度も見かけていなかった。

「タオ兄ならロビンのところです。弓の稽古をつけてもらうと言っていました」

「ふふ、タオはロビンに夢中ね。シェインは『タオ兄』を取られてご機嫌斜めかしら」

「む……そんなのじゃないです。違います」

「うーん、そうかしら」

 悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべるレイナの顔をちらりと見て、エクスは静かにベッドへと向かった。大人っぽいようで子供っぽいレイナと、冷静なようで子供っぽいシェインの、仲睦まじくも不毛なじゃれ合いに付き合うより、もう少し休んでいたかった。川に落ちたレイナも、やはり疲れているのだろう。このところ、疲労が蓄積しているのは確かだ。

 ベッドに身体を横たえると、エクスの全身はほどよい眠気にずぶずぶと沈んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る