第2章

第3話

 どん、と木の大皿に盛られた鹿の炙り肉に、タオがかぶり付く。腹を空かせた一行にとっては、最高のご馳走だった。

「ンァうまい! うますぎる! 生きててよかった! 最高!」

「ん……タオ、食事中は、静かに、しなさい……もぐ」

「……そうですよ。マナーが、悪いです、んぐんぐ」

「みんな、食べながら、喋ってる、時点で、だめだけどね、うんおいし」

 上背うわぜいのあるたくましい体つきの男が、豆のスープとパンを持ってくる。彼もロビンと同じく、緑の帽子に緑の服を着た全身緑人間だ。どうやら彼らは、このくすんだ緑リンカーングリーン色の服を揃って身にまとい、生活しているようだ。

「どうだ、食べているか」

 ロビンが骨の付いた鹿肉を1本取り、するりと軽い身のこなしで椅子に座る。戦いの最中さなかに見せた殺伐とした雰囲気は、そこにはない。他の者たちと同じ格好をしているが、爛々としたまなこ精悍せいかんな顔つき、引き締まった体躯、そして隠しきれぬ高貴さ。まさしくこの想区の『主役』の器だ。

「ああ。ありがとう、ロビン」

「ロビンに会えなかったら、僕たち危なかったです」

「困っている人間を助けただけだ。ゆっくりしていってくれ。ここは安全だし、食べるものもある。ここにいる奴らは全員、俺の仲間だ」

 ロビンはぐるりと広場を見回す。さながら吟遊詩人ミンストレルのごとく竪琴ハープを弾き歌う者、武具の整備をする者、相撲を取って遊ぶ者、本を読む者。焚き火に照らされた森の中の広場で、緑の者達は思い思いに過ごしているようだ。

「……あの、あそこに座っている人たちも仲間なんですか?」

 そう言ってシェインは少し遠くのテーブルを見やる。豪奢ごうしゃな飾りのついた衣服を着た2人が、ちびちびと角杯かくはいに入ったぶどう酒を飲んでいる。そばで武器を持った緑服の男たちが鋭い眼光を向けている中、2人は居心地悪そうにぶどう酒を傾けたり、パンをちぎって食べたりしていた。

「あちらも、皆様と同じようなお客様ですよ」

 ロビンの隣に立った男が言った。

「この者たちは奴らとは違う。森で迷って困っていたし、荷物を調べさせてもらったが、大したものも持っていなかった。ただの旅の者のようだ」

「そうですか。それは大変失礼致しました。私の名前はウィリアム・スカースロック。仲間たちには赤服のウィルと呼ばれております。以後お見知り置きを」

 赤服のウィルが慇懃いんぎんに礼をする。その名の通り、赤い服に身を包んだ男だ。日が落ちたのでわかりづらいが、赤と言ってもあずき色に近い。

「気を悪くしないでくれ。俺たちには仲間がたくさんいるが、敵も多い。時には、疑い深すぎなければならないんだ」

 一拍置いて、赤服のウィルとロビンは話を再開する。

「あちらの大きなテーブルにいるのは、私たちのお客様方です。このシャーウッドの森には街道が通っているのですが、そちらを通りかかった方々を我々の晩餐にご招待しているのです。まあ、目隠しをして無理やり連れてくるのですけれど」

「そして、食事の代金を頂いている。お金持ちな方々は、金など余るほど持っているから……手持ちの有り金全部を頂いても、さして問題ないのさ」

 四人の顔が若干こわばる。お世話になっているとはいえ、彼らは盗賊なのだ。

「そんな顔をしないでくれ。俺たちは人を殺したり、物を盗んだりするのは好きじゃないんだ。そして、貧しい者や困っている者、何よりまっとうに生きている者たちからは絶対に金を取らない。重い税金や賄賂でぶくぶく太った奴らから食事代を貰って、頑張って生きている人たちに返している。あるべき場所にお金を戻しているだけなんだ」

「いわゆる、義賊ね」

「……なるほど」

 ロビンはかぶりを振って、

「義賊とか、そういうのじゃないさ。十字軍の遠征で国王陛下はいらっしゃらないし、今は大変な時代だからな。俺たちみたいなのが頑張らないと、偉ぶった奴らが好き勝手してしまう」

「ここにいる者たちにも、元は役人にいじめられていたり、罪もないままにおたずね者となっている者が多くいるのです」

 ロビンは目を細め、広場を見る。緑服の者たちは目を輝かせ、今日という日を精一杯生きている。このシャーウッドの森で。

「素敵な場所ね」

 レイナが口元を軽く拭く。食べ方が可愛くも優雅なのは、さすが元お姫様といったところだ。

 タオがロビンをじっと見つめている。

「ロビンって、戦ってる時とはちょっと雰囲気が違うな。もっと冷たい感じのイメージだった」

「ああ、それはな……よく言われる。森で戦っているときは特にそうなってしまうらしい」

「普段は優しく強い、我らが親分、と言ったところなのですが」

「おいおい、そういうのはやめろ。そんなことより、お前たち、あんなところに迷い込んで何をしていたんだ? 旅慣れているようだが、見かけない格好をしているし……巡礼者か?」

 えっと、とエクスが事情を説明しようとしたとき、

「ロビン、大変だ! 様子がおかしいぞ!」

 走ってきた男は、『お客様』を『警護』していたうちのひとりだ。ロビンは素早く机の上に立ち、強く大きく角笛を吹く。そのは森中に響きわたり、多くの仲間たちが広場へと集まってくる。

 二人は、確かに大変おかしなことになっていた。元々太っていた身体がさらに膨らみ、ギシギシと不愉快な音を立てながら大きくなっていく。服が弾け、ふたつの鞠のように、ぱんぱんに膨らむ。もはや元は人間だったとは思えないその姿は真っ黒に変色し、それはまさしく異形というほかなかった。

 森の住人たちもにも動揺が走る。ロビンは低く深い、よく通る声で叫んだ。

「うろたえるな! 全員武器を持て!」

 限界まで張りつめた二つの玉はほぼ同時に破裂し、中から子供ほどの大きさの怪物たちが無数に吐き出される。ヴィランだ。元は太った人間だった闇の塊の中から、多数のヴィランがわらわらと這い出てくる。

 ロビンたちも既に戦闘準備を完了していた。隊伍をなした長弓部隊は弓を引きしぼり、長剣や槍を持った突撃部隊も身構え、合図を待っている。

 四人も準備万端だ。

「よっしゃあ、オレたちも行くぞ!」

 タオの声よりも先に、再び『空白の書』を取り出す。

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