第2話 出会い
あれから一ヶ月が経とうとしている。
たまとカラオケに行った後、無気力感が全身を襲い、彼氏に連絡すらしたくない。
彼はどうせ仕事で忙しいし、向こうから連絡は基本的にない。
仕事もなかなかうまくいかず、周りに迷惑かけてばかり。
仕事仲間はいい人たちだし、気を遣ってくれる。こういうときは少し助かる。
「お先失礼します」
時刻は21:00をさしていた。重いダンベルを背中で背負っているだるさを感じながら、休憩所で帰宅準備をする。
この仕事を始めてそろそろ4年。アルバイトとして働いてはいるけど、仕事量は正社員と同じ容量だ。こういうとき、仕事は本当にしたくないなあ。
仕事を後にした私は、家まで暗い夜道を歩く。
街灯はほとんどない。暗い夜道。ここはそれなりの田舎で、人通りもない。
こういうときはイヤホンして、携帯をいじりながら帰るのが一番いい。
いわゆる歩きスマホだけど、携帯の明るい画面があると、少し安心するから。
仕事しても、なにをしても、家にいても、やっぱりこの辛い無気力感は収まらないのはなんでなんだろう。最近このなぜ?という言葉ばかりが頭に浮かぶ。
なにか収まるようなことないかな。
暗い道で転ばないように気をつけながら、検索ワードで失恋 対処や、紛らわす方法 など検索してみる。
便利な世の中になったよなあ。
飛んだページに、にこやかに笑い合う男女の写真が記載されている。
私もこんな風に笑いたいな。
はぁ、なにをしても落ち込む。どうしよう。
携帯画面をぼんやり眺めながら歩いているとき、はっとした。
そういえば!
この前のカラオケでたまが
「もう違う男探すしかないよ。そうすれば忘れられるから」
最初その言葉は信じられなかった。
違う男をさがす?この私が?
こんな地味で優柔不断な私が?
でも、この辛い気持ちを忘れられるなら・・・
私はよくないことを思っているのかもしれない。そう頭によぎるけど、早く楽になりたい気持ちの方が勝る。
出会い系サイトに行く勇気はない。この前たまに教えてもらった配信サイトを調べた。
このサイトは一般の人がテレビの生放送のようにパソコンや携帯で放送ができるサイトだ。
たまはこの前、ここのサイトで彼氏作ってたっけ。
サイトが開くと、そこにはたくさんの人が放送をしていた。
放送タイトルが縦にずらっと並んでいる。こんなにしてるんだ。
1つ、目についた放送ページに行ってみる。
「みなさんこんばんは。」
わ、本当だ生放送してる。コメントうてば、そのコメントを読んでくれるんだ。
放送をしているのは男性だ。気さくそう。
「よかったら皆さん。ここにIDがあるので、一緒に電話しませんか。僕暇なんで」
ID?
ページの下にIDらしき数字が並んでいた。ID交換をすれば、違うサイトから無料電話ができるらしい。
知らない人でも電話できちゃう人なんだ。私はコメントもなにもせずその人の放送をずっと見ていた。
「さて、もうお時間です。おつかれまでした」
放送が終わった。
コメントもそこそこたくさん来ていた。
へえ、こういうサイトがあるんだ。
私はつばを飲み込んだ。
この人と電話してみようかな。
私は暗い夜道を抜け、家につき、無造作に靴を脱ぎまっすぐ自分の部屋に行く。
「おかえりなさい。」
家族がいう言葉は横に長し、二階へ上がる。
1ヶ月元気がない私に、家族は心配しているようだけど、もう大人だし、干渉はしてこない。
部屋に入りベッドに倒れ込む。
「やだ、ID交換しちゃった。これ本当にかかってくるの?」
こんなにスムーズに人と出会えるなんて。
別サイトの無料通話サイト。こんなのもあるなんて知らなかった。
不安な気持ちもあるが、この辛い気持ちが少しでも忘れられるなら別にいい。
すると
「わ!!」
携帯が鳴る。サイトを通じて私の携帯に電話がかかってきている。
え?え?本当に?本当に?心臓がひっくり返るぐらいに高鳴る。
知らない男の人だよ?一回も会ったことのない人。大丈夫なの?
ううん。平気。少し好奇心がわく。
私は身体を起こし、背筋を伸ばしベッドをイスにして座った。
で、でるぞ・・・
「・・・もしもし?」
「もしもーし」
あ、さっきの人の声だ。
少し安心した。だが心臓の爆音は鳴り止まない。全身脈打っているのがわかる。携帯を持っている手が少し力む。
放送している時よりも、リラックスしているのか声が一段と低く感じた。
「はじめまして。りゅうっていいます。」
りゅうくん。いや、もちろんネットの中の名前だよね。
頭が、次なんて言葉を出そうかフル回転している。
これ、本当に私と一対一でやりとりしてるんだよね。
「初めまして・・・えっと、私はすずです。」
だめだ。何言ってるんだろう私。本名出しちゃったじゃない。
「すずちゃん。よろしく」
「よろしくお願いします」
携帯のスピーカーから耳に届くさわやかで低い声は、私の耳を熱くした。
「今何していたの?」
すごく人と話すのになれてるのがわかる。こういうこと、たくさんしている人なんだろうな。
「え、お、お仕事から帰ってきました」
「そっか。お疲れさま」
おつかれさま、という優しく穏やかな言い方が、私の胸の中に触る。
彼にこんな風に優しく、おつかれさまなんて言われたことあったっけな。
「ありがとうございます」
「かたいよ~。もっとフレンドリーにいこ?」
「う、うん」
「すずちゃんは年いくつなの?」
「22歳だよ」
「お!同い年だね~。」
22歳なのにすごくしゃべり方が大人っぽく聞こえる。
「りゅうくんは働いてるの?」
「うんもちろん。いつも仕事から帰って放送するのが日常なんだよね」
「すごい。私今日初めて放送というものを見たんだけど、いろんな人に声を聞かれて恥ずかしくなったりしないの?」
「全然しないよ。むしろ楽しいかな。もっといろんな人と話ししたいんだよね」
「すごいなあ・・・」
別世界にいる人に見えた。
私とは真逆。そう感じる。
「すずちゃん、かわいい声してるね」
「え!?」
急に言われたその言葉に、さらに心臓が飛び出しそうになる。
そんなこと初めて言われた。か、かわいい?
「お世辞じゃないよ。かわいい声してるね。なんていうかふんわりしてて女の子って感じ」
かわいいなんていつぶりだろう。ここめっきり言われたことがない言葉だ。
「そ、そんな」
「彼氏とかによく言われるんじゃない?」
彼氏・・・
ふと彼の顔が浮かぶ。今私が知らない男の人と電話してるって聞いたら怒るのかな。
でも、怒らなそう。怒っても、私なにも思わないかも。
怒る表情を思い浮かべても、なにも感じない。
「・・・」
「あ、ごめん、余計なこと聞いちゃったかな」
この人、なんだろう。声だけだけど優しさがじんわり胸にしみてくる。人と話してこんな風に思ったのは初めてだ。
「あの」
「ん?」
「明日、私と映画に行きませんか」
「え?!」
きらいなひと。 @bakayarou
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