きらいなひと。

@bakayarou

第1話 決断の仕方

なんで私、この人と付き合っているんだろう。


秋原すずは5年付き合っている田口ひろと電話をしながら心の中でぼんやりと考えていた。

電話越しから、キーボードのタイピング音が聞こえてくる。

田口の独り言がぽつりぽつりと耳に入っていく。その音が最初は居心地がよかったのに。

――思えば5年間は長い方だと思う。

高校時代、友人からの紹介で出会ったのがきっかけ。

第一印象は誠実な人。

私は当時17歳。彼は20歳の大学生。


高校生の私から見た彼は、とても大きく見えた。

大学生というレッテルもあるだろうし、それなりの身長の高さ、黒く四角いメガネがとてもまじめそうに見えた。

つきあいはじめの2年間はとても楽しく、大学生と付き合ってる優越感に浸っていた。

当時の私はとても幼かったと思う。

高校を卒業、彼も卒業し、お互い社会人になって少し社会経験をして、いろんな人と出会って・・・。


いつから私は、彼に対してこんなポッカリ穴が開いてしまったんだろうか。


「あ!」

突然彼が大きな声を出した。

ぼんやり考えていた心に突然トゲが刺さった。

「どうしたの?」

「・・・」

無視。


たぶん、こういうことなんだと思う。

彼はつねに何かしている。私を置いて。

なにが原因でこんなことになってしまったの?私がいけないの?

というか、なんで私はこんな風に思い悩まなくちゃいけないの?

右手で携帯を持ちながら、左手の人差し指で目の前にある白いぬいぐるみを刺す。

「仕事が忙しいんだね。」

少し嫌みのような言い方になってしまったかもしれない。

「え?なんか言った?」

その嫌みな言い方すら彼の心には届いていない。

彼は仕事に関してはすごく真面目で、家にいても仕事をしている。

もっと家ではゆっくりすればいいのにと言っても、仕事をするのが好きと言われるだけなのだ。

その言葉の中には、もっと私と一緒になにか時間を共有しようという意味が入っているのに。

いわゆる彼は、仕事人間なのだ。


もういいや。


時刻は23:06


「私、もうそろそろ寝るね。」

「え?もう寝るの?もっと話しようよ」

まともな話なんて1時間電話した中でしたの?

「いいよ。大丈夫。おやすみ」

「うん」


電話を切り、ベッドに寝っ転がる。

「ああーーーーーーーーーー」

頭が重い。

受話器越しに聞こえていた空気感が思い出されリピートされ再生される。

電話していた意味ってなんなの?なんの時間だったの?


1時間無駄にした。



あぁ、もうだめなのかもしれない。こんな風に思うってことはもうだめなのかもしれない。

「そろそろ本気で考えなくちゃいけないなあ」


感情はもう0に近い。好き?嫌い?わからない。

けど、もうだめなのかもしれない。

部屋の電気を消し、部屋の暗さに目がなれないなか、付き合っている意味を考えながら、静かにまぶたを閉じた。


                  ※

「あぁもうそれ、別れるしかないね。」

秋原すずは親友の伴瀬(ともせ)たまと家から近いカラオケに来ていた。

付き合っている彼に対してのストレス発散と、ほぼ8割はガールズトークのためである。

たまは長いきれいな髪の毛を横に長し、私の目をまっすぐ見てくる。

「もうね、男は自分勝手で子供なのよ。あんたはまだわかってないだろうけどいい加減ハッキリさせなさい」

マイクはテーブルのすみにおいてあり、ほとんど歌っていない。

「そうだけどさぁ」

「なによ!いやなんでしょ?時間を無駄にしたくないならハッキリさせるのが一番なんだから!」

狭いカラオケボックスの部屋にたまの声が響く。

たまは、化粧品会社で働いている。スタイルはすごくいいし、正直男にモテる。説得力はかなりあるのだ。

こんな地味でダメな私とは比にならないくらい女子力が高い。化粧の仕方から服選びなんて本当にすごい。

「優柔不断なところはあんた昔から変わんないよね。中学の時、初恋の人とどう接したらいいかもわかってなかったし。あのとき大変だったな~」

「いつの話してるのよ」

クスとたまが笑う。

「5年って大きいよ?このまま長くなればなるほどもっとつらくなるんだよ?もういい大人なんだから。

別れる勇気がないんだったら、少し距離を置くぐらいしたら?」

距離を置く・・・。

「すずはかわいいし、いい男たくさんいるから大丈夫だって!!私の彼氏なんてもう前彼と比べものにならないぐらいいい男だし!」

「あれ、また新しい彼氏できたの?初耳だけど」

「言ってなかった?先月別れて今月また新しい彼氏できたの~」

そういって、たまは右手の薬指にはめている銀色の指輪を見せてきた。

「これ、この前買ってもらったの!かわいいでしょ!」

正直うらやましい。

私は自然と目線を下にしてしまう。彼とのやりとりがおろそかになってから、やっぱり私元気出てないのかな。

「でさーでさー!この前彼からね」

たまの彼氏自慢が止まらない。


毒舌で物事をハッキリ言うたまは、私にいい刺激になる。

違う考え方だからこそ、違う意見もくれるし違う答えもくれる。

きれいだし、仕事もうまくいって、すてきな彼氏もいる。


なのに私は・・・。

たまは今の彼氏に夢中で、今の私はなにしてるんだろうか。








「今日はありがとう」

「いいえ!どういう結果になるのかはわからないけどさ、きっといいことあるって!」

私たちはカラオケの支払いを済ませ、外に出た。

すっかり太陽が空から隠れようとしていた。オレンジ色に景色が染まっている。

結局ほとんど歌っていない。そしてたまの彼氏自慢がほとんどになってしまった。

たまがバッグから車の鍵を出す。

「また何かあったらいいなよ?」

「うん。じゃあね、気をつけてね」

「は~い」


たまは車に乗り、発信させた。


ストレス発散というより、さらにストレスがたまってしまった・・・。


距離を置いてみる、かぁ。



いやになったからすぐに別れる、じゃなくて、いったん距離を置くのも手なのかもしれないな。


私は優柔不断だし、すぐに落ち込んでしまうけれど、こういうのもありなのかなと思いながらオレンジ色に染まる景色を眺め歩き始めた。

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