第47話 閑話 失踪



「ったく、どこ行ったんだ」



 息を切らしながら一人の少年がボソリと言葉を吐き捨てた。


 その整った顔立ちに似合わない言動は、彼が本来の彼ではなく、彼の姿をした別人だからなのだろう。その姿をしている時ぐらいはもう少し丁寧な言葉遣いで話して欲しいものである。



「トリスタンさん」



 僕は額に汗を浮かばせながら辺りを見回す彼に声を掛けた。



「テュールか?」



 トリスタンは辺りを見回しながらそう答えた。その瞳に僕の姿は映っていない。



「ユティーナを見失いました」


「そうか。取り敢えず、兵舎へ戻るぞ」



 そう言ってトリスタンは人混みの中を走り抜けて行く。僕も置いていかれまいと後を追う形で走り出した。




 兵舎に到着すると、トリスタンはすぐに能力を解除して元の姿へ戻った。そして彼の執務室で、僕はユティーナがトリスタンと逸れてからの報告を行った。



「ユティーナは露店で果物を盗んだ少年を追いかけて、トリスタンさんと逸れました。その後、居住区画へ通じる裏路地へ入って行き、少年と再び接触しました」



 トリスタンは椅子の背もたれに体を預け、腕を組みながら僕の報告を受けていた。しかし、裏路地という言葉を聞いた瞬間、小さく舌打ちをした。



「それで、その後は?」



 先程より一つ声色を落としてトリスタンはそう述べた。



「はッ。その後、ユティーナと少年の両名は露店の店主と自警団に取り囲まれ、最終的に自警団に捕まりました」


「では、詰所だな。急ぐぞ」



 僕がそう述べると、トリスタンはすぐさま立ち上がりそう述べた。しかし、僕の報告はまだ終わっていない。



「待って下さい。報告はまだあるんです」


「なに?」



 僕の言葉にトリスタンは眉を顰めた。



「両名を乗せた馬車は、その後商業区画で子供二人を乗せ、南門へ向かいました。その際に、商人のマリーが自警団と合流するのを確認しています」


「なに!?」



 僕がそう述べると、トリスタンは突然大声を上げた。無理も無い。後を追っていた僕自身も驚いたのだから。



「それで、馬車はどうなった」


「何事も無く南門を通過し……」


「急ぐぞ」



 僕の報告を最後まで聞かず、トリスタンは執務室を後にした。慌てて僕もトリスタンの後を追い掛けた。トリスタンは執務室を出ると外に控えていた騎士を呼び出し、歩きながら命令を下した。



「テレポーターをすぐに移動の間に呼出せ、緊急事態だ。それと南門の兵士を全て拘束して、手配書を準備しろ。探すのは『商人のマリー』だ。検問については兵士に代わり騎士が行う様に」


 そして僕とトリスタンは移動の間へ向かった。




「ちょっと、それは不味いよね〜」



 緊急事態だと言うのに、領主様は呑気にそう述べた。



「テュール、ちょっとこっちに来て頭を出してくれる?」



 領主様にそう言われ、僕は跪き頭を出した。すると領主様は僕の頭の上に手を置くと目を瞑った。



「ああ〜。どうやら事実みたいだね。どうしよっか?」



 暫く黙って目を瞑っていた領主様は手を離すと、あっけらかんとそう述べた。



「既に、南門の兵士は拘束し、マリーの手配書は手配しております。マリーの後を追うために小隊を組んで後を追いたいのですが、宜しいでしょうか?」



 領主様の問い掛けにトリスタンはすぐさまそう答えた。



「流石、優秀だね〜」


「いえ、護衛対象を見失ってしまう失態を犯した自分には不釣り合いの御言葉です」


「まあまあ、起こってしまった事は仕方ないよ」



 領主様は深く頭を下げるトリスタンを宥めた。するとトリスタンは先程よりも厳しい表情で顔を上げた。



「この失態の刑罰は後に受けますので、今は彼女の保護を優先させて貰えないでしょうか?」


「その必要は無さそうだよ」



 領主様はそう言うと、我々の後ろに視線を送った。領主様に促され我々が振り向くと、士官のフェイリスが其処には立っていた。



「領主様、報告致します。今し方南門に向かった騎士より『手配書のマリーを拘束した』との報告が入りました」



 突然の報告に僕とトリスタンは驚いた。マリーは南門を通って街の外へ向かった筈だった。なのに彼女は南門で拘束されている、何故彼女はわざわざ戻って来たのだろうか。



「それでは我々は南門へ向かいます。失礼します」



 トリスタンはそう述べ、僕も領主様に一礼し、城を後にした。




 僕等が南門に到着すると、辺りは騒然としていた。其れもそうだ、門兵、自警団、そして商人までもが拘束され、市門を騎士が監視しているのだ。どう考えても只事ではない。関所で検査を待つ、通行人達は自分達も拘束されるのではないいかと青い顔をしながら此方を伺っている。



『これはどういう事なの!? きちんと説明して貰おうかしら』



 拘束された人々の中から一際大きな声で抗議している者が居た。トリスタンは他の者に目もくれず、真っ直ぐにその人の元へ歩みを進めた。



「商人マリー、貴様には『領民の拉致監禁』の疑いが掛けられている。貴様の積荷を検査する」



 トリスタンがそう述べ睨みを効かせると、マリーはトリスタンを睨み返しニヤリと微笑んだ。



「どうぞお好きに、私の積荷にはその様な『もの』は一切ありませんから」



 そう言って、マリーは肩を竦めた。



『此方です』



 先行していた騎士の一人が僕等をマリーから押収した幌馬車へと案内した。



「テュール。これで間違いないか?」



 トリスタンは振り返り、僕に尋ねた。



「はい。間違いありません」



 僕がそう応えると、すぐさまトリスタンは幌馬車の扉の閂を外した。幌馬車に扉が付いている事自体が珍しいくはない。犯罪者の護送用の幌馬車には中から開けられないように、扉の外に閂が掛けられている。しかし、その馬車を個人で所有している事がそもそもおかしいのである。



 『扉付きの幌馬車』



 そこに積荷と言って運ぶ物は決まっている。『家畜』または『奴隷』である。女商人であるマリーが利益が低く泥臭い家畜の売買をするだろうか? その答えは決まっている。


 マリーは奴隷商人なのだ。



「テュール。これはどういう事だ」



 扉を開けたトリスタンが振り返る事なく僕に声を掛けてきた。何事かと、僕は慌てて扉中を覗き込んだ。



「な……」



 覗き込んだ積荷の中は蛻の殻だった。



「なんで……」



 焦った僕は荷台に飛び乗り、辺りを隈なく探した。確かに僕はユティーナと少年がこの馬車に乗せられる所を確認した。更に言えば、少女が二人乗せられた際も中にユティーナ達が居る事を確認している。


 そんな筈がない……



「止めておけ」


「嫌です」



 僕はトリスタンの言葉を無視して、荷台を捜索した。



「止めろ」



 トリスタンが僕の肩に手を掛けて先程よりも強くそう述べた。



 …………。



「トリスタンさん、これは……」



 僕は荷台の奥に落ちていた物を拾って、トリスタンに見せた。



「髪飾り……か」



 荷台の奥に落ちていたのは『髪飾り』だった。特徴あるそれは、先日ユティーナがロレンスという若い商人に買って貰っていた髪飾りであった。



「この髪飾りは、ユティーナの物ですよね」


「ああ、嫌という程見せられたからな」



 トリスタンもこの髪飾りを覚えていたらしい。ユティーナが偉く気に入っていたので、僕も覚えている。という事は、此処にユティーナがいたという事は間違いない。



「じゃあ、ユティーナ達はどこに?」


「詳しい事は、奴に聞けばわかるだろ」



 そう言ってトリスタンはマリーの方へ振り返った。



「おい、貴様。乗せられていた子供達は何処へやった」



 僕等がマリーの元へ戻るとトリスタンはマリーを捲し立てた。



「何の事かしら?」



 惚けた表情で答えるマリーに僕は苛立ちを覚えた。



「この髪飾りが荷台に落ちていました」



 僕は先程拾った髪飾りをマリーに見せながらそう述べた。



「あら、坊や。やっぱり騎士様だったのね」



 マリーは僕の事を覚えていたようで、驚く様子もなく、馴れ馴れしくそう言ってきた。僕自身、彼女と直接面識がある訳ではない。あの日彼女が出会ったのは僕では無く隣に居るトリスタンだった。僕は隣で其の遣り取りを見ていただけだ。



「そんな事よりも、この髪飾りを身に付けていた少女は何処なんです?」



 僕の言葉にマリーは初めて驚くような仕草を見せた。しかし、彼女は一貫して白を切り続けた。



「埒があかんな。詳しい事は後でじっくり聞くとしよう。此奴らを連れて行け」



 トリスタンは近くにいた騎士に命令を下すと、今まで大人しくしていたマリーが突然騒ぎだした。



「冤罪よ! 貴方達は私を拘束する理由がないでしょ!」


「元々、貴様には様々な容疑が掛けられている」


「それだけじゃ、拘束できない筈よ。早く私を解放しなさい!」



 依然として騒ぎ続けるマリーにトリスタンは溜息を吐いた。



「此奴が貴様の悪事の一部始終を目撃している。証拠が無くとも、それだけで貴様を拘束する十分な理由になる」



 トリスタンの言葉にマリーは目を白黒させて僕の方に視線を送った。未だ納得していない様子だったので、僕は彼女の目の前で隠密の能力を使って見せた。



「なっ……」


「これで分かっただろう?」



 其れでも納得出来ないのか、彼女はトリスタンを睨んだ。



「ここまでやるなんて……まさか!」



 彼女は何かに気付いた様子で、護送用の幌馬車に乗せられる間際まで暴れ続けた。



「『あの子』ね。あの子の為にここまで大掛かりな事を。やっぱりあの子は……」


『黙って乗れ!』



 誘導していた騎士に怒鳴られながらマリーは護送用の馬車に乗せられていった。




 あれからマリー達に対しての尋問が行われたのだが、彼女らの積荷は何者かに奪われたらしく。その真偽を確かめる為にマリー達はエイペスクに戻って来たらしい。ユティーナ達の最終的な行方は彼女達も知らなかったという事だった。しかし、以前からエイペスク内外の領地で不穏な噂が絶えなかったマリーを捕まえる事ができた事、エイペスクの兵士達の腐敗を明らかにできた事は大きな功績らしい。


 更に言えば、過去の出納帳の不正があった箇所を何者かが発見し、印を付けてくれていたお陰で、各市門における不正に関わった兵士達の吊るし上げに然程時間が掛からなかったらしい。奉納祭までには今回の事件に関わった者の処分は無事に終了したようだ。


 結局、その過程でもユティーナの行方を知る事は出来なかった。そして、僕らは奉納祭が終わるまで彼女の捜索を断念せざるを得なかった。


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