第46話 最悪の結末



 何やら外が騒がしくなってきた。如何やら、私達を乗せた馬車は路地を抜け、表通りを走行している様だ。


 私達が乗せられた幌馬車は見たこそ通常の幌馬車と変わらないが、その荷台部分は全く異なっていた。外見は前方と後方を板で塞いでいるだけの幌馬車に見えるのだが、中に入ればその違いが一目見ればわかる。前方と後方だけだと思われていた板は左右と上部にも施され、左右の板には通気口らしき窓が設けられているのだが、そこには鉄格子が嵌められていた。こうなると寧ろ『牢屋』と言った方がわかりやすいだろう。



「なあ、お前」



 先程まで大人しく黙っていた少年が口を開いた。



「何?」



 荷台の中をキョロキョロと見回していた私は少年に視線を移した。



「お前何かやらかしたのか?」


「何もしてないけど?」



 唐突な質問に身に覚えがなかった私は首を傾げて答えた。



「自警団の連中『姉御が探してる娘かもしれない』ってお前の事を見ながら話してたからさ」



 少年は先程の自警団員たちの話を聞いていたらしく、その内容を私に教えてくれた。



「人違いじゃないの? 私、お尋ね者にされる様な事はしていないよ? 下町に来たのだって今日が2回目だし」


「やっぱりお嬢様か……」



 私の話を聞いた少年はハアと溜息を吐いた。



「あッ!!」



 そういえばトリスタンを放置して彼を追いかけてきた事を思い出した。きっと勝手に行動した事を怒られるに違いない。そんな事を想像すると胃の辺りが痛くなってきた。一方で、唐突に私が大きい声を出したので少年は驚いた様子だった。



「何だよ、急に」


『煩いぞ! 静かにしてろ!』



 荷台の外から自警団員らしい人の声が聞こえてきた。あまり大きい声では話せなさそうだ。



「兄さんと逸れたのを忘れてた……」


「なんだ、『あの話』は本当だったのか」



 少年の言う『あの話』とは、果物代の銀貨一枚を私の兄さんが肩代わりしてくれるという話だ。如何やら少年も私の話は信用していなかったみたいだ。落ち込む私に少年は再び声を掛けてくれた。



「まあ諦めるんだな。どっちに転んでも兄貴とは会えないと思うぜ」



 私は少年の言っている意味が分からなかった。何を『諦めろ』と言うのだろうか? このままこの馬車に乗っていれば、いずれ領主様の所で連れて行かれ、そこで私は晴れて冤罪という事が証明されるのである。トリスタンには悪いが、方法は異なるがお城へ向かっているという事には変わりない筈だ。


 それに『どっちに転んでも』と言うのは如何いう事だろう? この馬車は領主様のお城に行くのではないのだろうか?



「どういうことなの? この馬車は領主様の所へ行くんでしょ?」



 私は少年に詳しく説明するように尋ねた。



「奴らが『兵士』ならそうだろうな。けど、生憎、奴らは『自警団』だ。有志の人間たちが本当に無償で町の為に働くと思うか?」



 少年がそう述べると、急に馬車が停まった。突然の事に私達は荷台の中を転がり前方の壁に打つかった。



 うっ……



 打つかった衝撃で私の頭の中に灰色に似た感情が流れ込んできた。



『帰りたい』


『帰りたい』


『帰りたい』



 老若男女、様々な人の感情が一斉に私の中に押し寄せてきた。



「……ぉ……い……おい! 大丈夫か!?」



 少年が慌てた様子で私に声を掛けていた。頭を強く打ったからだろうか私は一瞬だが気を失っていたようだ。



「ッ痛……あ、うん。大丈夫」



 一体ここは何処なのだろうか? 先程から自警団員たちが誰かと話をしているようだが、はっきりと聞き取る事は出来なかった。



『まあ、それは本当!? だとしたら、褒美が必要ね』



 しかし、その中の一人が興奮した様子で大声を張り上げた。声色から女性である事は分かったが、自警団員の中に女性はいなかった筈だ。



「領主様の所へは行けそうにないな」



 女性の声を聞いた少年が隣でボソっと呟いた。



「どういう事?」



 未だ意識がはっきりしない頭で、私は尋ねた。すると後方の扉からガチャと音が聞こえてきた。ゆっくりと開かれる扉からは明るい光が差し込み、私は思わず目を瞑った。扉の前には誰かが立っているようだったが、眩しくて確認できなかった。しかし少年は鋭い視線を扉の向こう側に立つ人影に向けながら答えた。



「奴隷商人に売られるからだよ」



 開かれた扉から、カツ、カツと音を立てながら何者かがこちらへやって来る。明るさにも慣れてきたので、恐る恐る目を開くとそこには見知った女性がしゃがみ込んで私を見つめていた。



「久しぶりね。お嬢ちゃん」



 私の目の前に居たのは女商人のマリーだった。



「何でここに?」



 私の質問に、マリーは人差し指を口元に当て、何やら考える仕草をしていた。



「私は仕事中よ」



『……姉御、そろそろ』



 荷台の外から自警団員らしい男性がマリーに声を掛けた。



「あら、残念。また後で、ゆっくりお話しましょう」



 そう言ってマリーはカツ、カツとヒールの音を響かせながら荷台を後にした。



『ほら! さっさと入るんだよ!』



 マリーが荷台を後にすると、私より少し大きい少女と一回り小さい幼女が荷台に乗せられた。姉妹なのだろう、お互い震えながら身を寄せ合っていた。彼女たちが乗せられると再び扉は閉められ、馬車は走り始めた。



「お姉ちゃん、お家に帰りたいよ……」


「大丈夫……お姉ちゃんがついてるからね……」



 ふとお姉ちゃんの方が奥にいる私たちに気がついたようで声を掛けてきた。



「あなたたちも?」


「借金の形に売られたお前らとは違うがな」



 少年は彼女たちを見るや否や、そう言ってバッサリと切り捨てた。



「ちょっと待って、エイペスクでは奴隷売買は禁止されているはずでしょ?」



 私は起き上がると、少年に問いただした。



「ああ、その筈だ」


「だったら……」



 私たちが言い争っていると、妹が突然泣き始めた。



「私……いらない子なの?」



『煩いぞ! 静かにしてろ!』



 泣き喚く幼女に外にいる自警団は壁を叩いて怒鳴った。慌ててお姉さんであろう少女が彼女をあやした。



「そんな事ないよ。お姉ちゃんがいるから大丈夫だよ」



 騒動の原因となった少年を私はギロリと睨んだ。すると自分は悪くないとでも言いたいのだろう。少年は視線を逸らして口を開いた。



「じ、事実を言っただけだろ?」


「そういう事じゃないよ!」




 ………………。



 しばらくの間、荷台の中は沈黙が続いていた。石畳を進む馬車が時折ガタンと揺れる度に妹はお姉ちゃんに身を寄せていた。



「ところで、この馬車は何処に向かっているの?」



 私は重い口を開いて少年に尋ねた。



「多分近くの村だろうよ」


「でも、それだと関所を通らないとだめじゃないの?」



 私がそう答えると、それがどうしたと言わんばかりに少年は大きな欠伸をした。



「そんな事、俺が知るかよ」



 そんな少年の反応に私は頬を膨らました。すると再び馬車は急に速度を緩め停車した。



『マリーさん。ご苦労様です』



 私が想像した通り、市門にある関所にやって来たようだ。マリーが門兵と話しているのが微かだが聞こえて来る。



『いつもご苦労様だね。これちょっとだけど、受けっとてくれないかい?』


『いつも、すいませんね』


『それで……またお願いできるかしら?』


『任してください。幌馬車二台分ですね』



 一連のやり取りを終えた後、何事もなかったように馬車は再び動き始めた。


 どういう事だろう、私がこの街に来た時も商人たちは荷台や幌馬車の中身を確認されていた筈である。それを何一つ確認する事なく、通すなどある筈がない。



 だからか!



 私は資料室で確認していた帳簿の事を思い出した。帳簿の計算ミスはミスなのではなく、こういった不正を誤魔化していたのだろう。つまり、マリーは門兵たちに何らかの報酬を与えて買収しているということになる。



「マリーは有名な奴隷商人だからな。各都市でこうやって犯罪者や借金の形に売られた人々を集めて、他の奴隷商人に売ってるんだ。手口を見たのは初めてだけどな」


「何で貴方がそれを知っているの?」



 唐突に口を開いた少年に私が尋ねると、少年は徐に立ち上がった。そして彼の手首には縛られている筈の縄が無かった。



「え? 何で?」


「こっから先は人気が少ないから、何をされるかわからないしな。それにこれ以上奴隷候補は乗って来なそうだし」



 そう言って、少年は私の縄を解いてくれた。暫く縄で縛られていたので手首には縄の痕が残っている。私は手首を撫でながら再び少年に問いただした。



「どうやって縄を解いたの?」


「後で教えるさ。今は急がないと」



 そう言って少年は姉妹のところへ近寄って行った。



「さっきはごめんよ。けど急ぐんだ、こっちへ来てみんなで手を繋いで輪を作って」


「なに? なんで?」


「説明している時間はないんだ。ほら、お前もこっちに来て手を繋いで」



 そう言って少年は私の手を強引に掴むと全員で輪を作るよう指示した。私は仕方なく姉妹の妹と手を繋いだ。



「全員手を繋いでるな、それじゃあ目を瞑って」



 突然の事に私と姉妹のお姉ちゃんは困惑していたが、妹の方は何が起こるか楽しみで仕方ないようだ。



「何するんだろうね?」



 そう言って、妹は楽しそうな声でお姉ちゃんに尋ねている。



「妹ちゃん。口を閉じてないと舌を噛むぞ」



 少年がそう言うと、妹は急に黙り込んだ。



「それじゃあ行くよ。1、2、3」



 彼がそう述べると、私の体はほんの少し浮きあがった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る