第43話 資料調査



「あ、ココ間違ってる……」



 あれから数日が経ちほぼ毎日と言っていい程、私は資料室に入り浸っていた。そのお陰もあってか、資料室に保管してある資料には粗方目を通した。


 実の所、こうやって資料室足繁く通う必要性はもう無くなっていたのだが、お城の中では他にする事も無いので、こうやって別に興味も無い資料に適当に目を通して時間を潰しているのが現状である。



「ココもだ……」



 私が探していた資料は所謂『史実』に関する文献だったのだが、そう言った資料はこの広い資料室の中に極一部しかなかったのだ。


 それ以外の資料はと言うと、他領との『外交』に関する資料とエイペスクや領内の町村の出納簿、事件や事故などの報告書が大半であった。これらの資料が無秩序に並べられていたので、目的の資料を探すのに物凄く手間が掛かった。


 しかし、有り余る時間が功を奏したのか、目的の資料をこの広い資料室から選別し、その殆どを読み終えてしまったのである。



 …………



 覗き込んでいた資料から一旦顔を上げ、机の上に置かれた石板に手を伸ばした。慣れた手つきで『筆算』を石板に書いていく。そして間違っていた数字を二重線で訂正し、その隣に正しい数字を書き込んでいく。一通りの修正が終わり、資料の表紙を確認する。



「えっと、これは……エイペスク西門か……」



 それにしても『出納簿』の計算ミスの数が尋常ではない。これだけ帳尻が合っていないのにエイペスクの士官は何をやっているのだろうか? この出納簿だけでない、他の出納簿でも幾つかミスが見受けられるのだ。ざっと目を通しただけだが、わざと間違えてるのかと思うくらい計算が合わない箇所が沢山ある。


 更に言うと、計算し直しても結局帳尻は合わないのである。まあ、その辺りは今度領主様に会う時にこの事は報告する事にしよう。



「はぁ……」



 出納簿から顔を上げた際、思わず小さな溜息が口から漏れてしまった。



「どうかなさいましたか?」



 私の溜息を見逃さなかったリタが直ぐ様私に声を掛けた。



「いえ、特に何も無いです」


「以前までは楽しそうに資料を御覧になってらしたのに、最近はどうかなさったんですか?」



 流石リタと言うべきか、周りを良く見ているとついつい感心してしまう。


 結局の所、私の知りたかった情報は見つけた資料には記載されていなかった。いや、正確には記載されていたのだが、此処にある資料にはマグリットが所有していた資料と同じ様な事しか書いていなかったのだ。



『魔女に関する情報』と『崩壊以前に関する情報』



 私が探していたのは大きく分けてこの2つ事柄である。


 王国の成り立ちに就いてはマグリットに教えて貰っていたので大まかな事は知っていたし、此処でもそう言った資料は幾つか目にする事ができた。


 しかし、『魔女』つまりは『賢者の弟子』が何故反旗を翻したのかについては何処にも記載されていないのだ。彼等にも何らかの理由があったに違いないのに、何故王国側は頑なに彼等を排除したのだろうか、私はその理由が知りたかったのだ。


 王国中を巻き込んだ戦争にまで発展したにも関わらず、魔女達の詳細はどの資料にも『国王に逆らった賢者の弟子』としか記されていない。一度だけ、領主様に尋ねてみたのだが、『大昔のことだから僕も詳しくは知らないんだよ〜』と軽く流されてしまった。


 もしかすると、ロレンスのお父さんが集めていた昔話の中に魔女の話があるかも知れないが、その当人が行方不明の今は知る術が無さそうだ。



 それともう1つ。崩壊以前に関する情報、つまり『古代文明』に繋がる情報があるのでは無いかと期待して探したのだが、此れに就ては一切資料が見つからなかった。


 唯一それらしい内容が書かれていたのは『立入禁止区域』が記された王国全土の地図だろう。どうやって調べたのかは定かではないが、王国全土の所謂『世界地図』が資料の中にあったのだ。


 地図には私が知る地図とは異なり、そこには大きな湖を中心に大きな大陸が描かれていた。そして『コリントン』『シュドアー』『イグナース』『シャジャハーン』『ティアゴ』『エイペスク』『クリーシャ』と主要都市の場所が地図中に記されており、王都であるコリントンには城の絵が記してあった。


 更に地図中には赤いバツで幾つか印が記されていて、地図の右下に『危険に伴い何人の立ち入りを禁ずる』と同じ赤い文字で書かれていた。エイペスクの西側にも赤いバツ印が記されており、おそらくこれがロレンスに教えて貰った古代文明の遺跡の場所だろう。道中『塔』があった場所と地図中の印が合致していた。


 つまり、その地図中の印の場所には古代文明に関する『何か』があるという訳だが、立入禁止区域に指定されているので行く事は不可能だろう。何故、立入禁止なのかを調べようにも、その資料には『危険が伴う為』としか書かれておらず、古代文明の事には一切触れていなかったのだ。



 領主様のお城ならば! と期待を抱いて此処にやって来たものの、目新しい情報は見つける事が出来なかったのだ。


 結果、やる事が無くなってしまった私は、村にいた頃と変わらず出納簿と睨めっこをしていた訳である。



「そうですわ!」



 リタはパンっと手を叩くと、閃いたとばかりに顔を輝かせた。突然の事に私が驚いて顔を上げると、リタは立ち上がり私の手を取った。



「資料室に篭ってばかりでしたし、下町へ外出なさってはどうでしょうか? 今の時期でしたら、奉納祭が間近ですので何時にも増して下町は賑わっていますよ」


「奉納祭? 収穫祭ではないのですか?」



 リタに手を引かれながら私は首を傾げた。



「他の町や村では収穫を祝うお祭りのようですが、此処エイペスクでは収穫された作物などがイース様に献上されるのですよ」



 エイペスクは賢者イースによって開拓された領土であり、賢者イースは『特別な力』を使い、農業、酪農、狩猟に適した土地を人々に示唆した。そして各地でそれらは見事成功し、人々は感謝の意を込めてこの時期に作物を献上するようになったらしい。



「だから奉納祭なんですね」



 廊下を歩きながらフムフムとリタの話を聞いている内に、いつの間にか部屋に戻って来ていた。



「奉納祭の時期は凄いですよ〜 エイペスク領内から沢山の人や物が集まって来て、凄く盛り上がるんですよ! 是非ユティーナ様にも御覧になって欲しいのです」


「リタさんがそこまで言うのであれば、是非見に行きたいです。ですが、奉納祭という事はお城はとても忙しくなるんじゃないですか?」



 リタの勢いに圧倒されつつも、私がそう答えるとリタは満面の笑みを浮かべた。



「奉納祭の当日は各町村から町長、村長の方々がお見えになるので、流石に無理だと思いますが、今日明日であれば大丈夫だと思います。少々お待ちになって下さい。領主様にお伺いして参ります!」



 そう言ってリタはあっという間に部屋を出て行ってしまった。私はまだはっきり『行く』とは言っていなかったのだが……


 それ程までに奉納祭の雰囲気を私に楽しんで欲しいというリタの心遣いの表れなのだろう。



「奉納祭かぁ〜」



 リタの話によれば奉納祭当日は各町村から町長、村長がやって来るらしい。っという事は久しぶりにマグリットに会えるかも知れない。



 …………



 マグリットとの久々の再会できると少し心が弾んだのだが、冷静に考えるとマグリットとの良い思い出は無かった。寧ろ面倒な事をいつも押し付けられていた様な気がする。


 どうせマグリットの事だ、会えばニヤリと不敵な笑みを浮かべ、私に無茶振りをするに違いない。




『失礼致します。只今戻りました』



 最悪の展開を想像していると、コンコンとドアをノックした後にリタが部屋に戻ってきた。



「領主様の許可が降りました。護衛の方をエントランスに向かわせてくれるとの事です」


「わかりました。有難うございます」



 マグリットと会うのはまだ先の話だ。今日は下町でお祭りの雰囲気を楽しんで気を紛らわせる事にしよう。椅子から降ろして貰おうとリタの姿を探したが、先ほどまで隣にいたリタの姿が見当たらない。がすぐにリタは戻ってきた。



「……それでですね、少し肌寒くなってもきましたし。本日は新しいお召し物をご用意致したんですよ〜」



 そう言ってリタはハンガーラックを押してやって来たのだ。そこには誰が着るのだろうと思うくらい沢山の服が掛けられていた。



「ユティーナ様ならどれでもお似合いになると思うのですが、一度ご試着なさいませんか?」



 いつに無く満面の笑みでそう述べたリタは、ハンガーラックに掛けられた服を手に取った。



『先日のお召し物もよかったですが、こう言った……』



 ああ、そういう事か。



 その後、リタに着せられるまま、私は何着もの服を試着した。


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