第37話 忍び寄る影



 ロレンスと別れた後、トリスタンとガラハッドは見た事もない険しい形相で辺りを警戒していた。


 ロレンスの話によるとメディオが私の事を酒場で言いふらしていたらしい。なので、この村に一人でやって来ている少女がいるという事は様々な人々に広がっているのだろう。


 そしてもしかすると私を狙う『襲撃者』もその情報を耳にしているかも知れないのだ。



「どうだ」


「何者かに後をつけられています」



 強張った声色でトリスタンが訊ねるとガラハッドも緊張した面持ちでそう答えた。とは言え彼らは表面上は焦る様な仕草は見せず、相変わらず私の歩く速度に歩調を合わせて歩いている。



「急いで宿へ戻りましょうよ」


「食後はゆっくりと歩くのが1番なんだよ。宿はとってあるし、心配しなくても今日はベッドで寝られるよ」



 慌てた様子の私に、ガラハッドは諭す様にそう述べたが何か話が噛み合っていないように思える。



「そうじゃな……」



 私がその事を伝えようと再度口を開くとガラハッドが口の前で人差し指を立てた。思わず話の途中で口を噤んでしまったので、お爺さんみたいな返事になってしまった。


 私の返事にガラハッドはクスクスと笑っている、がしかし目は笑っていなかった。


 ガラハッドも私の言いたい事は最初からわかっていて、そう返答したに違いない。だとすれば何故わざわざ後をつけさせる様な事をするのだろうか? 私がガラハッドの顔をまじまじと見つめていると、後で話すよと小さく述べた。




 部屋に到着するとトリスタンは窓を開けて辺りの様子を確認していた。


 もしも『襲撃者』が今夜私達の部屋に侵入するとなると、私達が入ってきた部屋の『ドア』か今トリスタンが調べている『窓』になる。なのでトリスタンは窓から侵入できるかどうかを確認しているのだろう。


 一通り調べ終えたトリスタンが私が座るベットへと戻ってきた。



「窓からの侵入はとりあえず無さそうだ」



 それもそのはずだ。私達の部屋は通りに面し、部屋と部屋に挟まれた2階にある部屋なのだ。窓から侵入するために壁を登るにしても通りに面しているため目立ちすぎるし、角部屋であれば隣の建物から飛び移ることも可能だろうがそれも出来ない。故に窓からの侵入は不可能と言っても過言ではない。


 私がホッと胸を撫で下ろすとガラハッドが隣に座った。



「さっきはごめんね。向こうに悟られないようにしないといけなかったんだ」



 私の頭を撫でながらガラハッドは先ほどの事情を説明してくれた。


 今回の彼らの任務は私の護衛、そして『襲撃者の確保』なのだ。もしもあの場で私達が襲撃者の存在に気付き、急いで宿に戻っていたとすれば向こうは襲撃に慎重にならざるを得ない。逆に私達が隙を見せれば向こうは油断してやってくるという寸法らしい。



「だから今日はガラハッドと寝て頂戴ね」



 私の目の前の可愛らしい少女はそう述べるとクルッと体を反転させ窓際へ歩みを進めた。そして彼女は頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。その姿は故郷を離れ、憂愁に浸る少女に他ならない。


 突然現れた彼女は何を思い窓の外を眺めているのか、それは彼女……彼にしかわからない。



「そうだ、リュウ」



 唐突に彼がリュウの名前を呼ぶと私の鞄からリュウが顔を出した。そしてリュウは私の肩に止まったが、再び彼女がリュウの名前を呼ぶと混乱した様子で私と彼を交互に見回していた。



「リュウ、彼女……はトリスタンさんなの。彼の能力で今は私の姿をしているだけ。呼んでるみたいだから行ったら?」



 私がそう言うとリュウは私の姿をしたトリスタンの元へ飛んで行き、彼の肩に止まった。そしてトリスタンが何かをリュウに伝えるとリュウはピィと鳴いて窓の外へ飛んで行ってしまった。


 トリスタンは一体リュウに何を言ったのだろうか。私が首を傾げていると、彼は部屋に備えてあるもう一つのベッドに腰を下ろした。



「今日はもう遅いから寝ましょう」



 それ以上何も言わず、彼は毛布を被ってベッドに寝転がった。言われた通り私もベットに横になるとガラハッドが隣に寝転がった。



「何かあったら起こすから、ゆっくりおやすみ」



 私が頷くと、ガラハッドは優しく毛布を掛けてくれた。




『ピィーーー』



 遠くでリュウが鳴く声が聞こえた様な気がして、私は目を覚ました。もう朝なのかと辺りを見回したが、まだ夜のようで部屋の中は真っ暗だった。



「ユティーナ、しばらく毛布に潜っていて」



 ガラハッドは既に目を覚ましていたようで、私が目覚めるとすぐに声を掛けて来た。


 何事かとガラハッドに訊ねようと口を開こうとすると、ガラハッドに口を押さえられてしまった。



 ギィ……ギィ……



 何者かが床を歩く音が聞こえて来た。その足取りは窓際からゆっくりと此方に向かって来ている。



 ギィ……ギィ……ギィ。



 そして足音は私達が眠るベッドの前で立ち止まった。



 え、もしかして襲撃者?



 突然の事に私はガラハッドに言われた通り、毛布に潜り息を潜めていた。


 この毛布を剥がせば何者かが側に立っているのだろう。そう思うと急に息苦しく感じてきた。



 早く何処かに行って……



 私は祈る様に其の一時をやり過ごしていた。


 そして暫くすると再びゆっくりとした足取りで足音は私達から離れていった。



 ギィ……ギィ……



 足音の主は再び足を止めると今度は毛布を捲るような音が聞こえてきた。隣で眠る黒髪の少女を見つけたのだろう。そして静かに少女を抱きかかえると、足音は窓際に向かって歩き出した。


 バサッと何かが落ちる音がした後、ガラハッドが私に声を掛けてきた。



「もう大丈夫だよ」



 そう声を掛けられて私は毛布から顔を出し大きく息を吐き出した。


 そして状況を確認する為辺りを見回した。暗闇に目が慣れてたとは言え、ぼんやりとしか辺りを確認できなかった。それでも隣にあるベッドの上に居るはずの少女の姿がない事は確認できた。



「ガラハッドさん! トリスタンさんは!?」



 私は慌ててガラハッドにトリスタンの居場所を訪ねたが、ガラハッドは黙って首を横に振った。


 私もガラハッドも襲撃者の存在には気が付いていた。だとすれば何故部屋の中で捕まえなかったのだろう。態々捕まる必要はあったのだろうか。取り乱しながら私はガラハッドにそう述べると至極落ち着いた様子でガラハッドが口を開いた。



「相手は能力者だった。下手にこの部屋で動くと君に危害が及ぶかもしれなかった」



 ガラハッドの言う通り、相手が能力者だとすれば下手に動くと危ないかもしれない。しかし相手が一人ならばトリスタンとガラハッドの二人掛かりで向かえば簡単に制圧できるのではないか。私がそう述べようとするとガラハッドは再び口を開いた。



「それに相手は一人とは限らない。部屋に侵入した物を捉えても他の仲間がその証拠を隠滅を図るかもしれない。そうなると僕たちの任務は失敗になる」



 今回の彼らの任務は『襲撃者の確保』。向こうが証拠となる物を隠滅されないとは限らない。その為、最善の選択が連れ去られると言うことらしい。



「トリスタンさんはこう言った任務は慣れてるから心配しなくても大丈夫だよ」


「ガラハッドさんは行かなくて大丈夫なの?」



 私の言った一言にガラハッドは不意を突かれたように驚いていた。そしてクスクスと笑い始めた。



「ユティーナはやっぱり変わってるね。普通、こんな事があったら怖がって一緒にいて欲しいって言うよ?」


「え?」



 ガラハッドの言葉に私は固まってしまった。言われてみればこんな怖い事はないだろう、先ほどの事を思い出して涙目になりながら私はガラハッドに懇願した。



「やっぱり一人にしないで下さい」


「大丈夫。もしもの時の為に僕は君の側にいる事になっているから、泣かなくても平気だよ」



 そう言ってガラハッドは私の頭を優しく撫でてくれた。私は袖で涙を拭い、ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせた。


 その間、ガラハッドは何も言わず、ただ私の様子を見ているだけだった。



「そういえば何で襲撃者が能力者って事がわかったんですか?」



 暫くした後に私は顔を上げて、気になっていた事をガラハッドに尋ねた。



「そんな事、簡単さ」


「何でですか?」



 鼻を高くしながらガラハッドは勿体ぶりながらそう述べたので、どんな事かと期待しながら話の続きを待ちわびた。


 しかし、ガラハッドの回答は余りにも簡単で、単純で、面白みに欠ける理由だった。



「ここが2階だからだよ」



 そんな事はわかっている。部屋に帰ってきた時点で『普通』の人間ならこの部屋に窓から入る事は難しいという事、しかし『能力者』であれば窓からの侵入は可能という事でもある。そんな回答を聞きたくてガラハッドに尋ねた訳ではないのだ。


 恐らくガラハッドもわかっていてそう言ったのだろう。私が頬を膨らましてガラハッドと殴ると、痛い痛いと態とらしく痛がった。



「でも半分は本当だよ。夜中とは言え、人通りが全くない訳じゃない。一瞬でこの部屋に侵入できなきゃ怪しまれるからね。それから着地音がしなかっただろ? 窓から部屋に入るにしても窓枠に乗った時の音、窓から飛び降りた時に着地した音が聞こえるはずだからね」



 確かに、言われてみれば部屋を歩く音しか聞こえなかった気がする。


 だとすると、トリスタンさんは一人で本当に大丈夫なのだろうか?



「終わった様だね」


「え?」



 唐突にガラハッドがそう言うと、窓際から羽音が聞こえてきた。振り向くとリュウが窓枠に止まって『ピヨピヨ』と鳴いている。私が慌てて窓際に駆け寄ると下から声が聞こえてきた。



『おーい』



 窓から見下ろすと、元の姿に戻ったトリスタンが此方に手を振っている。



「店主に言って扉を開けて貰ってくれ」



 気がつくと、先ほどまで真っ暗だった夜空は朝焼けを受けて仄かに白んでいた。


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