第34話 行商人と噂話



「ん〜〜ッ」



 私はトリスタンに荷台から降ろしてもらうと大きく伸びをした。既に太陽は山の向こうに顔を隠してしまって、徐々に空が黒色に染まっていた。


 日中は陽がある分、暑いくらいの気温だったが水場が近いせいもあるのだろうがこの辺りは涼しい、寧ろ少し肌寒く感じるくらいだった。



「食事の準備が整っている様なので、どうぞ先に食事をして下さい」



 私たちが荷台から降りると行商人はそう言って桶を持って川の方に行ってしまった。川岸に目をやると数人が焚き火を囲いながらワイワイと食事を楽しんでいた。どうやらこの一団は商会の組員らしく、行商人同士でお互いに助け合いながら道中を過ごしているらしい。


 私たちは言われるまま焚き火をしている場所へ足を運ぶと、他の行商人が器にスープとパンを持ってやってきた。



「冷めない内にどうぞ」


「「ありがとうございます」」



 私たちは食事を受け取ると焚き火の近くに腰掛け、食事を始めた。出された食事は家でもよく食べていた野菜やお肉を煮込んだ『ポトフ』の様なスープである。パンは保存のためだろう途轍もなく硬いパンだったので、いつもの様にスープに浸して食べたがそれでも硬かった。



『ところで今回の仕事が終わったらお前はどこにいくんだ?』


『俺は北に抜けて『イグナース』へ行こうと思ってる。向こうは不作が続いて小麦やらが高騰してるらしいぞ』


『本当ですか!?でもこの時期に行けば春まで戻ってこれなくなるんじゃ…』


『じゃあお前さんはどうするんだ?』


『僕は山を越えて『シャジャハーン』に行く予定ですよ。今行けば丁度特産品が手に入りますからね〜』



 焚き火の反対側に座っている行商人たちはどうやら情報交換をしている様だった。とは言っても多少お酒も入っている様で陽気な笑い声も時折聞こえて来る。


 その中の一人が私たちに気がついたのだろう、此方にやって来て声を掛けてきた。



「おや旅のお方、いらしてたんですね。どうですか、馬車での移動は慣れましたかい?」


「俺たちは傭兵なんてのをやってるもんで慣れているんだが、この子は初めての旅でね。今朝から興奮しっぱなしだ」



 話を振られたトリスタンは慣れた様子で行商人に相槌を打つと私の頭に手を置いて軽く撫でた。



「ほう、嬢ちゃんは何用でこの馬車に乗ってるんだい? あんた達は家族って訳ででもなさそうだ」



 行商人はまじまじと私たちを見比べるとそう述べた。それに応えようとする私をトリスタンは軽く手を出して制止させ、私に一瞬視線を送ってから口を開いた。



「彼女はエイペスクに士官の試験を受けに行くんだが、一人じゃ心許ないって言うんでマグリットの旦那が丁度エイペスクに寄る予定のあった俺たちを護衛に着けたって訳だ」


「この子が士官に?」



 トリスタンの言葉に行商人は疑いの目で私を見つめた、暫くジーっと私を見つめたかと思うと唐突に笑い始めた。



「ハハハハッア! この子が士官に!? おーい聞いてくれ、この嬢ちゃん士官になる為にエイペスクに行くらしいぞ」



 大声で笑い始めた行商人は焚き火の反対側で話をしていた他の行商人にも私の事を知らせた。他の行商人も私の姿を見て同じ様に笑い始めた。



 確かに見た目は小けどそこまで笑う必要あるかな。



 私は彼らに笑われる事が次第に不愉快になり頬を膨らませて機嫌の悪さをアピールした。



「おっと、悪い悪い」



 私の様子に気がついたのだろう、行商人は半笑いになりながらも私に謝罪をしてきた。



「士官や騎士なんて貴族様しかなれないからね。農村から来た嬢ちゃんが士官を目指してるって事が信じれないだけだよ」



 半ば馬鹿にした様に説明るす行商人に私の堪忍袋の尾ははち切れそうである。



「まあまあ、待ってくださいな。俺たちもマグリットの旦那に聞いた時は驚いたさ。でも彼女、旦那の仕事の殆どを手伝っていたそうだ」



 私の様子を見ていたトリスタンがやれやれっといった具合に横から口を出した。トリスタンの言葉に行商人達は目を丸くして私に顔を向けていた。



「ユティーナ、何か彼らに旦那の仕事の話をしてみるのはどうだ?」



 トリスタンはそう言って私に顔を向けて片目を閉じて合図した。私は、んーっと顎に手を当てて考えた後に口を開いた。



「私は村の帳簿管理を任されていました。今回の皆さんの馬車が定期便だとすれば今回村に持ってきて品は塩と香辛料、あとそれから…」


「ちょっと待ってくれ、もしかして出入りしている品物全て覚えているのか?」



 私が行商人達の品物のやり取りの話をすると先ほど私を馬鹿にしていた行商人は驚いたように私の言葉を遮った。



「はい? もちろんです。今馬車に積んでいるのは夏に収穫される果実や動物の毛皮ですよね?」



 毎日、納品書と領収書の二つを見てるのである、嫌でも村に出入りしている品物を覚えてしまう。そこから今回の行商人が取引した商品も大体想像がつく、利益に関しては石板で計算する事が出来ないのでゆっくりと暗算していた。



「もういい、わ、わかった! だからこの話はやめにしよう」



 私が指折り数えていると、行商人は慌てた口調で話を続けようとする私を止めた。気づけば行商人は額に汗をかいており、どうやら顔色も優れないようであった。


 不思議に思った私が周りを見回すと先程まで騒ぎ立てていた行商人達は黙って私たちの話に聞き耳を立てているようだった。


 その数人は目の前にいる行商人を遠巻きに睨んでいるようにも見えた。



「という事で彼女の優秀さは理解して貰えたようなので良かったです」



 この話は終わりと言わんばかりにトリスタンはパンッと手を叩いた。行商人はそそくさと元いた場所へ戻って行くと、トリスタンは彼らに見えないように私に顔を向けるとクスリと微笑した。



「君凄いね〜」



 行商人が去った後、すぐさま別の行商人が此方にやってきて私に声を掛けてきた。先程の行商人に比べて親と子ぐらいの差があるように見える一団の中でも取り分け若い少年の様な行商人であった。



「ああ、すまない。僕は行商人のロレンス。えっと君は……」


「ユティーナだよ。この二人は傭兵のトリスタンとガラハッド」



 目の前にやってきたロレンスという少年は慌てて帽子を脱ぐと丁寧に自己紹介をしてくれた。名乗られて名を明かさないのは失礼にあたるとデボラに教えて貰った事を思い出して、私も自ら名を名乗り二人の事も紹介した。


 ロレンスはトリスタンとガラハッドにも軽く会釈すると、堅苦しいのはここまでと言わんばかりに姿勢を崩した。



「いや〜メディオさんのあんな顔、滅多に拝めないからね」



 ロレンスは先ほどの行商人の方を向いて微笑しながらそう述べた。どうやらメディオという行商人は今回の商団の元締めらしく、他の行商人は品物を運ぶ為に集められた『雇われ』の行商人らしい。


 私が今回の商談の利益を言おうとした事を頑なに遮ったのは、メディオが彼らに対する報酬を少なく見積もっていたからなのだろう。



「でも気をつけた方がいいよ、エイペスクであんなに目立っちゃうと『』に狙われるかもしれないからね〜」



 飄々とそう述べるロレンスとは裏腹にトリスタンとガラハッドがピクッと一瞬動きを止めた。



「『魔女の末裔』って何? 魔女って王様に逆らった人たちの事でしょ?」



 二人の動向を気にかけながらも私はロレンスに『魔女の末裔』について詳しく聞こうと話を続けた。



「あ〜そんな大した事じゃないよ。街で悪さをしている人たちの事を比喩で『』って言ってるんだ。すぐに街の兵士か自警団に捕まるんだけどね〜用心するに越した事はないよ」



 エイペスクの街は物流の中心地である。物が集まるところには自ずと人も集まっってくる。それだけ人が沢山いれば悪い事を思いつく輩も居るという訳である。


 窃盗、強盗、詐欺、恐喝などエイペスクも他の領地に比べて治安が良いとはいえ多少なりともそういった犯罪が起こるらしい。人目に付くという事はそういった犯罪者に目を付けられるかもしれないっという事である。


 今後は言動には注意しなければいけないかもしれない。



「わかった。ありがとうロレンス」



 ロレンスの言葉に私はニッコリと笑顔を浮かべて返事をした。



「そうだユティーナ、明日は僕の馬車に乗りなよ〜メディオさんとゼレーンさんには僕から伝えておくからさ」


「其方らが構わないのであれば私はいいんだけど……」



 ロレンスの提案に私はトリスタンとガラハッドに視線を送った。


 二人から特に何も無い様なので私はロレンスに『よろしく』と返事をすると、用事が済んだのだろうロレンスはその場を去っていった。




 もうすっかり陽も落ちて辺りは暗くなっていた。私たちは乗ってきた馬車に戻り、荷台で寝る事にした。


 トリスタンとガラハッドは私の護衛の為、交代で馬車の外で見張りをするらしい。私は荷物から取り出した毛布に包まって荷台に寝転がった。


 固い馬車の荷台で寝れるかどうかを心配していたが慣れない環境に緊張していたのだろう、気がついた時には私の意識は奥深くまで潜っていた。


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