第33話 護衛の理由



 木々の隙間から差し込む日差しは真夏とは思えない程柔らかい。時折、青々と爽やかな森の香りを染み込ませた風が幌馬車を通り過ぎて行く。


 村を出発してから、結構な時間が経過していたが幌馬車は青々と茂る木々の下をくぐるように進んでいた。



「馬車で移動するには絶好の日和だな」


「今の時期が一番いいんですよ」



 トリスタンが言った一言に行商人が振り返らず返事をした。


 エイペスクでは今が一番過ごしやすいい時期らしく、街は人や物で溢れかえっているらしい。もちろん近郊の村でも他の領地から来る行商人などで賑わっているようだ。


 そんなたわい無い話をトリスタンは行商人としていた。


 一方でガラハッドはと言うと先程から眼を瞑ってじっと何かを考えているようにも見えたし、仮眠を取っているようにも見えた。その一人にしてくれと言わんばかりの様子に私は声をかける事が出来なかった。



 ひまだなぁ……



 先ほどまで悲しみの淵に身を寄せていた私だったが、流石にいつまでもメソメソしている程幼くはないと思っている。もちろん大人達もその事は理解している様で今は私の事に構う事なく、各々の好きな様に馬車の旅を楽しんでいる様に感じた。


 手持ち無沙汰になった私は何かで暇を潰そうと辺りを見回した。


 景色を楽しもうにも幌馬車は相も変わらず森の中を進んでおり、見える景色に代り映えしない。かと言って、私の私物はお母さんに貰った手作りの鞄とトリスタンがお母さんから預かった荷物だけだ。


 取り敢えず、鞄の中から何か暇を潰せそうな物を探そうと私は鞄に手を伸ばした。



 ガサッ



 突然私の鞄から物音が聞こえた。



「きゃっ」



 突然の叫び声にトリスタンとマグリットは私に視線を送り、身構えた。何事かと二人は私の側にやってくると渦中の鞄に視線を落とした。



 ガサガサ……



 ガサ……



 蠢く私の鞄に視線を送りながら二人は徐々に距離を詰める。徐々にその何かは蠢きながらも鞄の口へ移動し、鞄から姿を現した



「ピヨピヨ……」



 私の鞄の中から出てきたのは見覚えのある一羽の小鳥だった。



「リュウ!」



 鞄から出てきた小鳥に私が声をかけると、渦中の小鳥は私の肩に止まりピヨピヨと何やら鳴いた。トリスタンとガラハッドは私の反応から鞄から現れた小鳥が無害だと判断すると張り詰めていた糸を緩める様に溜息を吐いて私に視線を送って来た。



「どうしたのリュウ? ここに居たら村から離れちゃうよ?」



 サラがいないとリュウの言葉はわからないが取り敢えず私はリュウに訊ねてみた。勿論リュウもその事を理解しているのだろう。リュウは鞄の方へ移動し中から見慣れぬ手紙を引っ張り出してきた。


 そして『ピィ』と短く鳴くと私に視線を送ってきた。私はリュウが引っ張り出してきた手紙を手に取り、ゆっくりとそれを広げた。


 どれどれとトリスタンとガラハッドもその手紙を覗き込んでくる。



「子供の字ですね」



 手紙を覗き込んだガラハッドは呟く様にそう述べた。そう、手紙には大人が書いた様な達筆な文字ではなく、お世辞にも上手いとは言い難い文字が並んでいた。


 手紙を書ける子供なんてチェド村では限られている。



 サラからの手紙だ!



 私はそう確信思ってゆっくりとその手紙を読んでいった。



『姐さんの事が心配なので兄貴を連れて行ってください。助けてくれると思います。サラ』



 拙い文章であったが、文字を習い始めて然程経っていないサラからすれば精一杯の文章である事が手に取るようにわかった。いつこの手紙を鞄に忍ばせたのだろうか、リュウが側にいなくてサラは大丈夫なのだろうか。


 気がつくと私は手紙をギュッと抱きしめていた。


 好奇の視線を感じ、ハッと顔を上げるとトリスタンとガラハッドが説明しろと言わんばかりに私とリュウの事を見下ろしていた。



「彼はネズミワシのリュウ。私の友達なの、これから一緒に街まで行くので宜しくお願いします」



 私が簡潔にそう述べると、リュウは私の頭の上に止まり、『ピィ』と鳴いた。


 私の言葉を聞いた二人は一瞬だけ顔を見合わせたが、視線を戻すと『よろしく』と言って元いた場所に戻って行った。


 そして私はサラからの手紙をニヤニヤと眺めながら道中を過ごした。




 暫くの間、森の間を潜る様に進んでいた幌馬車であったが、どうやら森を抜けたらしく、辺りが急に明るくなった。


 外を見回すと見渡す限りの平原が目の前に広がっていた。



「わぁ、凄い」



 私は思わず馬車から顔を出して辺りを見回した。森の中とは違う少し乾いた風が颯爽と駆け抜けていった。チェド村は山間部にあるため、これだけ広がった場所を見るのは初めてだった。


 来た道を振り返ると壮大な森が山の方までずっと続いていた。



「ユティーナは山を降りるのは初めてなのか?」



 興奮醒め遣らぬ私にハハと笑みを浮かべながらトリスタンは顔を覗かせた。



「はい! 村を下るとこの様になっていたのですね!」


「こんな事で興奮している様では街に着いた時に持たないよ」



 先程まで目を瞑っていたガラハッドは呆れた様子で私に声を掛けてきた。どうやら先程までは能力によって周辺の警戒をしてくれてい様だ。森の中では刺客が身を隠す場所が多いため警戒をしていたらしいが、見晴らしが良い平野に出たことで能力を使う必要がなくなったらしい。



「まあ其の内見飽きるさ、あと1日程この平野を進まないと次の村に着かないからな」



 ガラハッドの言葉にうんざりした様子でトリスタンが肩を竦めてそう述べていた。



「じゃあ夜もずっとこの道を進むんですか?」


「まさか。今日はもう少し行った所に良い水場がありますので、そこで野宿になります」



 行商人は私の言葉に驚いた様子でそう答えた。



 野宿か……



 行商人の言葉に私が不安そうな顔で俯くと二人はそれに気づいた様子で声を掛けてくれた。



「ユティーナ、明日にはコルムド村に着くから野宿は今日だけの辛抱だ。それに俺とガラハッドが夜は交代で見張りをするから心配するな」



 トリスタンは胸を張りながら私にそう述べた。



 別に野宿が怖いって訳じゃないんだけどな……



 私が不安に思っていたのはどちらかというと『』の心配である。


 普段ベッドでしか寝た事のない私がこの固い荷台で寝れるかどうかという事が私の一番の問題であった。とは言っても私の知っている『ベッド』と比べると家のベッドも荷台然程変わりはしないのだが、気持ちの上でベッドという体裁をとっている分ましである。



「ユティーナ? まだ他に心配事でもあるの?」



 顔を伏せたままだった私にガラハッドが心配そうに顔を覗かせた。



「だ、大丈夫! 私の問題だから心配しないで下さい」


「トゥレイユに比べれば頼りないかもしれないが、それなりに腕は確かだからな」



 ハッと慌てて顔を上げた私にトリスタンは少し不貞腐れた様子で私にそう述べた。



 何か微妙に食い違っている様な気がするけどまあいいか。



「そういえば、どうして私に『護衛』が二人もついてるんですか? 護衛はどちらか一人でいいんじゃないですか?」



 とりあえず話題を切り替えようと、私は思い出した事を二人に尋ねた。マグリットからは『襲撃』があるかも知らないから護衛をつけるとは聞いていたが、二人も護衛がつくとは思ってなかったのだ。



「そうか、詳しい事は聞いていないのか」



 トリスタンはそう言って小声で事情を説明してくれた。




 マグリットが教えてくれたように現在王国では『流星』の一件で内部が二分化しており、エイペスクはそのどちらに付くのかを迫られている状況にある。特に『保守派』からは今回の件を不問にする代わりに保守派への合流を強く促されている様だ。


 そんな中にエイペスクの『無実』を証明する『証人』が現れた訳である。そんな人物を快く思わない人達から私は標的にされているらしい。



「一部では既に不穏な動きがあるらしい。まあ、まだエイペスク領外での話だが念の為って訳だ」



 私の事を気遣ったのだろう、トリスタンは大げさに肩を竦めながらそう言った。



「それに今回は『護衛』の他にマグリットさんからある『任務』も承っていて、その為に二人で護衛をしているんだよ」



 トリスタンの説明に補足する様にガラハッドは横から口を出した。跋が悪そうにゴホンとトリスタンは咳払いをして再び話を続けた。


 どうやらその任務というのは私を狙っている人物の素性を探るというものらしい。護衛も行いつつ、揺すってきた相手の逆手をとって逆に揺するという作戦である。



 村長さんが考えそうな作戦だなぁ……



 話を聞いている最中、ニヤニヤと笑みを浮かべるマグリットの顔が頭に浮かんだ。護衛対象でさえ敵を誘き寄せる出汁にする所が特にマグリットらしい。


 普通なら護衛対象を無事に目的地まで連れて行く事が最優先であるはずなのに、トリスタンの口ぶりからは襲撃者の確保が今回の移動の中での重要任務に位置付けられているように思えた。


 肝心の作戦内容はと言うと、ガラハッドが能力で私に近づいてくる人物を探り、直前で私に変身したトリスタンが襲撃される。


 要は『』である。


 作戦の性質上、多人数で行動すると襲撃者が警戒して近づいて来ない。逆に一人で護衛を行うと一瞬の隙に襲撃されてしまうかもしれない。


 その為、護衛人数は最小人数の二人で任務についたようだ。



「じゃあその間は私は何をしていればいいんですか?」


「ユティーナは作戦中、その『』が鳴かない様にしながら身を隠していればいい」



 私の質問にトリスタンは苦笑しながらリュウの方に視線を送った。リュウはトリスタンの言葉に『ピヨピヨ』と鳴いていた。



 小鳥って言われて怒ってるんだろうな。



 以前リュウの事を小鳥と言ってずっと小言を言われた事を思い出して、今はリュウの言葉がわからなくて良かったと胸を撫で下ろした。




 太陽が山に沈む前に幌馬車は野宿をする予定の水場が見えてきた。街道沿いに沿って流れる川の側に先導していた数台の幌馬車は先に到着して野営の準備をしている様だった。


 行商人が手綱を引き止まる合図を出すと、馬はようやく訪れた休憩の気配に気づいた様子で、二、三度足踏みしてから幌馬車はゆっくりと止まった。


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