第32話 旅立ち
私はお父さんに馬車の荷台に乗せて貰い、護衛の二人も後に続くように荷台に乗り込んだ。
私は荷台から顔を出して見送りに来てくれた皆に手を振った。
2の刻を示す鐘が鳴ると辺りは騒がしくなり『ガタン』という音と共に私が乗った馬車はゆっくりと動き始めた。徐々に速度を上げて行く馬車は皆と私の距離をどんどん広げていく。
「いってきま〜す」
私は皆が見えなくなるまで何回も何回もそう言って手を振った。
手紙を受け取った翌日からは今までと特に代わり映えのしない日々を過ごしていた。変わった事は私が2の刻に執務室に行くとサラが既に勉強を始めており、3の刻の休憩の後はサラはお父さんの訓練を受ける為に畑へ向かい、私は応接間でデボラに所作を教えて貰っていた。
今ならサラの気持ちがわかるかも……デボラさん結構スパルタだよね……
私は秋と冬を領主の城で過ごさなければならない、その為に必要な挨拶や所作をこの6日間徹底的に教え込まれた。そういった6日間を過ごし、到頭村を出発する日がやって来た。
朝起きると、私以外は既に食卓を囲んで朝食を摂っており、私も寝ぼけ眼を擦りながら椅子に座った。
「ユティーナ、体調は大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
お母さんは心配そうに私の顔を覗き込むみ、私の返事を聞いて安心した様子で倉庫から何かを持ってきた。
「はい。餞別だよ」
そう言ってお母さんは籠の様な手編みの鞄を私にくれた。
「ありがとう、お母さん!」
私が嬉しさのあまり燥いでいると、早く食事を済ませて村に行くぞとお父さんに急かされた。マグリットが私の護衛をしてくれる騎士を紹介してくれると言う事で、早めに村に行かなければならないのだ。
食事を終えて私はお父さんと一緒に一足早く村へ向かった。お母さんとトール兄さんは私の荷物を持って、2の刻の出発に間に合う様に後から来るらしい。
館についた私たちはデボラに案内され執務室へとやって来た。
暫くの間ここに来る事もないのか……
私が感慨深げにしていると、お父さんはノックもせずに執務室のドアを開けた。ドアの向こうにはいつも通り執務机に向かうマグリットと向かい合う様に二人の男性が長椅子に腰掛け紅茶を啜っていた。
私はこの二人の事を知っている、今は農夫が着る様な服装をしているが、彼らは騎士である。そう、村の会議の際にフェイリスの護衛でこの村に来ていた、トリスタンとガラハッドだ。
「トゥレイユ早かったな」
「ああ、マグリットから早く来いと言われていたからな」
お父さんとトリスタンはそう言って挨拶を交わすと、ガラハッドが立ち上がりお父さんに挨拶した。
「お久しぶりです、トゥレイユさん。今回は娘さんの護衛の任務につけて光栄です」
「しっかりと頼むぞ」
「はい!」
二人の挨拶が終わると私は前に出て、改めて自己紹介をした。
「おとう……トゥレイユの娘のユティーナです。今回は領主様の城までの護衛、宜しくお願いします」
私がそう言うとトリスタンとガラハッドは『無事お送り致しますよ』と微笑んでくれた。
私たちが一通り挨拶を終えると、マグリットが顔を上げて話をし始めた。
「ユティーナの事は一通り彼らには話をしているので、道中聞きたい事があれば彼らに聞いても問題ない」
「本当ですか!?」
マグリットの言葉に私は目を輝かして喜んだ。
「それから、トリスタンとガラハッドについてだが、トリスタンは『
「はい。わかりました」
マグリットの説明に私は姿勢を正して返事をした。
「最後に『これ』を」
そう言ってマグリットは何かしらの手紙を私に手渡した。
「これは領主様に渡してくれ、内容は君が城にいる間退屈しない様に資料室などを使わして欲しいという事などが書かれている。僕からの餞別だと思ってくれ」
「ありがとうございます! 村長さん」
私は受け取った手紙を鞄の中に仕舞った。それと同時にバンッと大きな音を立ててドアが開いた。
突然の事に大人達は身構えていた。
「姐さん! よかった、まだ居たんですね」
放たれたドアからサラが此方に走って来た。サラは私を抱き締めるとポケットに手を入れて首飾りの様な物を取り出した。
「これはローに貰った『犬笛』という物らしいです。これを吹けばローの仲間が助けに来てくれるそうです」
「ありがとう、サラ」
私がそう言うと、サラはその首飾りの様な犬笛を私の首に掛けてくれた。
「姐さんが帰ってくる頃には師匠に勝てるくらい強くなってるので楽しみにしてて下さい」
サラがそう言うとお父さんがヤレヤレといった具合に肩を竦めていた。
「そろそろ2の刻になる、広場に移動しようか」
皆が一通り話を終えると、マグリットはそう述べて全員を広場に移動させた。
村の広場には幌馬車が何台か止まっており、積荷の積み下ろしをしていた。既にお母さんとトール兄さんは村に到着し、館の前で私達が出てくるのを待っていた様だ。
マグリットはお母さんとトール兄さんにトリスタンとガラハッドを紹介すると、お母さんは私の荷物を二人に預けていた。どうやらマグリットは二人が騎士という事は伏せて傭兵として紹介した様だ。そして傭兵と聞いたトール兄さんが目を輝かせながら二人に視線を送っていた。
私たちは乗せて貰う馬車の前まで移動し、トリスタンとガラハッドは荷物を積み込んでいた。
「ユティーナ、無茶はするなよ」
「うん」
「体調には十分気をつけるんだよ」
「うん」
お父さんとお母さんからそう言われて私はコクンと頷いた。
「テュール兄さんに会ったら俺の事伝えてくれよ」
「わかった」
トール兄さんは照れくさそうにそういうと、小さく『頑張れよ』と言ってくれた。
最後にお父さんとお母さんが私を抱き締めてくれた。最後の最後で泣きそうになたっが、それを必死で堪えて私は馬車へ向かった。
もう既に皆の姿は見えなくなっており、村を離れたという実感が私の中で込み上げて来た。そして堪えていた涙が頬を伝って落ちていった。
うぇーん……
私が涙を堪えていたのを知っていたのだろ二人は落ち着いた様子で私の頭を撫でてくれた。
「そうだ、ユティーナ。面白い物を見せてやろう」
トリスタンは啜り泣く私の顔を覗き込みそう述べた。
「ふぇ?」
私が何があるんだろうと顔を上げると、そこにはトリスタンではなく一人の少女が居た。
「あなたは誰?」
私の目の前に居る少女に私は尋ねた。
「私はユティーナだよ」
その少女は私が見知った声。そう私と全く同じ声で、自分の事を『ユティーナ』と言ったのだ。ユティーナと言う少女はお母さんによく似た整った容姿でお父さんの髪と同じ黒色の長い髪を肩まで伸ばした可愛らしい少女だった。
私がどうすればいいのかあたふたしていると隣から助け船が出た。
「トリスタンさん、ユティーナが混乱してますよ」
クスクスと笑いながらガラハッドがそう言うと、その少女はググっと大きくなりトリスタンになった。
「びっくりしたか? これが俺の能力『変身』だ」
「凄いですね! 今のは私になったんですか」
「ああ、そうだ」
私が目を輝かせて驚いていると、トリスタンは満更でもなさそうにしていた。
馬車は私たちを左右に揺らしながら街への道を進んでいった。
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