第31話 私の決意



 窓から射す斜陽が執務室を緋く染めていた。


 フェイリスが『瞬間移動テレポート』によって応接間を去った後、私とマグリットは執務室に戻った。


 そして私は長椅子に座り、領主からの手紙を広げて読んでいた。マグリットはというと長椅子に座って腕を組み何やら難しそうな顔をしながら考え事をしている様であった。


 暫くの間、私たちは一言も会話することなく沈黙がこの部屋を支配していた。



「ユティーナ、お父様がお迎えにいらっしゃいました」



 沈黙を破る様にデボラがドアをノックし、お父さんの到着を知らせた。



「この部屋に通してくれないか?」



 知らせを聞いたマグリットは固く閉ざしていた口を開きそう述べた。『かしこまりました』とデボラはお父さんを連れに戻った。




「どうかしたのか?マグリット」



 お父さんは不思議そうに首を傾げながら執務室に入ってきた。後ろからは服を汚したサラが一緒に入ってきた。



「サラ、先に服を着替えてきなさい」



 サラを一目見たマグリットは真っ先にそう言って、使用人を呼びサラを着替えに向かわせた。そしてマグリットはお父さんに席を勧めた。お父さんは手紙を読んでいる私を横目に私の隣に腰掛けた。マグリットは、お父さんが長椅子に座った事を確認するとゆっくりと口を開いた。



「先程までフェイリスが此処に来て居たんだ」



 そう切り出したマグリットは私を呼び戻した理由とサラが『調書』を取って帰ったという事を伝えた。



「帰り際にフェイリスは今ユティーナが読んでいる『それ』を彼女に渡して帰ったんだ」



 話の最後にマグリットはお父さんにそう述べると、お父さんは私の横からどれどれと顔を覗かせた。



「これは何なんだ?」



 ちゃんと読まなかったのだろう、お父さんはマグリットに手紙の事を尋ねた。



「領主様からの招待状だよ」



 一切の表情を変えずそう答えたマグリットとは一変して、それを聞いたお父さんの表情は見る見る険しくなっていった。そして慌てた様子で私から手紙を奪い取ると、急いでその内容に目を通していた。



「どういう事だ」


「そこに書いてある通りだよ」


「何故ユティーナが領主会議に同行する事になっている」


「それも書いてあるだろ?」


「くっ……」



 手紙から顔を上げたお父さんはマグリットに詰め寄る様にそう訊ねたが、マグリットは淡々と手紙に書いてある通りとしか言わなかった。


 よく見ると手紙を持つお父さんの手は震えていた。



「この手紙をユティーナが受け取った以上、僕たちはどうする事も出来ない」


「わかっている……」



 マグリットとお父さんはそう言うと二人とも顔を伏せた。


 渦中にあるこの手紙の内容は、領主が『流星』の目撃者である私と直接会って話をしたい。そして冬に行われる領主会議で『流星』についての話をしてほしい、それまでの間は領主の城で生活を行ってほしいというものであった。


 会合の日時は10日後である。




 私はマグリット達の会話のから「目撃者」である私がエイペスクにとって重要な人物である事を理解していた。そして領主様が藁にも縋る思いで、平民の子供である私に手紙を出した事も理解していた。



「お父さん、村長さん。私、領主様のところに行ってくるよ」



 私はゆっくりとそう述べると、お父さんは慈愛に満ちた表情で私の頭を優しく撫でた。



「にしても送迎の護衛がないのはどういう事なんだ?」


「それ程、領地に余裕がないって事だろう」



 独り言のようにボソッとお父さんがそう言うと、マグリットは溜息を吐きながらそう答えていた。



「7日後に村から街へ行く馬車が出るからそれに乗っていけば10日後の会合には間に合うだろう」


「え、馬車で行くんですか?」



 マグリットの言葉に私は思わず首を傾げた。マグリットも私の反応に首を傾げている。



「フェイリスさんみたいに『瞬間移動テレポート』は使えないんですか?」



 私がそう訊ねるとマグリットは首を振って答えてくれた。



「あれは騎士と士官の移動方法なんだ。だから君には使えない決まりになっている」



 マグリットの説明に私は成る程と手を打った。そしてマグリットは話を続けた。



「念の為に僕の方から護衛を用意しよう、ユティーナが『襲撃』されるかもしれないからね」


「俺が付いて行くから大丈夫だ!」


「トゥレイユは此処でのが最優先事項じゃないのかい?」


「くっ……」



 お父さんがそう言うと呆れた様子でマグリットはお父さんを宥めた。宥められたお父さんは悔しそうに拳を握っていた。


 移動についての話し合いをしていると着替えを終えたサラが執務室へとやって来た。そしてマグリットは私が7日後に村を出ないといけない事、春までは会えない事をサラに伝えた。



「そんな……姐さんに会えないなんて……」


「サラ。一生会えない訳じゃないよ。来年の春には戻って来るから、そしたらまた一緒に勉強しましょう。それにあと少しはこの村で一緒に過ごせるんだから泣かないで……」



 サラの瞳には薄っすらと涙が滲んでいる。



 サラ、泣かないで……サラが泣いたら私も……



 私の瞳にも涙が滲んでいたのだろう、お父さんがそっと頭を撫でてくれた。



「そろそろ帰るとするか」



 お父さんはそう言うと立ち上がり、私を抱き上げた。私達はマグリットとサラに挨拶をして、館を後にした。



 館を出ると外はすっかり陽が落ちて辺りは真っ暗になっていた。



「急いで帰るぞ」



 お父さんはそう一言いうと目を瞑ったので、私は慌てて息を大きく吸って止めた。息を止めると一緒に目を瞑ったので、気がついた時には家の前に着いていた。


 お父さんは私を下ろすと、玄関の扉を開け中に入っていった。


 お母さんとトール兄さんからは帰りが遅いと不満を言われたが、お父さんは『すまんすまん』と陽気に謝って椅子に座った。


 私も急いで椅子に座り、家族揃って夕食を食べた。



「カナー、トール。話があるんだ聞いてくれ」



 食事を終えてお母さんが食器を片付けているとお父さんは二人に声をかけて椅子に座るよう促した。


 お父さんの表情は先の陽気さは無くなっており、二人に真剣な眼差しを送っていた。お母さんもトール兄さんも其れに気がついたのであろう、ゆっくりと頷き椅子に座った。



「実は今日帰りが遅くなったのは『これ』が原因なんだ」



 そう言ってお父さんは私が受け取った手紙を食卓に広げた。まだ文字が読めないトール兄さんは手紙が何かわからず首を傾げていた。


 お母さんはというと目の前にある羊皮紙が手紙である事を理解している様だった。



「この手紙がどうかしたの? テュールからの手紙?」



 お母さんは手紙に向けていた視線をお父さんに向けてからそう訊ねた。



「これは『領主様からの手紙』だ」


「どういうことなのトゥレイユ?」



 お母さんは驚いた様にお父さんに再度訊ねた。そしてお父さんはこの手紙の事をお母さんとトール兄さんに説明した。



 …………。



 お父さんの説明を聞いたお母さんは言葉を失い、トール兄さんは唖然とした様子で私の事を見ていた。



「村長さんからエイペスクが大変で、領主様が困っているっていう話を聞いたの。だから私は領主様に会って、領主会議に行ってくる」



 私がそう言うとお母さんは私の側までやって来て優しく抱き締めてくれた。トール兄さんはギュッと唇を噛み締めて拳を握っていた。



「来年の春には戻って来るから、心配しないでお母さん」



 私は泣きそうになるのを堪えながらお母さんにそう言うとお母さんは顔を上げて頭を撫でてくれた。


 その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。



「この話はお終い。さあ二人とも寝なさい」



 お母さんはそう言うと、私とトール兄さんを寝室へ向かわせた。


 私とトール兄さんは其々のベットに入り横になった。暫くするとトール兄さんが私に声を掛けてきた。



「なあユティーナ」


「何? 兄さん」


「俺もユティーナみたいに強くなるから。来年、楽しみにしてろよ」



 トール兄さんは振り向く事無く、私に背を向けたままそう述べた。



「うん。楽しみにしてる」



 私がそう言うとトール兄さんはそれ以上何も言わなかった。皆の優しさを思い出して泣きそうになるのを堪えながら、私の意識は徐々に沈んでいった。




 ふと夜中に目が醒めるた。


 普段、夜中に目を覚ましても窓から星明かりが見えるのだが、今夜は部屋が明るかった。


 目を擦り辺りを見回すと、どうやらドアの隙間から灯りが漏れている様だった。お父さんとお母さんのベット見るとお母さんが寝ているのが確認できた。


 私はそっとドアの隙間から隣の部屋を覗くと、食卓に置かれた蝋燭の前でお父さんが一人、お酒を煽っていた。


 背中しか見えなかったが、一人お酒を煽る姿はとても悲しげに見えた。


 その姿を見た私は、静かに自分のベットに戻った。


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