第30話 領主の手紙



 颯爽と去って行くサラとローを見送り私は館に脚を向けた。



 コンコンコン……



 私はノックをしてから執務室のドアを開いた。しかしマグリットは執務室に居らず、代わりにデボラが私を呼びに来た。



「ユティーナ、こちらです」



 私はデボラに執務室とは別の部屋へと案内された。どうやらマグリットは応接間で来客と話し合いを行っているらしい。



 コンコンコン……



「ユティーナが戻りました」



 デボラが先に応接間に入り、マグリットに私の到着を報告し、私はその後に続いた。


 初めて入る応接間は、執務室と内装は殆ど同じであり。部屋の中央に少し大きめな豪華な机とその両脇に長椅子と二脚の椅子が向かい合うように配置されていた。


 そしてマグリットは椅子に、来客であろう綺麗な女性は長椅子に腰掛けていた。



「村長さん、只今戻りました」


「うむ、呼び戻してすまなかったね」



 私の報告にマグリットは頷き、隣の椅子を勧めた。私は言われるがまま椅子の前まで行き、デボラに座らせて貰った。



「紹介しよう、士官のフェイルスだ」


「マグリットさん、いいんですか?」



 マグリットは私が椅子に座ると来客の女性を紹介してくれたが、フェイルスと言う女性は何やら慌てた様子であった。



「大丈夫だよ、彼女は僕のを知っているから」



 マグリットの言葉にフェイルスは安心しと様子で胸を撫で下ろしていた。



「はじめまして、ユティーナです」



 私がフェイルスに自己紹介すると、『はじめまして』と微笑んでくれた。



 あ、会議の時の士官さんだ。



 私は彼女の事を思い出した。


 フェイルスは村の会議に来ていた士官であった、その日は要件を述べると直ぐに帰ってしまったので、どういう人かハッキリと覚えていなかった。


 彼女の容姿はセミロングの髪型に眼鏡を掛けた優しそうなお姉さんの様な雰囲気の女性であった。



「先まで何をしてたんだい?」



 マグリットが先まで私とサラが何をしていたのか訊ねてきたので、サラがお父さんに弟子入りした事とその際にお父さんに回し蹴りしていた事の旨を伝えたところ、マグリットは頭を抱えていた。



「相変わらず娘さんに手を焼いているんですね」



 私とマグリットの遣り取りをクスクスと笑いながらフェイルスはそう言った。


 トリスタンもその様な事を言っていた所を見ると、マグリットが娘に手を焼いているという事は周知されている様だ。


 マグリットは咳払いをすると気を取り直した様に話を始めた。



「実は『流星』の件でフェイルスが直接君の話を聞きたいと言うので、君には戻って来て貰ったんだ」


「『赤い流れ星』の話ですね。わかりました」



 マグリットの言葉に私が相槌を打つと、フェイルスは鞄の様な袋から羊皮紙とペンを取り出して準備を始めた。



「では、お願いします」



 フェイルスはそう述べ、私へと視線を向けた。




 私は昨日マグリットに話した内容と同じ事をフェイルスに話した。彼女は私の言葉を一つ一つ丁寧に書き留めていた。



「何故報告がこの時期になったのかを教えて貰えるかな?」


「はい。その赤い流れ星を見た直後に私は倒れてしまって、3日間意識を失っていたみたいです」



 フェイルスの問いに私がそう述べると、彼女は不思議そうに首を傾げた。



「何故、その日に倒れたのかな?」


「元々体が弱かったんですが、その日はその後トール兄さんに探検に連れまわされたからだと思います。意識を失ったのも森の中にある洞窟の中だったので、気がついた時には家のベットで寝かされていました」



 成る程、と納得してくれた様子でフェイルスは顔を上げて、私に視線を送った。



「最後に、今回の『調書』とは関係ないのだけど、ユティーナは何歳なの?」



 フェイルスは何か可笑しなモノを見るような目でそう訊ねた。



「6歳です」



 私が淡白にそう答えると、フェイリスは目を丸くして驚いていた。


 どうやらフェイリスは年端もいかない少女が質疑応答を淡々と熟している姿を異常に感じている様だった。そして彼女はマグリットに説明を求めるように視線を送った。



「ユティーナは能力者だよ」


「どういう事ですか!?」



 紅茶を啜りながらそう答えたマグリットに、フェイルスは声を荒げていた。


 やはり平民から能力者が出るという事がとても珍しいらしく、信じられないっという表情で彼女は私を見つめていた。



「ユティーナはトゥレイユの娘だからね」


「トゥレイユさんの……通りで……」



 マグリットの言葉に納得したようにフェイリスが頷いた。そしてマグリットは話を続けた。



「彼女はトゥレイユや僕の素性を自力で調べてていたんだ。それに今は僕の仕事を手伝って貰っている」



 ティーカップをそっと置いたマグリットはそう述べるとフェイリスは言葉を失っていた。


 暫くの間、呆然とした表情をしていたフェイリスだったが、ハッと我に返った様子でマグリットに視線を送った。マグリットとフェイリスは視線を交わすとフェイリスはゴクリと生唾を飲み込んだ。



「まだ確かではないけどユティーナの能力は『思考強化インテリジェンス』だと思われる。彼女自身も士官を志している様だから、7歳になれば『士官見習い』として正式に僕の補佐に指名する予定だ」


「そうなんですね」



 マグリットとフェイリスは時折私に視線を送りながら話を続けた。二人で盛り上がっている様なので私はデボラに淹れて貰った紅茶を啜っていた。



「そうそう、僕の娘のサラもユティーナと同じ歳で騎士を志している様だ。今はトゥレイユの所で特訓しているそうだ」


「サラも能力者だったんですか!?」



 ………。



 それから暫くは私とサラの話で二人は盛り上がっていた。フェイルスはマグリットの話に終始驚いていたので、話が一段落すると少々疲れた様子で紅茶を啜っていた。



「あ、そうそうユティーナにこれを」



 フェイリスは思い出したように、先程の袋から手紙を取り出し私に手渡した。何だろう? と、私はフェイルスから手紙を受け取った。



 うっ……



 手紙を受け取った瞬間、見た事もない男性の姿が頭に浮かんだ。


 その男性は手紙を書いており。それと同時にエイペスクの現状への『焦燥感』や私への『期待』が私の中に伝わってきた。


 ハッと我に返った私はその手紙に視線を落とした。



「その手紙は領主様からの招待状です」


「何ッ!?」



 フェイリスがその手紙の差出人が領主であることを述べると、マグリットは大声を上げて立ち上がった。



 ああ、あの男の人が領主様なのか。



 私が一人で先程の事を納得していると、二人が何やら言い争っている。



「どういう事だ、これは事実上の招集命令だぞ」


「彼女は『事件』の『重要参考人』です。領主様は領主会議の際に彼女を証人として連れて行くお考えです」


「ユティーナはまだ6歳だ、領主会議は荷が重すぎる。僕が代わりに……」


「ダメです。領主会議がそれを認めません」



 どうやら領主様が私を会議に参加させる為に手紙を寄越したらしい。



「次の会議まで彼女は城で『』して貰う予定です」


「それは『』の間違いじゃないのかい? 別に城じゃなくてもこの村にいれば当分の間は安全じゃないかい?」



 マグリットは何時にも増して険しい表情でフェイリスと話をしている。



「会議が近づけば『』の危険性が上がります。情報が少ない内に城へ移動し会議まで『待機』している方が危険性は低いと領主様はお考えです」


「確かにな……」



 フェイリスの説明にマグリットは腕を組みながら渋々といった表情で頷いていた。



「それに私が直接手紙を持って来ているという事をご理解して下さい」


「わかった」



 フェイリスの言葉に納得した様子でマグリットは頷いた。



「あの……それってどういう事なんですか?」



 私は手を上げて二人の会話を遮った。



「彼女の能力は『瞬間移動テレポート』だ、彼女は領主様から直接手紙を受け取り、君に直接手渡している。通常手紙は届くまでに幾人かの人の手に渡る、その際に情報が漏洩する可能性がある。しかし今回は領主様と君の間には彼女しか介していないんだ、つまりこの事が最重要案件であるという事を指しているんだよ」


「わかりました」



 私の質問にマグリットは丁寧にそう答えてくれた。そして話が終わるとフェイリスが口を開いた。



「詳しい内容は手紙に記載されていますので、宜しくお願いします」


「ああ、了解したよ」


「それでは失礼しますね。ユティーナまたね」


「はい」



 フェイリスはそう言って手早く荷物を片付けると、その場から消えてしまった。

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