第27話 家族会議
美味しそうな香りが鼻腔を刺激する。
窓からは優しい灯りが漏れており、お母さんとトール兄さんは既に帰宅し夕食の準備をしているのだと伺える。
そして、見上げれば先の悪天候が嘘の様に夕陽が空を茜色に染めている。
「ゲホッ、ゲホッ……」
しかしそういった、哀愁に満ちた情景を叙情的な心で捉えれる程、今の私には余裕がなかった。
「だから息を止めていろと言っただろ」
呆れた様子でお父さんは私にそう述べた。
執務室での話の後、私はお父さんに抱えられて館を後にした。
お父さんが騎士であり能力者である事は先の話で知った事もあり、お父さんは今日の事を包み隠さず教えてくれた。
「最初はユティーナを館まで連れて行ってから、もう一度戻るつもりだったんだがな。奴は此方に気付いていた様で真っ直ぐに向かって来てたんだ」
「え? お父さんにはもう見えてたの?」
あの時、私には森の奥の方で木がなぎ倒されている音が聞こえていただけだったが、お父さんには『悪魔』が既に見えていたらしい。
「ああ、俺の能力は『
どうやらお父さんの能力者は筋力以外も強化出来る能力らしい。
何というか、能力者と言うより『超人』と言った方が良いと思う……
「そういえば、さっきお父さんは『村まですぐに行ける』って言ってたけど、どれぐらい速いの? 今日、『大きい狼』のローに館まで乗せて貰ったんだけど、ローよりも速い?」
私の言葉にお父さんはムッと顔を強張らせた。
「その『ロー』ってのがどんな狼か知らんが、動物如きに負けるはずが無い。試してみるか?」
どうやら私はお父さんの闘争心に火を付けてしまった様だ。私の返事を聞かず、お父さんは目を瞑った。そして目を開くと私の顔を覗き込んだ。
「ちょっとの間息を止めているんだぞ」
「え? どうい……」
私が理由を聞こうと口を開いたと同時に身体に感じた事の無い重力が掛かった。まるで『ジェットコースター』に乗っているかの如く、周りの景色がどんどん後ろに流れて行く。
息が……出来ない……
気が付いた時には家の前に着いていた。
「どうだ! 速かっただろ?」
私を降ろしたお父さんは、両手を腰に当てて得意げに鼻を膨らましていた。
時間にして僅か5秒程の出来事だった。急激な加速とそれに伴う圧力で私は呼吸する事が出来なかった。
「ゲホッ、ゲホッ、速かったよ…」
私は涙目になりながらもお父さんに向かってそう応えた。
……うん。今度からお父さんと関わる時は十分に注意しよう。
私はひっそりと心の中で決意した。
家に入る直前、お父さんは振り返って屈み私と目線を合わせた。
「俺が騎士ってのは秘密だからな、カナーには農夫と村の兵士をしているって事にしているから、今日の事は俺が上手く誤魔化す。ユティーナは何も喋るんじゃないぞ」
声を潜めて囁く様にお父さんはそう述べた。
「うん。わかった」
そう言って私はコクンと頷いた。すると玄関の扉が開き、お母さんが家の中から顔を覗かせた。
「二人とも、玄関で何をこそこそやっているのかしら?」
「やあカナー、帰りが遅くなってすまんな。村長に捕まってしまってな」
突然現れたお母さんに、お父さんは直様立ち上がり取り繕うように弁解した。
もう既に夕食の準備は終わっている様で、玄関から見える食卓には食事が用意されており、椅子に座ったトール兄さんが此方の様子を伺っている。
「早く夕食にしましょう。今日の事は後でゆっくり聞かせて貰います」
お母さんはそう言うと家の中へ戻って行った。後を追う様にお父さんと私は家の中へ入って行った。
夕食のメニューは相も変わらずスープと堅いパンだった。私はいつもの様に堅いパンを一口サイズに千切ってからスープに浸して食べていた。
「ユティーナ、緊急避難の連絡は聞こえなかったの?」
「うん……」
お母さんの問いに私はコクンと頷いた。
「ここは村から一番遠いからな、もしかしたら連絡が届かなかったのかもしれんな」
そう言ってお父さんは私のフォローをしてくれた。
「心配かけてゴメンなさい」
「無事だったから、いいのよ」
私が謝罪するとお母さんは優しく頭を撫でてくれた。
「そうそう、家の外に木が薙ぎ倒されていたけど、あれは何?」
「ああ、あれか」
お母さんの問いにお父さんは今日の経緯について説明した。
今日の緊急避難の連絡は『凶暴化した動物』が山らか降りて来たと言うもので、家に残っている私を迎えにお父さんは館から家まで『走って』戻ったらしい。
家に戻ると私の姿はなく、寝室に洗濯物が乱雑に積み重ねられているのを見つけ私が外に居る事を察したお父さんは急いで玄関に向かった。
そこで洗濯物を取り込んで戻って来た私を見つけて、一緒に村まで戻ろうとした。
しかし、『動物』は家のすぐ側まで降りて来ており、これ以上村に近づけるのは危険だと判断したお父さんは、私に一人で村に行く様に言付け、『動物』の進行を食い止めようとした。
その際、村長への『応援要請』を私に託したという事であった。
「話はわかったわ。トゥレイユ、貴方が村の兵士として緊急時は頑張ってくれているのは知っているけど、無茶はしないでね」
「ああ」
お母さんは心配した様子でお父さんと話をしていた。
「父さんって兵士だったの!?」
トール兄さんはお父さんが『村の兵士』である事は知らなかった様だ、とても驚いていた。
「私も村長さんに言われるまで知らなかったよ。何で教えてくれなかったの?」
……『村の兵士』じゃなくて『領地の騎士』だけどね。
私はトール兄さんに相槌を打って、わざとらしくお父さんに訊ねた。
「緊急の時だけだからな、普段から兵士をしている訳じゃないからわざわざ言う必要はないだろ?」
お父さんは肩を竦めてそう答えた。
トール兄さんはお父さんが兵士である事に興奮して、幾つかお父さんに質問をしていた。もしお父さんが『騎士』だって知ったら、卒倒してしまいそうな勢いである。
そしていつの間にかトール兄さんは、明日からお父さんに稽古を付けて貰う事を約束していた。
トール兄さんのお願いにお父さんも満更でもなさそうであった。
お父さん、程々にね……
私は先の事を思い出して、トール兄さんの事を憂いた。
難なくお母さんとトール兄さんへの報告が終わる頃には私の視界は徐々に霞んでいっていた。
今日は沢山走ったり、色々な事があったからね……
私はパンを握りしめたまま、眠りについた。
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