第23話 応援要請



 ハァ……ハァ……ンッグ……



 私は息を切らしながら村への道を全力で駆け抜けた。村までお父さんの足なら半刻掛かる。


 でも、このペースで走ればもうすぐで……



 ……ッ!



 私は普段から日常生活以外で必要最低限の運動しかしていない。その附けが、この緊急事態に回ってきた様だ。

 私の気持ちとは裏腹に身体は悲鳴を上げていた。



「痛っ……」



 私は足が縺れてその場に転倒してしまった。そして、転倒した際に両膝を擦り剥いた様だ、激痛が身体に走る。



「うぅ……」



 両膝の怪我と疲労感で私は心が折れそうになった。しかし私は一刻も早くマグリットにお父さんからの伝言を伝えなければならない。


 私はゆっくりと立ち上がり、拳を握りしめた。



「あとちょっと…」



 自分を鼓舞する様に一言呟くと、私は再び脚を前に進めた。



 ザザ……ザザザ……



 走り始めると、遠くの森から『』が猛スピードで此方に向かって来ていた。私は身の危険を感じたが、一刻も早く村へ行かなければならない。



 お願いだからこっちに来ないで……



 私は天に祈る様に『何か』がそのまま通り過ぎるのを願った。



 ザッ……ザザザッ……



 『何か』が近づいてくる音は次第に大きくなる。



 お願い……



 ザザッ……



 しかし、私の希望は虚しくも散ることとなった。



「ハッ、ハッ、ハッ…」



 突如、私の眼の前に『大きな狼』が現れた。



「嘘でしょ…」



 その狼は私が知る狼よりも遥かに大きく、毅然とした姿勢で私の前に立ち塞がった。私は絶望の淵に立たされた。どう考えてもこの状況から逃げられる術を見出せない。


 私が諦めかけた、その時。



「姐さん!」



 どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。私が辺りを見回すと狼の背中の辺りからサラが顔を出した。



「え? サラ?」


「姐さん探しましたよ!」



 サラが狼に何か話すと、狼はその場に伏せてサラを地面に下ろした。



「兄貴に様子を見に行って貰ったら、姉さんは避難の事を知らなかった見たい……姐さんその傷はどうしたんですか!?」



 サラは事情を説明してくれていたが、先ほど盛大に転倒した時にできた擦り傷を見て驚いていた。



「ああ、これはさっき転んだんだ。それよりも……」



 私は擦り傷は大した事ないと説明しつつも、『大きな狼』に視線を送った。



「彼は『ロー』。私の友達なんです」


「ロー……」



 私が彼の名を呼ぶと『大きな狼』は尻尾を振って私に視線を送った。



「『よろしく』って言っています」



 サラはそう言うとニッコリと微笑んだ。



「……サラ、私は急いで村長さんに会わないと行けないの。私もローに乗せて貰ってもいいかな」



 サラの笑顔とは対照的に思い詰めた様な表情の私を見たサラはローに振り返った。



「いいそうです!」


「ありがとう、ロー」



 私がそう言うとローは尻尾を大きく振った。



「じゃあ私に掴まって下さいね」



 そう言うとサラはローの背中に乗りローの首に掴まった。サラは軽々とローの背中に乗る事が出来たが、私の身長では背中に自力で乗る事が出来なかった。するとサラは手を出して私を引き上げてくれた。



「行きますよ」



 サラがそう言うとローは体を起こし、颯爽と走り始めた。私は振り落とされない様に必死でサラにしがみついた。




 気が付くと館の裏口の前に到着していた。本当にあっと言う間であった。私はサラにローから降ろして貰うとローにお礼を言った。



「ありがとう、ロー。本当に助かりました」


「『お安い御用だ』って言ってます」



 ローは大きく尻尾を振っている。そして体を起こすと、森へ走り去って行った。私達はローを見送ると直様館の中に入って行った。




 館の中は騒然としていた。全ての村人が館の中に避難しており、広い筈の館のエントランスには人で溢れかえっていた。

 入り口の付近に視線を送るとお母さんがトール兄さんと一緒に祈る様に館の入り口で座り込んでいるのが確認出来た。



「お母さん!」



 私は思わず大きな声を出してしまった。お母さんはハッと顔を上げると辺りを見回した。お母さんは、私の姿を確認すると直様走り寄ってきた。



「ユティーナ!」



 お母さんは私を力一杯抱きしめる。



「ごめんなさいね。一人で家に残してしまって……まあ全身ボロボロじゃない」


「大丈夫だよ」



 私がそう言うと、お母さんは辺りを見回した。



「トゥレイユは……」


「お母さん。私、今すぐに村長さんの所に行かないといけないの。戻ったらちゃんと事情を説明するから」



 私がそう言うと、お母さんは納得した様に私を見送ってくれた。




 コンコンコン……



 私は執務室のドアをノックした。執務室のドアを開けると、ソワソワと執務机の周りを彷徨くマグリットがいた。



「ユティーナ! どうしたんだい?」


「村長さん、すぐに応援を呼んでください」



 マグリットは、私の姿を確認すると此方にやって来た。そして、私の言葉に目を丸くした。



「どういうことだい?」


「お父さんからの伝言です。『俺じゃ対処しきれないから、マグリットに応援を要請してくれ』っと」



 その言葉に更にマグリットは驚いていた。しかし、マグリットはそのまま口を閉ざしてしまった。


 しばらくの間、執務室は沈黙に支配されていた。



「お父さんは『宙に浮いた人』から私を逃がしてくれました」


「なんだって!?」



 沈黙を破るように私がそう述べると、マグリットは慌てた様子でこめかみに掌を当て、目を瞑り始めた。



「場所は君の家の周辺かい?」


「はい」


「わかった」



 そう言うとマグリットは再びこめかみに掌を当て、目を瞑った。



「これで大丈夫だ」



 そう言うとマグリットは長椅子に腰掛けた。そして私達にも長椅子に座る様に促した。



「詳しい話を聞かしてくれるかな。サラ、ユティーナ」



 マグリットは真剣な表情で私達に視線を送った。


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