第22話 雷雲が連れてきたモノ



 ゴロ……ゴロゴロ……



 次第に雷が鳴る音は近づいている。風も強くなってきているのだろう、窓はガタガタと音を鳴らしている。


 お母さんは洗濯物を外に干したまま出掛けているので、このままでは折角乾いた洗濯物が飛ばされたり雨に濡れてしまう。そう思った私は玄関を出て洗濯物を取りに向かった。


 その際に村へと続く道にチラリと目をやったが未だに人影は見えない。



 まだ掛かるのかな……



 人里離れた場所にある私の家には大人が歩いて村から半刻は掛かる。雷雲が見えてから村を出ても、もう少し掛かるだろうと自分を納得させて、洗濯物を取り込む。洗濯物は私では一回で運べないので数回に分けて運ぼうと手に持てるだけの洗濯物を抱えて家の中に入る。そして、とりあえず今は私のベッドに集めておこうと、投げ捨てる様に積んでいく。



 早くしないと雨に濡れちゃうよね。



 私が急いで次の洗濯物を取り込んでいると、村の方向からリュウが飛んで来た。リュウは頭上で旋回したのちに、私の右肩に止まった。


 普段は私の家の周りでは姿を現さないのにどうしたのだろうか?



「ピヨピヨ、ピヨ」



 何やら私に伝える為にやってきた様だ。



「ごめんなさい。私じゃ何を言ってるかわからないの、今は洗濯物を取り込んでるから邪魔しないでね」



 私が申し訳なさそうに言うと、リュウは村の方に飛んで行ってしまった。



 何が言いたかったんだろ? あ、今日は館に行かなかったから、サラが心配してリュウを遣したの……



 バキバキバキ……



 突然、森の方から木が折れる様な音が聞こえて来る。その音は枝が折れる様な軽い音ではなく、幹が撓り折れる様な重たい音であった。



 ギィ………ドンッ……!



 地響きと共に木が倒れる音が聞こえて来る私は身の危険を感じ急いで家へ向かった。すると家の中からお父さんが現れた。



「ユティーナ、何処に行ってたんだ!」



 私を探していたのだろうお父さんは凄い剣幕で私を怒鳴った。驚いた私は、安心感と何とも言えない恐怖が内から溢れ出し、涙が溢れてきた。



「ご……めん……な……さい……」



 私はポロポロと涙を溢しながら、お父さんに謝った。直様お父さんは私を抱き上げ、慰めてくれた。



「心配したんだぞ……」



 そういったお父さんは肩で息をしていた。此処まで走って来てくれたのだろう。そして私が抱えていた洗濯物は涙と鼻水でグショグショになっていた。


 暫くして落ち着いた私にお父さんは状況を説明してくれた。どうやら村長から緊急避難の連絡があったらしく、村の皆は村長の館へ避難しているそうだ。


 お父さんとトール兄さんは連絡を受けて館へ向かったが、そこには私の姿はなく私を迎えに行こうとするお母さんとそれを止める村人たちが居たそうだ。そこで初めて、私がまだ家にいる事を知ったお父さんは走って迎えに来てくれたらしい。



「急いで村に戻るぞ」



 そう言ってお父さんは私を抱き上げる手に力を入れた。私も振り落とされない様にとお父さんにしっかりしがみつく。しかし、家から数歩歩いた所でお父さんは歩みを止めた。



「チッ……」



 急に舌打ちをした父さんは私を降ろし、屈んで私と目線を合わしてからゆっくりと口を開いた。



「ユティーナ、村へは一人で行くんだ。一度は一人で行っているだろ? 大丈夫だ出来るだけ急いで村へ行きなさい」


「え、何で? 私が歩くよりお父さんの方が速いよ?」



 私がしがみついたのがよくなかったのだろうか、お父さんの態度の急変に私は戸惑った。



「ダメだ。俺は行けない」



 そう言うとお父さんは立ち上がり、先ほど音がした森の方を向いた。



「早く行きなさい」



 お父さんは振り向かず、一点を見つめたまま視線を外さない。



「何で? お父さん、一緒に行こうよ」


「我儘を言うんじゃない!」



 バキバキバキ……



 お父さんは振り向くと私を一喝したが、また木が幹から折れる音が聞こえ直様視線を戻した。暫く沈黙したお父さんは再び口を開いた。



「多分俺一人では対処しきれない、出来るだけ早くマグリットに会って、応援を要請してくれ」


「え……どういう……」



 私が理由を聞こうとすると、お父さんは真っ直ぐに私を見つめていた。先ほどから木が折れて倒れる音は徐徐に此方に近づいて来ている。


 状況を察した私は言葉を呑み込み、コクンと頷いた。そして、私は意を決してその場から走り出した。




 バキバキバキ………ギィ………ズドンッ……!



 私がその場を離れた直後、家のすぐ側の木が折れて倒れた。地面を出来る限り強く蹴りながら、私は後ろを振り返った。



 何、あれ……。



 私の視線の先には足が宙に浮いた『人』が森から姿を現していた。しかしその『人』は頭と両腕をダランと力なく降ろしていた。


 まるで『操り人形』が紐で吊るされているかの様に……



 あれはヤバイ……



 私はその場を離れる為に出来るだけ強く地面を蹴り、出来るだけ前に脚を出した。すると、森から姿を現した『人』は急に動きを止めた。そして、ゆっくりと顔を上げた。



 ひぃッ!



 私は顔を上げた『人』の目を見て悲鳴を上げた。その目はを剥いていたのである。


 そして、まるで獲物を見つけたかの様に私の方にじっと視線を送っていた。



 ザッ……



 お父さんは私をその『人』から隠す様に、私とその『人』の間に入った。私は走りながらも何度かお父さんの背中に視線を送った。お父さんの姿が見えなくなるまで、その背中は動くことは無かった。



「お父さん大丈夫だよね?」



 私はお父さんの身を案じながらも、村への道を全力で駆け抜けた。


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