第21話 自宅調査



 いつになったらあの蜘蛛の巣は掃除するんだろう……



 私は天井の隅にある蜘蛛の巣を凝視していた。もうそろそろ家族の皆は朝食を終えて、家を出る頃だ。



「ユティーナ? 今日はゆっくり休むんだよ。用事が済んだら直ぐに帰って来るからね」


「うん。わかった」



 今日お母さんは村へ買い物に行くらしく、私を心配して声を掛けてくれた。


 私は昨日の出来事を受けて様々な事を考えた。その結果、私は熱を『』。



 バタンッ



 玄関の扉が閉まる音がした。その後、家の中には静寂が訪れた。



 ……よし。



 私は身体を起こし、ベッドから出る。


 昨日の館からの帰り道、お父さんの背中の中で考えていた事を調べる為には今日で無ければならなかった。もし昨日お父さんが差していた『剣』が私が先日倉庫で見つけた物ならば、今日此処にはない筈なのだ。


 昨日のマグリットの反応を見れば、あの『剣』はお父さんの物でほぼ間違いない。それに『エイペスクの変遷』を調べれば『石柱』についても解るかも知れない。『賢者の守り石』が何の役割をしているのか、守護者は何故『石柱』を守っているのかが書かれている可能性がある。


 今日、マグリットの館に行けば倉庫を確認するタイミングも資料を読む時間も無くなってしまう。



 お母さん、ごめんなさい……



 心配してくれているお母さんに罪悪感を感じながらも私は玄関を出て、裏の倉庫へ向かう。


 湿気を帯びた風が私の髪を弄んで、髪を乱した。ムッとなった私が空を睨むと酷く重たそうな雲が山の方向から此方に向かって来ていた。


 倉庫の中には変わらず干し草が積み上げられている。私は先日と同じように干し草の中を掻き分けて『剣』を探す。



 カサカサ……



 えっと……この辺だった様な……



 カサカサ……



 カサカサ……



 ……ない。



 暫くの間、干し草の中を探して回ったが、一向に『剣』は見つからない。やっぱり、昨日お父さんが腰に差していた『剣』は此処にあった物だ。



 私の予感は確信に変わった。



 私は倉庫を出て家に戻ると、石板と石筆、そしてマグリットから借りている『資料』を食卓に広げ自分の椅子に座った。


 この『エイペスクの変遷』という資料は、『和の賢者』である『イース』についての記述が主であった為、当初私が調べていた『大きな石』についての記述、つまり『魔女』との戦争については割愛されており然程重要な資料だとは認識していなかった。


 故に文読みの練習程度にしか考えていなかった。


 しかし、『石柱』、リュウが言う『賢者の守り石』の存在が明らかになった今、私の中で最重要の資料であると位置づけている。この資料を読み進めれば、『石柱』の役割を知る事ができ、守護者との関係も浮き彫りになって来るだろう。


 そうすれば、何故お父さんは私たちに『剣』を隠していたのかもわかるかもしれない……


 私はゆっくりと視線を資料に落とす。




 『世界の崩壊』の後、世界を統治する為に『賢者』達は始まりの場所から世界に散り散りになった。


 『イース』は故郷でもあるこの地に舞い戻り、独自に統治を始める。『エイペスク』と名ずけた此の土地に、イースは『和の賢者』としての能力を最大限に高める為の施しを行った。イースはその施しを駆使して、農業、酪農、狩猟に適した土地を選別し開拓を行った。


 当時からイースは人々との『対話』を重視して、様々な情報のやり取りを行っていた様だった。因みに、現在の首都であるエイペスクは当初イースが住まう家が一軒あっただけだそうだ。そして此の地が安定し始めた頃、寿命により賢者である『イース』は天に召されてしまう。


 その後はイースの名を継いだ『弟子』が此の地の統治も引き継ぐ事となった。名を継いだイースは先人の『和の賢者』であるイースよりも能力は劣ったが、和の賢者の施しにより統治に支障を来す程では無かった。当時のエイペスクの主要産業は農業・酪農であったが、情報の共有が盛んになる事により商業が次第に発展するようになった様だ。そして、首都であるエイペスクは物流の中心地として街へと発展していった。


 始まりの場所での会議後、イースはエイペスク領の領主として任に就いたが、イースの名を継いだ時から行っている事と然程変わりはなく、順調に新体制へ移行していった様だった。しかし、次第に広がる領地と多くなる領民をイースだけでは統制する事が難しくなってきた為、『騎士』と『士官』という制度が考案された。


 『騎士』は領地内で起こる問題の解決をする組織、一方『士官』は領地内の情報を集めて領主に報告する組織として、その当時までイースが一人で行ってきた役割を組織に割り振りし、領主の補助として領地の統制を密に行った。


 当時、魔女との戦争の最中であり他領からは魔女と呼ばれる者が逃亡しエイペスク領に侵入する事が多かった様だったが、直様士官に発見され騎士に排除されていたらしい。


 戦争についてはエイペスク領内が平和であった為、イースは積極的に参加はしなかった様だ。その一方で戦争の早期終結を願うイースは各領土に物資を送ったり、士官の情報網を共有するなどの支援は行っていたらしい。


 その際に領主の役割を補助する『騎士』と『士官』の制度が注目され各領土に広がり採用された様だ。結果として、『士官』の情報網と『騎士』の初動の速さが全領地で次第に機能していき、戦争は終結したらしい。




 ゴロゴロゴロ……と遠くの方で雷が鳴る音が聞こえた。


 ふと、気が付いた時には家の中は暗くなった。蝋燭は食卓に置いてあるが私一人では火をつける事が出来ないので、仕方なく私は資料から顔を上げる。



 もうすぐ雨なのに皆帰って来るの遅いな……



 周りを見渡した私は、不安を抱えながら皆の帰りを待った。


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