第18話 兄貴と呼ばれる小鳥
私は今までの価値観を根底から覆しかねない事態に遭遇している。その原因となっているのが、サラに兄貴と呼ばれているこの『小鳥』である。
最初はサラのペットだと思っていたのだがそうではないらしく、寧ろサラの方がこの小鳥の『舎弟』になるらしい。サラの部屋への『呼び出し』もサラが私を呼んだのではなく、この小鳥が私を此処へ呼び出した様だった。
「えっと、じゃあ小鳥さん? を何て呼べばいいの?」
『俺はネズミワシのリュウだ。リュウでいい』
「ワシってあの『鷲』の事? 『雀』じゃないの?」
『バッキャロウ。あんな小鳥と一緒にするんじゃねぇ。俺は歴とした猛禽類だ』
先ほどからピヨピヨと鳴いている小鳥は自分の事を『鷲』だと言い張っている。もう何から突っ込んでいいのかわからないので、そう言う事にしておこう。
「そのネズミワシのリュウが私に何の用なの?」
『此奴は俺の舎弟なんだ。だから此奴の悩みを解決するのも兄貴である俺の役目でもある』
「それで、サラの悩みって何なの?」
『お前だよ』
「え!?」
思わず私はサラの顔を見た、するとサラは私から視線を外した。
どういう事?
何が何だかわからないので、私はリュウに詳しい話を聞く事にした。
リュウの話によると……
ある日、高熱を出したサラはベットで寝ていたらしい。そこへ偶然、窓際を通りかかったリュウが『大丈夫か?』と気まぐれで声を掛けたらしい。するとサラはリュウの言っている『言葉』を理解する事が出来たらしく返事をしたそうだ。
今まで自分の言葉を理解できる『人間』はいなかったので、嬉しくなったリュウは『元気になったら外を案内してやるから、早く良くなれよ』と言ってその日は帰ったらしい。
後日、リュウは体調が良くなったサラと約束通り、館の裏にある森を案内したそうだ。館から出る事の少ないサラは、自分の知らない世界に感動したらしい。サラは知らない事を教えてくれたリュウを『兄貴』と呼び、リュウの『舎弟』になった。
それから毎日、サラはリュウからこの世界の事、礼儀や言葉使い、体を鍛える方法を教えて貰っていたらしい。
そして先日の会議の日、私が館へやって来た。友達がいないサラは同年代の私と友達になりたいと思い、その機会を伺っていたらしい。
ところが、リュウは以前から何か異変がある度にサラにそのことを知らせていたらしく、その日も村に訪れた異変をリュウはサラに知らせたらしい。
村の一大事に、サラはその状況を知らせようと、父であるマグリットに会おうと思ったらしい。しかしマグリットは会議中だったので面会は断られ、サラは大暴れしたらしい。会議を終わらせたマグリットは大慌てでサラに会いに来てはくれたらしいが、結局相手にされず話を信じて貰えなかったようだ。
そして、その日はその後騎士が来たり、周辺の山が崩れたりで、結局サラは私と接触する機会を失ってしまったらしい。
その事をリュウに相談したところ、まずは第一印象が重要だという事で、次に会うときは相手に舐められない様にする事、そして向こうから挨拶に来るまで待つ事が大切だとリュウが教えたらしい。
そして数日後、私はもう一度、館にやって来た。サラはリュウに教えられた事を忠実に守り、私からの挨拶を待っていた様だ。更に、リュウは私がどういう人間か知る為に、その日は私を家まで跡をつけたらしい。
次の日も、その次の日も、私は館にやってくるが、一向にサラの元にはやって来なかった。
その事をリュウに相談したところ、『じゃあ此処に連れてこい』っという事になったらしい。
…………。
ほぉ……
大体の事情は把握することが出来た。と同時に、抑えられない感情が体の奥深くから湧き出してくる様だった。
全ての元凶はこの『鳥』にあったのだ。未だに『ピヨピヨ』と何やら私に説教しているこの『鳥』を私は乱暴に掴んだ。
私の行動に驚いた『鳥』は『ピヨピヨ』と何らや鳴いている。サラも突然の事に動揺している様子だった。
「全ての元凶はお前だったんだな」
私は怒りに満ちた声を『鳥』に浴びせ、鳥を掴んでいる手に力を込めた。
「何をしてるんだい!? 早く手を離しな!」
サラはそう言って私に睨みを利かしている。しかし私も後には引けない。この『鳥』を何とかしなければサラが不幸になる。そう確信した私はサラに告げた。
「サラ。今動けば私はこのまま、この『鳥』を握り潰す。ジッとしてなさい」
「うぅ……兄貴」
サラは状況が理解できたのであろう、私の腕を離し、そのまま椅子に座って心配そうに『鳥』を見つめている。そして『鳥』は何やら『ピヨピヨ』と私に向かって鳴いている。
「サラ何て言ってるの?」
「『やはり彼奴の娘だな、一切の躊躇がない』っと……」
「どういう事?」
「『お前の親父さんは狩りの名手だ、だから誰もお前さんの家には近づかないし、彼奴の畑には手を出さない』」
通りで私の家の畑は鳥獣害がないんだ。動物から恐れられてるなんて、お父さんって凄い人なのかもしれない。そんな事を考えながら、私は『鳥』に話をした。
「あなたがした事は『動物』の世界では当たり前かもしれない、けれどもそれは『動物』の世界での話。サラは『人間』なの、人間の世界の常識がなければここでは生きていけないの。況してやサラは村長さんの娘なのよ? 皆のお手本にならないといけない子供が人としておかしな行動をすればどうなると思う? 村長さんやデボラさんは、いつもサラの事で頭を悩ませているのよ。それもこれも全部あなたの所為なの、わかる?」
私の話に『鳥』は悲しそうに『ピィ』とだけ鳴いた。そして私はそのまま続けた。
「私がここに通っているのは、村長さんが少しでもサラに『人間』の常識を学んで欲しいから、同い年である私にサラと一緒に勉強して上げて欲しいとお願いされてここに通っているの」
私の話に驚いた様子でサラは私の顔を見た。その表情は心中複雑そうだった。
「さあ、あなたはどうするつもり?」
私は『鳥』に向かって訊ねた。すると鳥は『ピヨピヨ』と元気がなさそうに鳴いた。
「『そうか、サラとお前さんには迷惑を掛けた様だな。『鳥』の分際で、でしゃばり過ぎた様だ。』っと」
更に『鳥』は『ピヨピヨ』と鳴いていたが、途中でサラが割って入ってきた。
「兄貴それは行けません。なあ、あんた、兄貴も反省している様だから許してやってくれないか?」
「『鳥』は何て言ってるの?」
「『煮るなり焼くなり好きしろ』っと言っています……」
どうやら『鳥』も反省している様だ、ただ最後に念を押しておこう。
「じゃあ今日は帰ったら、お父さんに鳥の捌き方を教えて貰おう」
私がそう言うと、サラは椅子から立ち上がって私を見た。その目は涙で潤んでいる。
「兄貴は私の初めての友達なんだ、だからそんな事を言わないでくれ……」
サラは私に懇願する様に両膝を突き、私にそう述べた。私も鬼ではない、サラが其処まで言うのであればこれ以上の話は必要ないと思い、私は『鳥』を掴んでいる手を離した。
「ありがとう……」
サラの感謝の言葉と共にリュウが『ピヨピヨ』と鳴いた。
「兄貴も『すまなかった、ありがとう』と言ってます」
「わかってくれたのなら、それでいいよ」
そう言って私は顔に笑みを浮かべた。
「私はユティーナ。サラ、私と友達になりましょう。そして一緒に勉強しましょう」
「ユティーナ……いや、
「へ?」
突然の事に私はとても間抜けな顔をしてしまった。
「兄貴を許してくれる懐の広さ、ウチを説いてくれた聡明さに感動しました。是非、姐さんと呼ばして下さい」
「いや、ユティーナでいいよ」
「ダメです! 姐さんは凄い人です。それに比べて父さんなんて、ただの根性なしですよ」
いやいや、そりゃあ村長さんはサラを溺愛してるから強く怒れないだけだろう。このまま行くとお父さん嫌いの娘になりそうだから、マグリットの株を上げる為に一役買うことにした。
「えっと、サラ? 私のお父さんはリュウ達に恐れられている猟師って聞いたよね?」
「はい」
「サラ。あなたのお父さんは、私のお父さんや私も含めて、この村を纏めている村の長、村長なんだよ? だからサラが思っているよりずっと凄い人だからね?」
サラは驚愕の事実に目を白黒されて、口をパクパクさせている。
あ、知らなかったのね。
これで、マグリットの株は暫くは大丈夫そうだろうと思い、サラに声を掛けた。
「じゃあ村長さんに迷惑かけたことを謝りに行こうか」
「はい」
そうして、私達はマグリットが待つ執務室へ向かった。そこでサラはマグリットに今までの事を謝罪して、これからはちゃんと勉強すると約束した。
突然の娘の改心にマグリットは驚き、私を凝視していた。
その目は『何をした』と言っていたが、私は特に何もしていないので無視しておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます