第17話 呼び出し



「おはようございます。村長さん」


「やあ、今日も元気そうだね。ユティーナ」



 村長の館に通う様になって、五日が経った。最早半分、仕事に出勤するよな形になって来た私の日常は、朝食を食べ終わったらお父さんに村の広場まで送ってもらう。そして一人で村長の館まで歩き、デボラに扉を開けて貰い、一人で執務室まで向かう。


 執務室では机に積み上げられた羊皮紙を確認しながら、わからない単語をマグリットに教えて貰い、村の帳簿計算をしてマグリットに報告する。そして5の刻の鐘でお父さんが迎えに来て、家に帰るといった日々を送っている。



 何だか『OL』みたいな生活してるよね、私…



 勿論、資料を家に持って帰っているのだが、如何せんまだ文字の構成を把握していないので、上手に読めていない。ただ分からない単語は次の日にマグリットに教えて貰っているので、多少は読めるよにはなってきた。


 今借りている資料は『エイペスクの変遷』と言うタイトルの資料である。


 私が住んでいるチェド村はエイペスク領に当たり、この資料はその都市であるエイペスクについての資料である。


 エイペスクは『和の賢者』である『イース』がこの地を治めた事に始まり、その弟子は『イース』の名を継ぎ、代々領主は『イース』の名を受け継ぐらしい。元々『和の賢者』は争いとは無縁の賢者らしく、『魔女』との争いの際もその弟子は積極的には参加しなかった様だった。


 まだ序章くらいしか読めていないけど、『和の賢者』が平和や調和の象徴であった事は理解できた。



 だけどここまで読むのに五日が経ったけど、まだ最初の数ページなんだよね……全部読むのに何日掛かるんだろう……



「そういえば、今日テュールから手紙が街から届いていたんだ、君に渡しておくよ」


「テュール兄さんから?」


「近状報告だろう、帰ってから読むんだよ」


「はい」



 そういって私はマグリットから手紙を受け取った。手紙の差出人はテュール兄さんだが、宛名は私になっている。



「村長さん、宛名が私になっているんですが、何でなんですか?」


「君が此処に通っているからだろう。そうすればできるだけ早く家族に渡せるだろうからね」



 どうやら郵便の類は全て村長の館に届けられる様で、その後村人に手紙が届いている事を知らせ、取りに来て貰っているらしい。各家庭まで届けるというシステムはない様だった。



「村長さん、それじゃあ緊急の連絡はどうするんですか?」


「ああ、この間の会議の時、エイペスクからの士官が来ていただろう?ああいった形式で緊急の用件は伝達される」


「でも、村長さんは騎士をすぐに呼んでませんでしたか?」



 ……………。



 マグリットは黙ってしまった。


 話の流れからそのままサラッと教えてくれると思ったんだけど、一筋縄ではいかない様だ。



「あれは特殊な連絡方法だ。いずれ君にも教えるよ」



 そう言ってマグリットは話を終わらせた。教えてくれると言っているのだから私も深追いせずに、机の上の羊皮紙に目を向ける。




 そろそろかな。



 帳簿計算を行いながら、私は執務室のドアに視線を送った。大体3の刻の鐘の前後にサラが執務室の様子を覗きにくるのだ。


 何をするわけでもなく、ただ執務室を覗いて帰って行く。


 其の内向こうから何らかの反応があるので、それまではそっとしておこう。という事になったので、私たちは彼女の行動を無視している。


 暫くすると執務室のドアノブがゆっくりと動いた。



 来た!



 私は頭は机の資料に向けながらも視線だけはドアに向けた。いつもなら、ギィっとドアが少し開き、綺麗な瞳がこちらの様子を伺うかの様に隙間から見える



 ……筈だった。




 バンッと大きな音を立ててドアが突然放たれた。



 突然の事に、マグリットは身構えており、私は驚いて椅子から転げ落ちそうになった。放たれたドアの向こう側にはサラが仁王立ちで立っていた。


 パッと見ればその姿は、勇まししく果敢に何かと対峙するお姫様の様に見えるのだが、その中身が残念過ぎて居た堪れない。



「おい、そこの『ちんちくりん』! ちょっと面貸しな」



 サラのその発言に私をマグリットは顔を見合わせた。マグリットは『行け』と私に目で合図している。



 え〜私に丸投げですか……



 まさかのサラからの『』である。このまま『体育館裏』にでも連れて行かれるのだろうか。いや、あっても館の裏とかだろう。



 え……何、私締められるの?



 私はこの後の最悪の展開を想像しながら、渋々と椅子を降りサラの元へ向かった。



「何ちんたらしてるんだい。早くしな」



 そう言ってサラは私を捲し立てる。本当にそんな言葉、誰に教えて貰っているのだろうか。私はそんな事を考えながら、サラに付いて行った。




 サラは館の外に向かうと思っていたのだが、どうやら館の二階に上がるらしい。私は館の階段を上がり、館の二階へと足を踏み入れた。二階には村長たち家族の寝室や居間があるようだった。そして、サラは階段から一番奥にあるドアの前で止まり、ドアを開けた。


 部屋の中は如何にもお嬢様の部屋と言わんばかりの内装であった。窓際にはテーブルが用意されており、その真ん中にはペットであろう小鳥がちょとんと立っていた。


 サラはそのテーブルの脇にある椅子に座ると私に視線を送った。



 私は立ったままなんだね……



 椅子は一つしかなく、どうやら私は立ったまま話を聞かないといけない様だった。近くに来いとサラが私を呼んだ。


 私は言われるまま、テーブルの近くまで歩みを進めた。


 テーブルに近づくと、その上にいる小鳥が私を睨んだ。よく見ると『雀』に似たずんぐりむっくりの鳥だった。



「兄貴、連れてきました」



 サラは突然、私ではない誰かに話しかけた。私は誰に話しかけているんだろうと、辺りを見回した。



 ピヨピヨ……



 何やら、小鳥が鳴いている。



「『どこ見てんだ、こっちだ』っと言っています」



 また突然サラが話し始めた。



「何言ってるのサラ?」


「ウチに話しかけるんじゃない。今は兄貴が喋っているだろ」



 そう言うとサラは小鳥の方を向いた。すると小鳥はまた『ピヨピヨ』と鳴いた。



「『何やらお前さん、好き勝手してくれてる様じゃねえか』と言っています」



 またサラは一人で話し始めた。どうやら小鳥が話をしている体で話を進めたい様だ。仕方なく私は黙ってこのやり取りに参加する事にした。



「ピヨピヨ……ピヨ」


「『ここ数日こいつの親父さんに取り入っている様だが、何をするつもりだ』っと……」


「えっと、何をするって言っても、ただ勉強しているだけだよ?」



 私は小鳥に向けて話をするが、視線はサラの方へ向ける。すると



「兄貴になんて口の利き方するんだ!」



 そう言ってサラは私の胸ぐらを掴み、握り拳を握った。私は思わず目を瞑った。すると直様、小鳥が『ピヨピヨ』と鳴いた。



「ですが……」


「ピヨピヨ」


「わかりました……」



 一通りの遣り取りを終えると、サラは私を離し、椅子に座り直した。そしてまた小鳥が『ピヨピヨ……ピヨピヨ』と鳴く。



「『それにしてたって此奴に挨拶の一つくらいあってもいいんじゃねえか?』っと……」


「私は村長にサラを紹介して貰った際に挨拶しようとしたよ? だけど、サラがどっかに行っちゃうから……」


「ピヨ、ピヨ?」


「『そりゃ普通、下の者が先に挨拶するのが当たり前だろ?』」


「それはそうだよ」


「ピヨ、ピヨピヨ」


「『じゃあ何で、此奴に挨拶しに来ないんだ』」


「サラと私は同い年だよ? だから上も下も関係ないよ」



 私は小鳥にそう述べると、サラの方に向き直った。



「サラ、どこでこんな言葉覚えてくるの? それに何で小鳥が話をしている形で話さなきゃいけないの?」



 私は疑問に思っていることをサラに聞いてみた。するとサラは首を傾げながら答えてくれた。



「何言ってるんだい? ウチは兄貴の言葉をアンタにもわかる様に話してやってるだけじゃないか」



 どうやらサラは本気で小鳥が喋っていると言いたいらしい。私が溜息を吐きながらどうしたものかと考えていると、小鳥が『ピィ』と鳴いた。


 何やらサラに向かって『ピヨピヨ』と話しかけている。サラは『わかりました』と言うと、小鳥はサラの掌にピョンと飛び移った。


 そしてサラは私の腕を掴んだ。



 え? 何するの?



 突然のサラの行動に私が混乱していると小鳥がまた『ピヨピヨ』と鳴いた。それと同時に私の頭の中に、野太い声が響いてきた。



『これで此奴を通さず、俺の話が聞けるだろう』



 え? 何?



 私は何処からか聞こえてくる野太い声の主を探すように辺りを見回した。するとまた小鳥が『ピヨピヨ』と鳴き、野太い声が聞こえてきた。



『何処を見てるんだ? こっちだ』



 私は思わず小鳥の方に視線を送った、すると小鳥は『ピィ』と鳴き、



『そうだ』



 と野太い声がと聞こえてきた。



 えぇ!? どういう事なの?



 私は衝撃の事実にパニックを起こした。


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