第12話 自宅待機



 見上げた天井は相も変わらず、蜘蛛の巣を携えながら私を見下ろしている。


 自分でも可也無理をしている自覚はあったのだが、やはり会議から帰ってきた翌日、私は熱を出した。。


 家族の皆はやっぱりかといった具合に今日はゆっくり休みなさいと口々に言う。


 トール兄さんに関して言えば『俺を置いていった罰だ』と厭味を言っていた。一人だけ置いて行かれたことを相当根に持っているらしい。



 私は朝食をベットの上で済ませた後、そんな事を考えながら天井を眺めていた。しかし熱の為か思考がはっきりとせず、度々頭が留守になっていた。


 気がつくと、先ほどまで騒がしかった家の中が嘘の様に静かになった。皆が家を出て行った様だった。


 私の家は村から離れていることもあり、家の中に誰も居なくなると辺りの鳥の囀りや川のせせらぎが聞こえるくらいの静寂が訪れる。



 そのまま私は、鳥の囀りを子守唄に、ゆっくりと眠りの底に意識を沈めていった。




 その翌日、すっかりと調子が戻った私は、皆と一緒に朝食を摂っていた。


 昨日まで機嫌が悪かったトール兄さんは何故が今日はとっても機嫌がいい。



「トール兄さん、何かいいことでもあったの?」


「昨日から父さんの手伝いをテュール兄と一緒にしてるんだ!」



  私が尋ねるとトール兄さんは鼻を鳴らして得意げに答えた。一方でお父さんは、まだまだだけどなと溜息を漏らしており。テュール兄さんは、早く色々な事を覚えて少しでもお父さんの助けにならなくちゃなと優しく微笑んでいた。


 どうやらトール兄さんもついにお父さんの畑仕事を手伝い始めたらしく、食事中も今日はこれを教えて欲しいだの其の後はアレだの浮き足立っていた。


 という事は日中この家にいるのは私一人になる。



 そうか、これから一人で過ごさないといけないのか……



「明後日にはマグリットの所に行ってもいいぞ。だから今日は家でおとなしくするんだぞ」


「え? 本当? やったー!」



  兄さんと相反して落ち込んでいる私をお父さんは気遣ってくれた様で肩を竦めながらもマグリットの館に行く事を許可してくれた。


 その言葉に私が燥いでいると、早く食べてしまいなさいとお母さんに叱られてしまった。




 朝食後、皆の食器を籠に入れてお母さんと一緒に水場で食器を洗う。


 今日お母さんは村に買い物に行くらしいので、私は一人留守番である。一緒に買い物に行かないのは私が行くと荷物が一つ増えるからである。


 外へ遊びに行ってもいいかどうか尋ねたが、昨日まで調子が悪かったので今日は家に居なさいと怒られてしまった。



 まあ今日くらいは仕方ないか。



 私は諦めて一日家の留守番をすることに事にした。




 皆が居なくなった家はとてもがらんとしている。窓から差し込む日差しが優しく家の中を照らしていて、ゆったりとした時間がそこには流れていた。


 昔から一人で家にいる事は多かったが、調子がいい日は外で遊んでいたので、今日みたいに何もすることがなく家にいる事は初めてかもしれない。


 そう思った私は、普段見慣れた家の中を『探検』してみる事にした。




 玄関口から家の中を見渡して、まず目に入るのが正面にある大きな釜戸だ。


 釜戸は煉瓦の様な石を組み合わせて出来ており、放射熱が逃げない様に工夫されていた。いわゆる『ピザ釜』の様な石窯である。煙は煙突を通して外に出る仕組みになっていて、冬は暖炉の代わりになる様になっていた。


 釜戸の隣には、調理台の様なスペースがある。


 調理台の下は戸棚になっており、お鍋やフライパン、お皿などが収納してあった。しかし、その上に何が置いてあるのかはまだ見たことが無かったので、この際に自分の椅子を持ってきて見てみることにした。



 うう、重たい。



 私の力ではどうも椅子は持ち上げられなかったので、仕方なく椅子を調理場まで押していくことにした。やっとの思いで椅子を運び、調理場を覗いて見た。


 そこには包丁などの調理器具が置いてあり、陶器に詰められた幾つかの調味料と何かの実、葉っぱが備えてあった。これがどんな料理に使うかまた今度お母さんに聞いてみよう。


 正直に言うと料理が余り美味しくない、いや不味くはないのだがもうちょっと工夫すれば美味しくなるのではないかと思うので、自分でも作ってみようと思ったのだ。



 私が料理に興味を持てば、きっとお母さんも喜ぶよね?



 そして調理台の上に丁度水差しが置いてあったのでコップに水を入れて一服して、椅子から降りて椅子を元に戻した。


 玄関から向かって右側、調理台の正面には家族五人が食事が出来る大きめの食卓がある、これもお父さんの手作りらしい。食器やコップ、家具など大半の物はお父さんが森から切り出してきた木材を加工して作ってくれている。


 体格に似合わずとても器用なのも私がお父さんを好きな理由の一つだが、本人には絶対言うつもりはない。


 食卓の周りには椅子が5つあり、私の椅子だけ一人でも登れるように足掛けが付いている。椅子に登るっと言う表現も可笑しいかもしれないが、私はまだ一人で椅子に座れるだけの身長がない。トール兄さんはギリギリ一人で座れるのだが、私は無理である。なので私はお父さんがつけてくれた足掛けを使って椅子に座っている。


 食卓の先、調理場の隣にはドアがあり奥は倉庫になっている。倉庫の中は結構広く、多くの食料や薪を備蓄できる様になっている。しかし窓が一つしかない為、倉庫の中は薄暗く奥の方に何があるのかは入り口からは見えない。


 先に進むのが怖い訳ではなかったが、特に倉庫の中で探したい物もなかったので私は倉庫の扉を閉めて他をあたる事にした。


 最後に玄関から入ってすぐ左側あるにドアを開けると私がよく過ごす寝室がある。


 寝室にはベッドが三つあり、奥からお父さんとお母さんのベッド、テュール兄さんのベッド、トール兄さんと私のベッドである。お父さんとお母さんのベッドは大きいが、他の二つは一人用なので小さい。


 もうすぐテュール兄さんが家を出るので、テュール兄さんのベッドはトール兄さんが使い、今のベッドは私だけのベッドになるだろう。やっと広々としたベッドで寝る事ができる。


 一通り家の『探検』を終えたが、特に気になる物は家の中には何もなかった。



 …………。


 ……裏の倉庫も家の中だよね?



 私は自分にそう言い訳をして、家の裏にある倉庫へと向かった。普段は倉庫に近づくと怒られるのだが、今日は誰もいないので暴露なければ大丈夫である。


 裏の倉庫は家と同じで木造で、家よりも一回り程小さい。が、物を置くだけと考えると結構な大きさの倉庫である。


 大きな扉を開けると右側が農作物を冬の間置いておく場所になる。今は夏なので此処には何もない。左側には干し草を置く場所があり、一年中干し草が保管してある。お父さん曰く、街の人や行商人は年中干し草を欲しがるので、貯めておけばいつでも稼げるらしい。


 家の中には何もなかったが、前々から此処に何か隠してるんじゃないかと思っていた。



 絶対何か隠してるよね〜



 私は鼻息を荒くしながら、干し草の中をかき分ける。気分は宝探しである。


 正直に言うと宝探しっというのは建前で本当は何もないことはわかっているのだが、留守番の憂さ晴らしにはちょうど良かったのだ。

 それに秋に収穫した干し草上で遊んだ時のあのフワッとした柔からさをもう一度体感したかったのもある。


 私はカサカサと干し草の中をかき分けながら進んでいく。



 あ。



 私は突然の事に思考が止まった。



 …………。



 何故ならば、そこには農家にはふさわしくない物が隠してあったのだ。



 ……何で『』が此処にあるんだろう?



 干し草の奥に隠されていた物、それは先日の会議の時にトリスタンとガラハッドが腰に差していた物と同じであった。


 そう『剣』がそこにはあった。


 刀身は鞘に入れられ見る事はできないが、その長さは私の身長よりも少し短いくらいの長さで鍔は立派に宝石が散りばめられ装飾された物が使用されていた。


 装飾品施された剣。トリスタンやガラハッドの様な騎士が身につけるには相応しいが、私の家は農家である。家宝としての剣だったとしてもこんなに豪華な剣は農家には不釣り合いである。


 私は、恐る恐るその『剣』に触ってみた。



 うっ……



 『剣』に触れた瞬間、お父さんの顔が頭に浮かんだ。今よりもずっと若かったがお父さんだとすぐに判った。


 若いお父さんは剣を握り、必死に何かと戦っていた。


 その光景と同時に、何かを守りたいという『強い意志』と、悪を許さないという『正義感』が私の中に伝わってきた。



 ハッと我に返った私は『剣』から手を離した。



 今の何だったんだろう?



 先日の遺物に触れた時と同じような感覚が目の前にある剣に触れた途端感じられた。念の為、もう一度『剣』を確認しようと手を伸ばしたその時。



『ユティーナ? どこにいるの?』



 お母さんが私を呼んでいる声が家の方から聞こえてきた。



 不味い……



 私はそう思って、急いで干し草の中から這い出た。


 そして私の痕跡を出来るだけ消してから、家に向かった。


 結果的に、私が裏の倉庫に居た事はバレなかったが、家から出た事でお母さんから叱られる事になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る