第11話 月は出ているか?



 気がつくと私はお父さんの背中に背負われていた。村からの帰り道で眠ってしまったようだ。


 日は山陰に沈んでしまって、すっかり辺りは暗くなっている。



『……長から連絡があると……』


『そうか……だが……』



 ぼんやりとお父さんとテュール兄さんの話し声が聞こえる。


 どうやら今後どうするかを話し合っているみたいだ。ごそごそとお父さんの背中で辺りを確認していると、私が起きた事に気がついたお父さんは兄さんとの話をやめて此方に意識を向けた。



「ユティーナ起きたのか。もうじき家に着くからな、帰ったら晩御飯だ!」



 その口調は先の会議で見せた険しい表情をしていた時のものではなく、いつも私にかけてくれる様な優しい口調だった。いつもはこんな感じで惚けた様子のお父さんだが、今日の会議ではお父さんの違った一面を垣間見る事ができてとても新鮮だった。


 ちょと惚けた優しいお父さんも好きだけど、どっしりと構えた会議の時のお父さんもかっこいいと思ったのは内緒である。



 でも本当に今日は色々な事があったな〜



 寝ぼけ眼に欠伸をしながら、私は今日の出来事を振り返ってみる事にした。


 とっても大きい村長の館、沢山の人達。その中で行われた会議。エイペスクから来たという士官と騎士……


 そういえば、村長の執務室にトリスタンとガラハッドと言う二人の騎士は居たが、フェイルスという士官は居なかった。先に帰ってしまっていたのかな? 護衛の騎士が護衛対象をほったらかしにしてもいいのだろうか?


 それから、お父さんと村長たちの関係も気になる。それに、テュール兄さんの『スニーク』も何だったんだろう?


 それから、急に現れた騎士も気になるし……



 今日の事で気になった事を上げれば切りがない。しかし『今日の一件は秘密にする』と、お父さんと約束したから、多分聞いても答えてくれないだろう。


 最悪の場合、叱られるだろうし……


 お父さんと兄さんは再び今後のについての話し合いを始めていた。私はと言うとお父さんの背中の中で悶々とした気持ちを抱えながらそれらの事に思考を巡らせていた。


 ふと、今日の出来事を思い返しているとある事に気がついた。



 あ、村長なら教えてくれるかも!



 今日の話し合いの際中もマグリットは話の腰を折るような私の質問に嫌な顔せず全て答えてくれていた。多少お父さんの顔色を伺っている時もあったけど、結果的には教えてくれた。


 という事は、お父さんが居なければ、色々な事を包み隠さず洗い浚い話してくれるに違いない。テュール兄さんもマグリットに騎士になるための『条件』を教えて貰ったようだし、私にもきっと教えてくれる。


 そう確信した私は、お父さんにまた明日村長に会いに行ってもいいかどうか尋ねてみた。



「だめだ」



 お父さんの簡潔にまとめられた一言で私の願いは却下された。



 そんな……



 絶望の淵に突き落とされた様に私が項垂れていると、見かねたお父さんは溜息を吐きながらその理由を説明してくれた。


 お父さん曰く、暫くの間は『地滑り』の件でエイペスクの騎士が村の周りを彷徨くらしい。マグリットとの決め事で周辺が落ち着くまでの間、私を村に近づけないと約束したらしい。今回の件に私が関わっていると言う事はマグリットやお父さんにとって隠しておきたい事らしい。



「村が落ち着けばマグリットの所へ行ってもいい。彼奴もユティーナに来て欲しいと言っていたからな」



 天は私を見放さなかった様だった。お父さんの言葉を聞いた私は誰が見てもわかるくらい機嫌を取り戻した。そんな私をテュール兄さんは苦笑し、お父さんも半ば呆れながらマグッリトとの話の内容を教えてくれた。




 マグリットの悩みとは愛娘のサラの事らしい。彼女は私と同じ5歳だそうだ。


 しかし、村長の娘としてある程度の教養が必要なのだが、とんだ御転婆娘らしく、勉強どころか問題を起こすばかりらしい。


 そこで同い年の私が居れば、多少サラもやる気を出してくれるのではないかとマグリットは考えてお父さんに提案したようだ。



「最初は断ったんだけどな。彼奴、村長命令を行使しようとしたんだ。流石にそこまでいくとまずいからな」


「何がまずいの?」



 私が首を傾げてそう尋ねるとお父さんは苦笑しながら話を続けた。



「村長命令だとユティーナは、雨の日も風の日も雪の日も村長の所へ行かないといけなくなるんだぞ?頭が痛くなっても村長の所に行けるのか?」



 どうやらマグリットは私情の為に公的な権限を行使してでも私を館に招きたいようだ。しかし、そんな権限を行使されても不可能な事はあるのだ。


 私が黙るとお父さんは再び話を続けた。



 「だから、ユティーナの体調が良い時に奴の館に赴くと言う条件付きで今回の件を了承した」


 なので暫くしたら私の好きな時に村長の所に行ってもいいと許可をくれた。



 そうか……村長さんは村で一番偉い人だから、そういった命令も出来るのか。



 マグリットは話し合いの際中ずっとお父さんの顔色を伺ってたから、てっきりお父さんには頭が上がらないとばかり思ったいたのだ。そんな人が娘一人に手を焼いているなんて想像が出来ない、サラは一体どんな子なんだろう?



 私が再び思考を巡らせていると、先の方に家の明かりが見えてきた。



「そうだユティーナ。今日は星が綺麗だぞ! 見てみろ」



 唐突にお父さんはそう言ってその場に立ち止まった。テュール兄さんは、先に帰ってると私たちを置いて行ってしまった。


 私は言われるままお父さんの背中から夜空を見上げた。



 綺麗……



 私の頭上では、真っ黒な夜空のキャンバスに沢山の星が散りばめられていた。そのどれもがはっきりと光を放ち神々しく輝いていて、手を伸ばせば掴めるんじゃなないかと思うくらい近くに感じた。 


 あれ? 前も同じ様な光景を見たことがあるような気がするような……



 そうだ! もう少し小さかった頃に村の帰り道で見た事がある。確かその時は『流れ星』が見えて、それをお父さんに教えて貰ったんだっけ。



「お父さん! 流れ星は?」


「ん〜今はないかな。流れ星はいつでも見れる訳じゃないからな」



 こうやって夜に星空を眺めるのは久しぶりな気がする。あんまり夜に外を出歩く事自体が少ないからな〜


 でもこうやって、夜空を見ていると色々と考えている事が馬鹿らしく思えてくる。あの星一つ一つは何億、何百億光年も先にある星の光で、宇宙から見れば私たちの住んでいる『地球』なんてその中の一つに過ぎないし、況してや私たち人間なんて本当にちっぽけな存在なんだろうな……



 暫く感傷に浸っているとあることに気がついた。


 この夜空のどこにも見慣れ筈の『』が見当たらなかった。もしかしたら今日はまだ登って来ていないのかもしれないので、『それ』がどこにあるかお父さんに訊ねてみた。



「お父さん、今日『お月様』は見れないの?」



 私の質問にお父さんは首を傾げて答えた。



「『オツキサマ』? それは星の名前か? そんな星、聞いたことが無いぞ」



 お父さんの反応に私は驚いた。お父さんの反応はどう見ても態とらしく惚けているわけでもない、本当に訳がわかっていない様子だった。


 何かと勘違いしているのではないかと思い、お父さんに『月』の説明をした。


 私たちが住んでいる『地球』の周りを回っている『衛星』である『月』。今日が新月で偶々見えなかったとしても、毎晩夕暮れに帰ってくるお父さんなら空に浮かぶ月を見た事はあるに違いないからだ。


 しかしお父さんは全く『月』の存在を知らなかった。



 私が知っている世界は夜になると『月』が出る。毎日その姿を変化させながら、約30日間で元の丸い『満月』という形に見える。それを元に太陰暦というものが考えられ、太陽歴と共に古から暦の制度として利用されているのだ。


 ここが『地球』であるとすれば『月』がある筈なのだ……



 え? じゃあここは地球じゃないの?



 私は住んでいるのは『地球』ではないどこからしい。あまりのショックに私の思考は一旦停止した。

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