第7話 テュール兄さん



 家に帰るとトール兄さんはすぐに私の調子が良くない事をお母さんに伝えた。



 本当に大丈夫なのに……



 トール兄さんの話を聞いて慌てたお母さんはすぐに私をベットに寝かした。私が大丈夫という事の旨を伝えても一向に取り合ってくれない。何度も起き上がり、お母さんを説得しようと試みたのだが、不安そうにしていたお母さんの表情は次第に強張っていた。

 最終的には私がベッドから身動きできないように靴を取り上げられてしまった。



 そこまでしなくても……



 ベッドから移動できなくなった私は仕方なく眠くもないのにベッドで横になる事にした。が、やはり外に出て少し疲れたのだろう、気がついた時にはいつの間にか眠っていた。




『……それで……だから……』



 何やら声が聞こえる。


 窓の外は真っ暗でもうすっかり夜になっていた。私の隣ではトール兄さんが気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている。


 目を擦り、起き上がると寝ぼけ眼で声が聞こえる方を確かめるように辺りを見回した。部屋には私とトール兄さん以外はいないようだった。


 部屋のドアが少し空いていたようで、その隙間から明かりが漏れていた。どうやら話し声は隣の部屋から聞こえて来ている様だった。



 テュール兄さん?



 声の主はテュール兄さんだった。私はトール兄さんを起こさないようにゆっくりとベットから降りると、物音を立てないようにそっとドアの隙間から隣の部屋を覗いてみた。



「だから、僕は家を出て、街の訓練所に入る」


「テュールが決めた事なら止めないが、当てはあるのか?」



 トール兄さんはお父さんとお母さんの三人で食卓を囲みながら込み入った話をしているようだった。蝋燭の明かりで仄かに照らされているので、その表情までは確認する事が出来なかった。



「村長の知り合いに騎士団の人がいるらしい、今度の会議でその人を紹介してくれる約束をしてるんだ」


「村長からはそんな話は一切聞いてないぞ?」


「村長には俺から家族に話すまで黙っていて欲しいとお願いしてたんだ」


「もっと早く言ってくれればよかったのに…」


「ごめん、母さん。反対されると思って、言い出せなかった」



 どうやらテュール兄さんはこの家を出るらしい。


 テュール兄さんは私やトール兄さんよりもずっと年上で背が凄く高い。私が言葉を覚え始めたくらいからお父さんの手伝いをしているので、一緒に遊んだりする事は少なかったが、トール兄さんに意地悪されたときや困っている時は私を助けてくれる優しい兄さんだ。



「今度の会議での話次第だけど、今年の収穫は手伝えないと思う。ごめん」


「それはいいんだ。テュールがやりたい仕事があればそれをすればいい、無理に家の仕事をする必要はないんだ。ただ、農民から兵士に成るには相当な覚悟がいる事になる。況してや騎士なんて。本当に大丈夫か?」


「うん。それは大丈夫」



 テュール兄さんは騎士になりたいのか〜



 兄さんがいなくなるのは少し寂しいが、兄さんが騎士っていうのはすごく似合っていると思う。正義感が強いし、困っている人を助けてくれそうだし、何よりイケメンの兄さんの騎士姿は様になるような気がするからである。

 ふふ〜んと騎士なった兄さんの事を想像している時、ふとある事に気がついた。



 ん、待って。今さっき、会議での話次第って言ったよね。



 テュール兄さんは次の会議に行くんだ!



 私も会議に行きたい。そう思った時には、私はドアの隙間に手を掛けて勢いよくドアを開け放っていた。



「私も会議に行く!」



 突然開いたドアとそこに立つ私に、その場にいた全員びっくりしている。



「ユティーナ起きていたのか」


「ユティーナ? 寝てなくて大丈夫なのかい?」


「どうしたの? 会議は大人しかいないのよ?」



 皆は驚いた様子でそれぞれが私に向かって話しかけてきた。皆の話に同時に答えれる程、私は器用じゃない。兎に角、わたしは会議に行きたいのだ。皆の話を無視して私は再度要件を口にした。



「私もテュール兄さんについて行く」



 私の言葉に皆驚きを隠せないようだった。


 お父さんは口をパクパクさせ、お母さんは目を白黒させている。テュール兄さんは少し嬉しそうだが、心中複雑そうな顔で此方を向いていた。



「何を言っている! テュールは遊びに行くわけじゃないんだ。まだ5歳のお前を行かせられない」


「そうよユティーナ!」


「ユティーナ、気持ちは嬉しいけど一緒には行けないよ」



 どういうわけだろう?お父さんもお母さんも凄い剣幕だ。私はただ村の会議に一緒に行きたいだけなのに、そんなに私が行ったら邪魔なのだろうか?


 そんなに怒らなくてもいいんじゃないだろうか……


 怒鳴るようにお父さんとお母さんに言われ気が動転したのか、色々な事を考えて訳が分からなくなったのか、何故だか目から涙が溢れてきた。止めようと思っても、次々と涙が出てくる。



「うぇーん……」



 泣き出した私の側にお母さん慌ててやってきて優しく頭を撫でてくれた。テュール兄さんも隣にやってきて優しい言葉で慰めてくれたが、お父さんは何をするでもなく一人食卓の周辺でオロオロとしている。


 慰めてもらっていると、グゥーっと私のお腹がなった。


 そういえば外から帰ってきてすぐに寝てしまって、今日は晩御飯を食べ損なっていたのだった。


 ぐずっ……と鼻を啜り私は顔を上げた。



「お腹すいた」



 私の言葉を聞いたお母さんが呆れたようにため息を吐いたが、すぐに釜戸に薪を焼べてくれた。

 私が泣き止んで安心したのか、お父さんは隣にやって来て私の頭を撫でながら、何故あんなことを言ったのか訊ねてきた。



「私は会議に一緒に行きたかったの、村長さんにこの村の昔話がないか聞きたかったの」



 袖で涙を拭った後、私はムッと頰を膨らましながら、お父さんにそう言った。


 私の話を聞いたお父さんとテュール兄さんは顔を驚いた様子で見合わせて、ゆっくりとため息を吐いた。


 テュール兄さんとお父さんは騎士になる為に街に行くという話をしていたので、私がテュール兄さんと一緒に行きたいと突然言い出したのは、兄さんと離れるのが嫌で駄駄を捏ねたからだと二人とも思ったらしい。

 お父さんもテュール兄さんも勘違いだという事がわかった様ですぐに私に謝ってくれた。謝りながら兄さんは少し恥ずかしそう頰を指で掻いていた。


 そして会議の邪魔をしないのであれば会議に連れて行ってもいいとお父さんが約束をしてくれた。



 やったー!



 大喜びで燥いでいると、お母さんが温め直してくれたスープを出してくれた。


 予想外に遠回りしたが、結果的に会議に行けることになったのだ。椅子に座った後も、嬉しさが表情に出ていたのだろう、テュール兄さんにそんなに嬉しいのかい?と呆れられてしまった。


 その後はスープを食べながら、今日の出来事を皆に話した。


 トール兄さんに連れて行って貰った秘密の場所はテュール兄さんが少し前にトール兄さんに教えてあげた場所らしい。最近は行くことが少なくなったが絶好の狩場らしくお父さんもその場所を知っていた。



 なんだ、全然秘密の場所じゃないじゃん



 トール兄さんの嘘にちょっとムッとしたが、この場にいないのでこの事は黙って置いた方がいいかなと思った。

 世の中には知らない方が幸せなこともあるしね。



 そこにある『大きな石』に触ったら少し気分が悪くなった、と話すとお父さんとお母さんは凄く心配してくれが、テュール兄さんは凄い形相で何かを考え込んでいた。

 私が何事かとテュール兄さんの顔を覗くとハッとしたかのように、いつもの優しい兄さんの顔になった。



 一体何を考えていたんだろう?



 私の身体は、スープを食べて満足したのか、徐々に頭がボーッとして、次第に頭で船を漕いでいた。


 見かねたお父さんが私をベットまで運んでくれた。


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