第6話 周辺探索
食事が終わると、家族全員がそれぞれの仕事や役割を担う為に行動し始める。
私は食器を籠に入れて、お母さんと一緒に家の外にある水場へと向かった。トール兄さんも普段は手伝いなんてしないのに、ついて来ている。
「トール! 手伝うんだったら綺麗に洗いなさい!」
手伝いをしていたトール兄さんがお母さんに叱られている。トール兄さんが洗った食器はまだ食べ滓が残っている。早く私を連れて遊びに行きたいのはわかるが、洗い物くらい綺麗にして欲しい。
お母さんに叱られて、トール兄さんは渋々食器を洗い直していた。
「ユティーナを見習いなさい。一つ一つ綺麗に洗っているでしょ? 偉いわよユティーナ」
私はお母さんに褒められて、ふんと鼻を膨らましてトール兄さんを見た。トール兄さんは少し悔しそうに、食器を洗っていた。
この食器を大切に洗うのは当たり前だ、これはお父さんが家族が増える度に心を込めて作ってくれた食器である。それぞれの食器からは、家族への優しい気持ちが伝わって来る。存外に扱うなんて考えられない。
「だってこのお皿は大切なものだもん、お皿だって大切にしてもらえたら嬉しいと思うから」
私の言葉にお母さんは、まあと嬉しそうに顔を輝かせた。
「ユティーナは本当に優しいわね。お父さんも言っていたけど、ユティーナは物の気持ちがわかるのかもしれないわね」
うふふと笑みを浮かべながら、お母さんは更に私を褒めてくれた。
「いってきま〜す!」
食器洗いを終えたトール兄さんと私は家を後にした。家から少し歩いたところで振り返ると、玄関先ではお母さんが手を振っている。
小さくなっていく家は西洋風の木造の平屋だった。家の近くに家はなく、ここが村から少し離れた所にあるということはわかった。
家を出てからトール兄さんは私の手をしっかり握ってくれている。歩くペースも私に合わして、ゆっくり歩いてくれている。
私のことは洞窟の一件以来、心配はしてくれているみたいだ。けれども、そんなしっかり手を握らなくても大丈夫だ、少し痛い。
「今日は俺のとっておきの場所に連れて行ってやるよ!父さんや母さんには内緒だからな!」
そう言って、トール兄さんは私に無邪気な笑みを見せた。
目的の場所には結構歩かないといけないらしい、けれども先日とは違いゆっくりと歩いているので大丈夫そうだ。
道中、昨日から気になっていたことをトール兄さんに聞いてみることにした。
「兄さん、今日って『何月何日何曜日』?」
私の質問にトール兄さんは目をしばしばさせて、答えた。
「今日がなんだって? 何を言っているのか訳がわからないぞ」
やっぱりだ。今朝もそうだったが、私が知っている『言葉』が伝わっていない。
もしかすると日付や曜日を知らないのかもしれない、いやいやそんなことはないだろう。
質問を替えてみよう。
「じゃあ今日は何の日?」
またもトール兄さんは困った表情を見せた。
「今日は何の日でもない。明後日は村で会議があるけど、俺たちには関係ないからな」
先の質問と同じようにトール兄さんは質問の意味を全く理解していなかった。
その後も幾つかの質問をトール兄さんにしたが、そのどれも理解出来なかったようだ。最終的にトール兄さんが猜疑心に満ちた目で私を見始めたので、質問を止めざるを得なかった。
月があるのならば、月の満ち欠けに関する太陰暦に似たような暦の概念があってもおかしくないのに…
取り敢えず、トール兄さんとの話の流れから季節はあるようで、植物が良く育つ「夏」、農作物を刈り取る「秋」、雪が降ってお父さんの仕事が休みになる「冬」、そして冬が開けると「春」と言った具合に四季がある事はわかった。
トール兄さん曰く、もうすぐこの辺りは夏になるらしい。
しかし、家が農家だけに全て季節を農業を中心に教えらてているようで詳しい区別は知らないようだった。
そうこうしている内に目的地に到着したらしい。
トール兄さんは手を離して、走り出した。後を追うように、私も続く。
しばらく森の中を歩いていていたからだろうか、やけにその場所が眩しく感じた。
そこは森の中にあるのに関わらず、木々がその場所を避けるように生えており、花や背の低い草を日差しが照らしていた。
そしてその空間の中央には周りの景色に沿ぐわない『大きな石』が不自然に置かれていた。
どうだ凄いだろ。そう言わんとトール兄さんは此方を振り返って二ッと笑った。
『遺物』だ。
私は『それ』を直感的にそう思った。
その石、っと言うよりも何かの残骸や欠片の様な岩は自然から生み出された物ではなく、人工的に造られた何かの一部の様にも見えたが、風化が激しく元が何であったのか外見だけではわからなかった。
『ここは俺の秘密の場所で…』
自慢するようにトール兄さんが何か言っているようだが、私は意識はその『大きな石』に心奪われていて、他に何も頭に入ってこない。
兄さんの事はそっちのけで私はゆっくりと足を進めて、『遺物』にそっと手を添えた。
うっ……
その石に触れた瞬間、急に頭痛がした。そして同時に不明瞭な情景が浮かび、黒い感情が身体に纏わりつくような感覚を感じた。
怖くなって、私は慌てて石から手を離した。
そんな私の異変に気付いたのだろう、トール兄さんがすぐさま側にやって来た。
『ユティーナどうした?』
トール兄さんは心配そうに私の顔を覗き込んでくる。ハッっと我に返った。
「大丈夫、少し頭が痛くなっただけ」
私がそう答えると兄さんは慌てた様子で、早く帰ろうと急かし出した。私は少し休めば大丈夫と言ったのだが、先日の件がトラウマになっているらしい。凄い剣幕で、家に帰るぞ! と私の手を握った。
本当に大丈夫なのに大袈裟だな……
帰り道でも、兄さんは背負ってやろうか?と私の心配をしてくれたが、大丈夫なので断った。なんでもないのに背負って貰うのは気が引けるし恥ずかしい。
それにしても先の感覚は何だったのだろうか。
あの『大きな石』は表面の風化具合から幾分か昔の物の様だった。周辺には同様の物はなかったので、単体で何らかの目的で使用されていて崩れてあの状態になったのだろうか?
もしくはあの場所が重要なのではなく別の場所から意図的に放棄されたという事も考えられる。
とは言うものの情報が少なすぎる、何か『大きな石』に関する情報がないか私は、ん〜と唸りながら顎に手を当てて思考を続けた。
歴史、伝説、民話……
あ、民話だ!
資料があれば一番良いのだが、あるかどうかわからない、でも民話なら伝承で何か語り継がれて残っているかもしれない。
そういえば、明後日に村で会議があるってトール兄さんがさっき言っていたよね。人がいっぱいいれば誰かが何かを知っているかもしれない。もし知らなくても村長さんなら村の歴史について知っているだろうし、何かわかるかも!
ぽんっと手を鳴らした私を他所に、トール兄さんは不思議そうに首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「トール兄さん! 明後日の会議にはどうやったらいけるの?」
「会議は大人の集まりだから、俺たちには関係ないぞ?」
トール兄さんは、何を考えているんだと言わんばかりに、私を疑いの目で睨んでくる。私は恐る恐る兄さんに事情を説明した。
「あの『大きな石』について知っている人に聞こうと……」
「秘密にするって約束しただろ!」
話を最後まで聞かずにトール兄さんは怒鳴った。
私は飛び上がりそうなくらい驚いた。そして慌ててトール兄さんに顔を向けた。
トール兄さんの目は薄っすら涙で滲んでいた。
やってしまった……
そう思った私は兄さんに必死に弁解した。
兄さんの秘密の場所を皆にバラそうとしたわけではない事。何であの場所に『大きな石』があるか知りたくて、それを知っている人に聞こうと思った事。
それに以外にもこの村周辺の民話を聞きたいと思っている事の旨を伝えると、トール兄さんは鼻を啜り、袖で顔を擦ると黙って頷いた。
「じゃあ帰ったらテュール兄に相談してみたら? 俺じゃユティーナの言っている事の意味がわからないし」
今日の質問攻めの事を根に持っているのだろう。ちょっと不貞腐れた様にトール兄さんはそう言った。
確かにあれはやりすぎたかもしれない。
「今日は素敵な場所を教えてくれてありがとう! トール兄さん」
謝罪の意味も込めて満面の笑みで感謝を伝えると、満更でも無さそうにトール兄さんは頷いた。
これで帳消しだよね?
私たちは帰り道を仲良く手を繋いで家へ帰った。
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