第8話 村の会議



 新緑の匂いを纏った風を颯爽と切って歩く。その度に側を通過した風は髪を弄んでから去っていく。



 ンフ〜フッフ〜♪



 久々に村に訪れる為か、お父さんは道中上機嫌に鼻歌を鳴らしていた。斯く言う私は自分で歩く事なくお父さんの肩に担がれている。言わばである。




 今日は朝から楽しみで仕方なかった。反してトール兄さんは自分だけ留守番する事に終始機嫌が悪かったが、私には関係ない事だ。


 お父さんとテュール兄さんは朝から畑仕事に行っていたが、会議に参加する為に早早に切り上げて戻って来た。

 私も一緒に行くという事で、早めに家を出る事になっていたのだが、結局私の歩く速度に痺れを切らしたお父さんが私を背負う事になった。



 そんなに歩くのが遅いかな?



 雑に扱われる事を少し不愉快に思いながらも、まあ村まで歩くとそれだけで疲れてしまうだろうから、結果的に背負ってもらった方が良いかと納得した。


 お父さんの視界から見る景色はどんどんと流れていく、あっという間に村へ到着した。




 村の中央には私の家の何倍もある立派な館が建っていて、その館の前にある広場には沢山の人達が集まっていた。



「トゥレイユじゃないか! 久しぶりだな〜」



 私たちが広場に到着すると、一人の男性がお父さんに近づき声を掛けた、それに応えるようにお父さんは笑顔で語り始めた。すると沢山の人がお父さんの周りに集まって来た。


 その場に居づらくなった私はお父さんに降ろして貰い、逃げるようにテュール兄さんの側に避難した。



『お前んとこの倅は……』


『……場は最近からっきしだな……』


『……裏手の湧き水が出なくなったんだよ……』


『え、街に引っ越すのかい? ……』


『……それが、嫁が厳しくって……』


『そういや噂話だが、最近夜に唸り声が聞こえるって……』


『アハハッハ〜』


『……官は、美人なねーちゃんらし……』



 村人はそれぞれ世間話なのか近状報告なのかわからない会話をしていた。


 暫くの間お父さんも知り合いであろう村人達と近状報告を行っていた。時折、私達の方に目を向けて何か話していたが、その度に私はテュール兄さんの陰に隠れた。


 粗方の人と挨拶は終わったのだろう、少し疲れた様子で私達の所に戻って来た。



「すまんすまん。こういった場所でしか話せない人もいてな……」



 平謝りをするお父さんに、ぷーっと頬を膨らませて睨んで見せた。案の定、お父さんはどうしていいのか判らずあたふたしている。


 そういったやり取りを暫くしていると大きな館の扉が放たれて、ぞろぞろと皆が館の中へ入って行き始めた。


 よかった……とばかりに溜息を吐いたお父さんは、私達を連れて他の村人に続いた。




 ザワ……ザワザワ……



 館の大広間には長机が四角形の形に並べられ、奥の長机には椅子が2つ、周りの長机には幾つか椅子が準備されていた。


 お父さんは、椅子が会議に参加する村人の数しか準備されていない事を知っていたのか、近くに居た使用人に2つ椅子を壁際に準備してもらい、私とテュール兄さんを座らせた。そしてお父さんは私達の近くにある椅子に腰掛けた。



 ギィっと奥の扉が開いた。



 奥の扉からお父さんと同じ歳くらいの男性が入って来た。どうやらこの人が村長らしい。正直思っていたより若くて少しびっくりした、村長って言うから白髪で白髭を蓄えたご老人だとばかり思っていたのだ。


 そして、彼に続くように綺麗に誂えられた服装をした女性と腰に剣を差した騎士らしき二人の男性が後から入って来た。



 ん? 一体誰だろう。



 村長らしい人物とその女性は用意された椅子に座り、女性の後ろに男性二人が姿勢正しく立っている。


 コホンっと村長らしい人物が咳払いをした。



「全員集まっているようなので、定例会議を始めたいと思う。まず初めに、本日はエイペスクから緊急の用件で士官のフェイルス様がお見えになっており、先にフェイルス様からのご用件を承りたいと思います」



 うむ、と顎を引いたフェイルスという女性は用件を述べた。



「紹介に預かった、士官のフェイルスです。本日は領主様から緊急の用件として、七日程前にエイペスク上空を通過したと思われる『』についての情報収集を承っている。目撃情報などがあれば報告をお願いしたい」



 そういった彼女は村人を見渡したが、んーっと唸りながら考えているだけで誰からも報告は出なかった。



「何もないようなので私はこれで失礼します。何か思い出した場合は村長に報告をお願いします」



 そういって村長に挨拶した後、直様騎士を連れて大広間を出て行った。



 え、もう行っちゃうの?



 瞬く間に居なくなった彼女達にびっくりしながらも、もしかしたら他の村にも同じ様に出向いて情報収集をしているのかもしれない。そうだとすると凄く忙しいんだなっと納得した。


 その内に、会議は本題へ移っていった。


 会議の議題は、収穫祭の役割決めと近状報告が主だった。


 最初は収穫祭の段取りについてだった。収穫祭の段取りは若い人たちの仕事らしく何人かの男性が名前を挙げられていた。その中にお父さんは挙げられなかった、お父さんの年齢は中堅的なポジションになる様だった。


 その後は村人からの近状報告で、家族で街に引っ越しする人がいたり。狩猟の獲物の数が減っているだとか。裏山の湧き水が枯れた。など、その報告は様々だったが、どの報告も先に館の前でちらほら聞いた内容だった。


 その中でも私が特に気になったのは、最近夜になると何かしらの唸り声が聞こえてくるという話だった。


 何人かの村人が実際に聞いている様で、夜に見回りを行うということでその話は終了した。



 何か引っかかるんだけどな……




 最後に村長の長ったらしい話があり、会議は無事終了した。


 村人がぞろぞろと大広間を出て行く。その際に村人の一人が



『もしかしたら唸り声は『』の仕業じゃないか……』



 などと話しているのが聞こえた。



 『魔女』ってあの魔法使いの?



 私は首を傾げて、お父さんにそれが何なのか聞こうと振り返ると、お父さんは眉間に皺を寄せて何か考える様な顔をしていた。

 私が声をかけると我に返った様にその質問に答えてくれた。



「『魔女』って言うのは大昔に王様と喧嘩した悪い人間のことだ……」



 そういったお父さんの話は歯切れが悪く聞こえた。




 大広間を出た私は使用人に案内されるまま玄関へと足を向けたのだが、お父さんとテュール兄さんは館の玄関とは別の方向に歩き始めた。



「あれ? 帰らないの?」


「これから村長に会うんだろ?」



 私の質問にお父さんは呆れた様に溜息を吐いた。


 そうだ! これから兄さんは村長さんに騎士の人を紹介して貰って、次いでに私は村長さんに昔話を教えて貰うんだった。


 すっかり此処に来た理由を忘れていた。


 私は慌ててお父さんについて行く。隣を歩いているテュール兄さんはそんな私にニッコリと微笑み掛けてくれたが緊張しているのか、いつもより顔が強張っている。


 これから兄さんは『面接』がある様なもんだもんね。そりゃあ緊張するよね。



「頑張ってねテュール兄さん」



 私が笑顔でそう言うと、テュール兄さんは『ありがとう』といつもの優しい笑顔で返事してくれた。幾分かは緊張が解れたようだ。




 長い廊下を進み突き当たりにある扉の前でお父さんは立ち止まった。どうやらここが村長がいる部屋らしい。

 そしてお父さんは何の躊躇もなくその扉を開けた。



 え、ノックしないの?



 お父さんの唐突な行動にもびっくりしたが、部屋の中の光景に私はもっとびっくりした。


 部屋の中には執務机とその前方に豪華な机とその両脇に長椅子が二つ。そしてその長椅子には先ほどの騎士が二人向かい合う様に座っていたのだ。



「ああトリスタンか、まだ帰ってなかったんだな」


「トゥレイユ!久しぶりだな。今日は野暮用で残っていたんだ、マグリットが紹介したい若者がいるって言うもんだからな」



 お父さんは、紅茶を飲みながら優雅に座る騎士の一人と親しげに話す。

 その光景に私は更にびっくりして目を見開いていたが、テュール兄さんはもっと驚いている様子だった。



「やっぱりお前だったのか。ところで肝心のマグリットはどこに行ったんだ?」


「何やら会議中に愛娘がやらかしたらしく、執務室に戻って来たと思ったら直ぐに出て行ったよ」



 どうやら、お父さんと村長と騎士の人は知り合いらしい。


 トリスタンという騎士はお父さんに席を勧めると、座っていたもう一人の騎士が立ち上がりお父さんに挨拶をした。



「お会い出来て光栄です! 私はガラハッドと申します。」


「そんな畏まらなくても、ただの農夫に騎士が謙るのは良くない」


「そんなことないですよ! だってあなたは……」



 ガラハッドという騎士が何か言おうとした所で、トリスタンが此方に視線を送りながらそれを制した。

 するとガラハッドはハッと何かに気づいた様子で、すぐさまトリスタンの後ろに控えた。


 そしてお父さんは勧められるまま、ガラハッドが座っていた席に腰を下ろすと、私とテュール兄さんにも座るように指示した。


 テュール兄さんは恐る恐るお父さんの隣に腰を下ろした。私も兄さんと同じように座ろうとしたのだが、思った以上に椅子が高く、座るのに苦戦していた。

 見兼ねたお父さんが私を持ち上げてて、お父さんとテュール兄さんの間に挟まれる形で座らされた。


 椅子に座れて上機嫌な私をトリスタンは奇妙な面持ちで見ていた。



「トゥレイユのとこの末っ子か?」


「ああ、名前はユティーナだ。隣は長男のテュールだ。」



 私とテュール兄さんはトリスタンに軽く会釈をした。


 可愛いだろうと愛娘を自慢するお父さんを他所に、違うそうじゃないと言わんばかりの顔でトリスタンが頭を抱える。



「マグリットもそうだが、トゥレイユもだな」



 そう言って、トリスタンが溜息を吐く。



「待たせて申し訳ない、娘のサラが…」



 マグリットという村長が扉を開けて入ってきた。

 何やら愛娘に手を焼いているという事を言っている彼は、先ほどの威厳ある村長の姿とは打って変わって、だたのお父さんだった。


 更にトリスタンは溜息を吐く。


 スタスタと長椅子にやってきたマグリットはトリスタンの横に座りながら私を見つめた。



「なんでユティーナがいるんだい?」



 マグリットは私の事を知っているようだった。多分お父さんが何かしら話していたのだろう。



「お前に聞きたい事があるらしいから連れてきた。邪魔はしないと約束しているのでここに居させてやってくれ」



 お父さんがそう言うと、マグリットとトリスタンは納得したように頷いた。



「それじゃあ始めましょうか」



 マグリットがそう言うと、テュール兄さんが拳をギュッと握った。

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