第4話 遺跡調査



 今日は例年に類を見ない程の快晴である。オーストラリアで見られる、モーニンググローリーに似た雲が遥か向こうまで続いていた。


 それは、まるで私を歓迎しているかのような天気だった。



 あの日以来浩嗣は家にやって来なかった。メールで近状報告を教えてくれているのだが、とても会う時間を作れる状況じゃないらしい。でもまさか浩嗣が結婚を考えてくれていたなんて、ちょっと以外。



「ユティーナ、何かいいことでもあったんですか?」



 顔が緩んでいたのだろう、教授がニヤニヤと笑みを浮かべている。まあ今は何でも許容できる寛大な心がありますからね。やっぱり心の余裕は大切です。



「私はですよ、教授」



 ウフフと笑みを浮かべながら優しく応えると、可笑しな物でも見たかの様に教授は目を見開いて驚いていた。



 車窓から見える景色は先程より開けた景色になってきた。遺跡がある場所は大抵人があまり近寄らない荒野や密林が殆どである。町の近くにある事はごく稀である。


 エジプトのピラミッド群はその例外にあたる。ピラミッドの周辺には町がすぐ側にある。はじめてピラミッドを訪れた観光客の殆どはその異様な光景に驚く。

 日本にも同じ様な光景がある。近畿にある古墳群も貿易で栄えた港町にある遺跡である。


 そういった遺跡は住民の信仰や生活の一部として地域に馴染んでいる。


 しかし、大抵の遺跡はたまたま地域住民が発見し、専門の調査団が本格的に調査を行う形が多い。今回の遺跡もそうである。



 車が止まり外に出てみると、思った通り特に何もない場所である。現地住民が私たちを呼んでいる。彼が立っている場所周辺だけ誂えた様に石畳が敷かれていた。



「それでは始めましょうか」



 そう言って教授は素早く準備を始める。さっきまでの陽気なおじ様とは一変して、その表情は研究者になっていた。

 私もすぐさま準備をして作業に取り掛かる。



 石畳から少し先に、私たちが来る前に現地の調査員によって行われたのであろう、粗方掘削が終わっていた。その深さは凡そ5メートルはある。梯子が2段に渡りかけられ、それを降りていく。


 私たちの調査は掘削された穴の底の先に続く空洞の中で行うらしい。



「友紀奈、気をつけてくださいね」



 そう言って教授はゆっくりと空洞へと入って行った。私もその後に続く。


 空洞は大人が屈まないと通れない程の穴であるが、特別狭いわけでもないので難なく通る事ができた。ヘッドライトの明かりを頼りに、しばらく細い空洞を進むと大きな空間が現れた。


 ヘッドライトで照らしながら辺りを見回すと石器時代の横穴を思わせる、壁画の様なものが目に入った。更に奥に続いているのであろう、穴がいくつか見受けられた。


 結構な規模の『洞窟遺跡』である。


 私は教授の助手として遺跡の壁画などを写真に収めていく、本格的な年代調査などは現場を確認してから大掛かりな機械などを入れて行う。今回の私たちの調査はそのための確認調査が主である。



「友紀奈、このフロアのデータが集まったら一旦外に出ましょうか」



 教授はそう言って、眉間に皺を寄せて何か考え事をしている。


 今いるフロアの写真が粗方撮り終わって、教授も奥のフロアを確認したようで戻ってきた。


 一旦調査員全員で外に出ることになった。閉鎖空間で多数の人間が活動すると酸欠状態になるので、それを防ぐ意味もあったが、一番は資料を確認する為である。


 先に洞窟の外に出ていた教授は、私が戻るとゆっくりと口を開いた。



「友紀奈は何か思うことはありましたか?」



 その問いに私は即座に答えた。



「壁画の種類から石器時代あたりの岩陰遺跡または洞窟遺跡だろうと思われますが、地中に埋まっているのが不可解です。周辺をボーリング調査してみないと詳しいことはわかりませんね……」



 教授は返答に、頷きながら少し考えて。



「いい考察ですね。そうですね、ボーリング調査を行う準備をしましょうか」



 そう言って教授は調査員、現地スタッフと段取りを組み始めた。


 するとガイドで来ていた現地住民と現地スタッフが調査員たちと何やら揉めている。


 どうやら、この周辺は現地住民にとってらしい。これ以上この場所を掘削するのはごめんだと言っている。



 教授はやれやれといった具合に肩を竦めながら、こっちに歩いてきた。



「彼らの説得に暫くかかりそうなので、友紀奈は先に奥のフロアのデータを集めて来てくれるかな?」


「はい。わかりました」



 言われるままに、もう一度梯子を降りていき『洞窟』の中に入って行く。


 こういった現地住民との揉め事は遺跡調査ではよくあることなので、余り気にしない事にしている。それよりも、先は教授や他の調査員がいたので冷静に振舞っていたが、もう気が触れそうである。


 調査結果次第だが、この遺跡が正式に発表されれば、世紀の発見になるだろう。学校の教科書にも載るかもしれないレベルである。


 もしかしたら私も教科書に載る事……はないけども、論文を書かせてもらえれば私も一、研究者として箔がつくかもしれない。

 そうすれば浩嗣について海外に行っても、研究者として活動できる。



 そんな事を考えながら洞窟を進むと、すぐに先ほどのフロアに到着した。



 入り口が地中に埋まっていたお陰だろうか、壁画の状態も良く、周辺には様々な遺物が在る。ここで初期の人類文明活動が行われていたと考えるだけで感動である。


 私はこのフロアしか見ていなかったが、教授は他の横穴から別のフロアへ行っていた様子だった。



 私も早く観に行こう。



 考えるよりも先に身体が動いていた。入り口と同じような穴を体を屈めながら進んだ。



 そして辿り着いたフロアの光景に思わず息を呑んだ。



 綺麗……



 そのフロアの天井は黒く塗られ、大小の点が白で描かれている。おそらく夜空と星を表しているのだろうそれは、まるでプラネタリュウムである。



 あ、あれは流れ星かな?



 大小の点の他に白い線が描かれていた。


 そして暫くの間、壁画を眺めながら思考の海に身を投じていた。



 どれくらいの時間この壁画を眺めていただろう、気がつくと私はその場にしゃがみ込んでいた。


 ハッと意識を戻した私は自分に与えられていた仕事を思い出して慌てて立ち上がり壁画の写真を撮り始めた。



 その時である。



 ドゴンッと大きな音と共に突き上げるような大きい揺れが私を襲った。


 次第にその音は激しい揺れを伴いながら大きくなっていった。



 地震である。



 その揺れは、次第にその場に立っていられない程に激しく上下左右に揺れ、私は自分では姿勢が保てなくなった。


 その場に倒れ、そして降ってきた何かで頭を打って、私は意識を失った。

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