第3話 どうでもいいこと



『……それではゲームスタート!! ……』



 人が気持ち良く寝ているというのに何やら部屋が騒がしい、どうやら浩嗣がテレビをつけたまま寝てしまったらしい。


 寝ぼけ眼で私は起き上がり辺りを見回した。


 ベッドに入った覚えはなかったが浩嗣が運んでくれたのだろう、私はいつの間にかベッドで寝ていたようだ。



『サエちゃん失格〜』


『も〜最悪〜』



 一体今は何時なのだろう、テレビの中では明らかにゴールデンタイムでは放送できない際どい水着姿の女性達ががキャッキャウフフしながら、何やらゲームをしている様だった。


 何故こういった番組は、全てのアングルが胸やお尻を写しているのだろうか?お色気狙いで行くなら、もっと大胆に行けばいいものの……


 あまりにも揺れて強調される『』に私は苛立ちを感じ始めたので、一刻も早くテレビを消そうとリモコンがないか辺りを探した。しかし近くにはなさそうだった。


 仕方なくテレビの本体の電源を切ろうとベットから立ち上がった。その際足元にあった何かを踏んでしまったようだ。それと同時にテレビのチャンネルが切り替わる。



 あ、リモコン踏んじゃった。



『……現代文明は間もなく終わりが来るでしょう。』



 唐突に切り替わったチャンネルの番組で、胡散臭そうな格好をした、髭を蓄えた男性がそう述べる。深夜番組って本当に仕様が無いくらい、どうでもいい事ばかり放送してるよね。


 自称予知能力者曰く、近い将来、世界各地のプレートが活発に動き、地殻変動がおこる。その際に火山の噴火、様々な場所で隆起・沈降が起こり、ほとんどの都市は壊滅または機能不能になるらしい。


 確かに彼の言っている事は間違っていない。私が研究している文明もそれぞれ何かしらが原因で消滅している。

 疫病、資源枯渇、内乱、異民族、自然災害など未だに解明されていない事も、しばしばある。


 そう、どの文明も崩壊し消滅しているのだ。現代の文明も例外ではない。


 しかしながら、考古学や歴史学はそういった事を解明し同じ轍を踏まない為という側面ももっている。

 そういった視点から見るとカルト的な予測はあまりに滑稽に見える。もちろんカルト的な側面も考古学には必要なのだ。しかし、鉄の塊が空を飛び、ボタン1つで地球の反対側の人と話せる文明に『』は似合わないと私は思う。


 寧ろ、本当に重要な予言であるなら、こんな深夜の番組ではなく夕方のニュース番組などで取り上げるべきではないだろうか?


 結局、彼の予言も水着姿の女性と同様に、世間にとってはなのである。




 数日後、教授から連絡があって今回の調査の詳細が教えられた。交通費は出ないようだが、滞在中の宿泊費と食事代はでるらしい。さずが名誉教授!

 今回は新たに発見された遺跡の発掘らしく、政府から援助金が結構でるらしい。


 掘れば遺跡や遺物がザックザクである。そんな現場に立ち会えるのだ、興奮して眠れなさそうだ。この興奮を誰かと分かち合いたい。誰かを呼び出して、話を聞いて貰おう。と、ケータイを取り出した。



 あ、帰れば浩嗣がいるじゃん。



 いつもは帰れば一人っきりだが、今は家に浩嗣がいるので、帰ったらこの話を聞いて貰おう。


 こんな時、やっぱり彼氏っていいなと熟々思う。心を躍らせながら家に帰宅したのだが、私の浅墓な考えは脆くも崩れ去ってしまった。



「この間言いそびれたけど、近々活動拠点が海外に移る事になったから、気軽に会えなくなると思う」



 家に帰り、今回の調査の詳細を言おうと思った矢先のことである。


 どうやら浩嗣も私に報告する事があったらしく、タイミング悪く先にそれを言われてしまった。



「え、聞いてないし」


「今日はじめて言ったから」



 そんな重要なこと今日決まった訳じゃないだろう。だとすれば今日じゃなくても、今日までの数日間でいくらでも言う機会はあったはずだ。なんでよりによって今日このタイミングで言うのかな?


 本当に浩嗣はいつも間が悪いし、急である。よくそれでバンドのボーカルが務まるな、といつも思っている。



「久々に帰ってきた日に言おうと思ったんだけど。友紀奈、上機嫌で寝ちゃったし。また今度でいいかなと思って忘れてた。ごめん。それで今度の友紀奈の長期休暇中にあるライブが日本での最後のライブになると思うんだけど、友紀奈来る?」



 突然の事に一瞬頭が真っ白になった。


 本当に浩嗣は何をするにも唐突である。それに合わせる私の身にもなって欲しい。


 愚痴を言ってもしょうがない、まずは状況を整理しよう、長期休暇は教授の助手で発掘調査だ。なので、長期休暇中のライブは見に行けない。これは決定事項、うん。


 あとは浩嗣はいつ日本を発って、いつまで海外にいるつもりなのかだ。


 それによっては所謂、遠距離恋愛になってしまうのでそれだけは避けたい。とは言っても、今の状態も然程変わらないのだけれども、すぐに会えるから会わないのと、

簡単に会えないのでは全然状況は違う。


「ごめん、ライブには行けない。長期休暇は教授の助手として発掘調査に行くの。」


「そうか、残念」



 本当に残念に思っているのか、浩嗣は顔を陰鬱に沈み込ませた。


 しばらくの沈黙の後、浩嗣はきゅっと唇を噛んだ。



「そのライブが終わったら、すぐに海外へ行かなきゃならないんだ。向こうでのレベール契約やプロモーション活動で、ほとんど会えなくなる」



 私の勘は如何やら当たっていたようだ、これからは簡単に会えなくなる。浩嗣はその事を私に告げるのが嫌だったのだろう。


 ここ数日、珍しく家にずっといるなと思っていたのだ。出来るだけ私と一緒に居てくれようと彼なりに配慮してくれたのだろう。


 浩嗣は嫌な事はギリギリまで後回しにする。4年も付き合っていたら、そう言った性格も多少は許せるようになる。


 でも、もっと早く言ってくれれば、良かったのに……殆ど部屋でしか過ごしてないじゃない。もっと買い物とか映画見に行ったりだとか、デートっぽ事も出来たと思うのに。本当に空気を読んでるのか読んでないのか、わからない。


 そして更に浩嗣は続けた。



「それで友紀奈がよければ一緒に海外に行かないか?」



 今度こそパニックになった。


 それは所謂『毎朝味噌汁を作ってほしい』っと言う類の言葉だった。


 そう、今、私は浩嗣にプロポーズされたのだ!


 勿論そろそろだと思っていたし、何なら結婚情報誌を買って家に置いておこうかとも考えた事もあった。


 しかし最近は仕事も忙しく、教授からの調査団への参加のお誘いもあったのですかり忘れていた。


 私もそろそろいい年なのである。



 えっと……あ〜〜うん、どうしよう。



 本当に急すぎる、普通もっとわかりやすく、ご飯食べに行った時だとか、遊びに出かけた時だとか。そういうシュチュエーションでプロポーズするでしょ普通。あなたミュージシャンでしょ。彼女の家で、しかも玄関でプロポーズって!


 駄目出しは置いておこう、とりあえず返事を考えなければ。これは、またまた冗談を!と流せる類のものではない。


 必死に考えた結果。



「海外には行けない」



 別にプロポーズが嫌だった訳ではない、寧ろ嬉しかった。でもそれは結婚を申し込まれた事でであって、海外に付いて行くっと言うのはまた別問題である。私は教授が日本にいる限り日本にいる。



「え!?」



 彼も予想外だったのだろう、目を白黒させている。



「師匠が日本にいるから行けない」



 私にとって譲れない点があったとすればそこだった。それ以外は別に構わない、訳ではないが浩嗣と結婚するのであれば問題ないと思った。


 だけど、師匠との関係は浩嗣にはどうすることもできない。あの人は優秀なのだけど、気まぐれなのである。

 その彼についていこうと思えば相当の覚悟がないと無理である。況してや私は女であるから、絶対的な成果がなければ研究者としての立場も弱い。ここでその道を諦める訳にはいかないのだ。



どうでもいいことが理由なのか?」


「どういでもいいことじゃない! 1番重要な事!」



 納得できないのか、彼は食い下がる。


 浩嗣からすれば仕事場が変わるっと言うぐらいの認識なのかもしれないが、フェルディナンド教授の側にいる事が考古学者を目指す者にとってどれ程重要なのかは明白である。


 結局、最後まで結論はでないまま、浩嗣は部屋を後にした。どうやら今日までが休みだったらしい。


 これほど重要な事を最後の最後に後回しにするって如何いう事だろう。


 半ば呆れるぐらいの面倒くさがりだが、今はそれは置いておこう。



「でも、ありがとう。嬉しかった。」



 部屋を出て行く間際、私の言葉に浩嗣は喜びを頬に浮かべた。

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