第4話 古代における結婚事情(白き覇王の軌跡より)

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※こちらのエッセイは、「ラスト・シャーマン」のスピンオフ「白き覇王の軌跡」に寄せて書いたものですが、本編にも共通する内容となっております。「白き〜」も、いずれ「カクヨム」にて連載させていただく予定です。

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先日おかげさまで完結できた「白き覇王の軌跡」ですが、こちらの前半部分には、ある大きなテーマがあります。

それは、ちょっとショッキングな言葉になっちゃいますが、「近親相姦」です。

以下は、このような話により気分を害されるおそれのある方は、読むのをおやめください。



現代に生きる私たちは、三親等(親兄弟、叔父叔母、祖祖父母等)までは法律により結婚が認められていません。

でも、それ以前に家族として育ってきた人たちに対して、それ以上の感情を持つことは稀でしょう。

しかし、意外にもこれはごく最近植え付けられた概念であり、古代から現代に至るまでに、その概念は徐々に変化してきているのです。



お気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、「ラスト・シャーマン」シリーズは、古事記に書かれた内容を参考にさせていただいています。

特にご指摘をいただいたことはないのですが、これらの物語の中で、壹与いよが叔父である月読つくよみに恋をしたり、覇夜斗はやと(出雲国王)が異母兄妹の夕月ゆづきと恋愛関係にあったりしています。

そして月読のセリフには、このようなものもあります。


「腹違いなら、夫婦にもなれるさ。巫女でさえなければ」


そう。

古代の日本では、母親が異なっていれば、たとえ父親が同じであっても結婚が許されたのです。

血を濃く保つことで、権力の継承範囲を限定し、また、財産を分散しないためにも、比較的近い血縁者同士が結ばれるというのは、世界的に見てもそう珍しいことではありません。

でもなぜ、異母兄妹は良くて同母兄妹は結婚できなかったのでしょう。

今回は、そのような糸口から古代の結婚事情を探っていきたいと思います。




まず、大前提として、どの国、どの時代においても、近親者との結婚は避けるべきとの認識は共通して持っていると思われます。

なぜなら、遺伝子の中には優性と劣性があり、通常は優性が打ち勝つために、その子どもが劣性遺伝子を引き継ぐことはありません。

しかし、同じ遺伝子を持つ近親者同士の子は、両者が同じ劣性遺伝子を持っているため、そのまま引き継いでしまうことになります。

これにより、死産や生まれてきても生育が困難な子が生まれる可能性が高く、このような理由から近親者との結婚は今でも禁じられているのです。

これは、優れた医療がまだなくても、おそらく経験的に古代の人たちも気がついていたと推測されます。

ですから、基本的に血が直接繋がっている相手との結婚は避けていたと思われるのです。



ではなぜ、異母兄妹の結婚は認められていたのでしょう?

それを解く鍵は、当時の結婚スタイルにあります。

この時代、権力者と呼ばれる人たちの結婚スタイルは、主に「通い婚」です。

女性は実家に身を置いたまま、男性が夜な夜な逢いに来るという形なのです。

しかも当時は一夫多妻制ですから、男性は複数の女性のもとを訪れなくてはなりません。

政略結婚や遠征先などで遠方の女性を妻にした場合、頻繁に訪れることも難しいでしょう。

結果、夫がいない間、妻はフリーということになります。

もちろん、夫へのみさおを立て、貞操を守った妻もいるでしょう。

しかし、今より性に対しておおらかであったと想像される古代において、皆が皆その限りではなかったと思われます。

DNA判定などなかった時代、妻に「あなたの子よ」と言われれば、仮に「俺に似てないなぁ」と思ったとしても、夫は我が子と認めるしかなかったのです。



当時、異母兄妹の結婚だけが認められた理由については諸説ありますが、「本当に血が繋がっているかわからない」という男性側の本音から生まれた決まりのような気が私はしています。

一方の同母兄妹は、同じ母親のお腹から生まれてきていますので、血が繋がっていることは間違いない。

そのため、同母兄妹が交わることは禁忌とされていたのではないでしょうか。



次に、近親者に対して恋愛感情を抱くかどうかですが、これも憶測でしか語ることはできません。

人間は間違いを犯さないように、自分と似た匂いを持つ人を避ける本能があるとの説もあります。

しかし当時は、異母兄妹といえども血縁者との結婚が受け入れられていた事実からすると、それだけでは説明がつかないような気がします。

もしかしたら人は、本能とは別に、兄妹としてともに育っていく中で、後天的に相手を恋愛対象として見ないようになっていくのではないかと思うのです。



もう一度、古代の結婚スタイルの話に戻りますが、母親の実家で生まれた子は基本的にその家で育てられます。

つまり多くの場合、異母兄妹はまったく違う場所で、顔をあわせることもなく育てられるのです。

そしてある日、「この子があなたの妹よ」と紹介された時、彼女を妹として見るのか、女性として見るのか。

また、同母兄妹であったとしても、幼い頃から養子に出されていたり、事情があって別の場所で育てられていれば、年頃になって再会した相手に恋をすることもあるのではないだろうか。

そのような疑問から、物語の前半は書かせていただきました。



実際、古事記には、近親相姦をテーマにしたお話がいくつかあります。

そもそも、日本を最初に作ったとされるイザナギとイザナミも兄妹であったとされています。

夫である天皇の暗殺を実の兄サオビコに頼まれ、暗殺に失敗するも結局は兄のもとへ走り、兄とともに命を落とすサオビメ。

禁忌を犯した罪で島流しになった実兄カルミコを追い、その地で心中をするカルノ。

このような物語がいくつも残されていることからも、血の繋がった兄妹の悲恋は少なくなかったのではないかと推測されます。



時々、私たちが常識だと思っていることも、単なる人間のエゴのような気がすることがあります。

異母兄妹は結婚できて、同母兄妹が交わることは禁忌だなんて、その中でも最たるもののような気がします。

そのようなエゴから生まれた歪んだ常識のために、悲しい運命を辿った恋人たちの悲しみが、少しでもお伝えできていればいいのですが……。



2016年7月4日

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