2 焼き過ぎの理由

 そして、嫌な予感は当たった。

「何で、アープが作ったクッキーのほうが美味しいのよ……」

 私は落ち込んだ。

 日を改めて、図書館の住居部分の台所で、先生・ナリーナさん、生徒・私とアープのチョコレートクッキー作り講習会。さすがに、ナリーナさんの前で焼いたので、私のクッキーも焦げた程度で一応炭にはならずに済んだが。

「あぁぷのクッキー、おいしい!」

 焼き上がった頃に台所にやってきた五歳児メイベルが、子供ならではの遠慮のなさでアープ作のクッキーだけをぱくつく。その隣りで、ロドニー先生とブラントさんが私のクッキーをかじり、何か感想を言おうとして上手い言葉を思いつかないような、微妙な表情をしている。これじゃ、私の立場がないじゃない。

「お前は、直感で行動するからな」

とアープ。「正確に計量したり、説明書通りに作るのは性に合わんだろう」

 冷静に追い打ちをかけられた。酷い。

 しかし、一言言わせて! 毎日毎食朝昼晩、アープとフィオリスと私の三人分、一人で作っているのは私なのよ!

 私は、おじいちゃんとアープと三人で、旅をしていた期間が長かった。ので、野宿の際は、そこらへんに生えている野草や茸で、どれが食べられるかを的確に見極めるか。とか。

 基本的に常に貧乏な上、アープの食べる量が尋常じゃないので、街に滞在中も、いかに安上がりに食材を手に入れて、一片の無駄も出さずにお腹を膨らますか。みたいな、生死を賭けた料理は得意なのだ。

 ……サバイバル重視で、味付けにこだわりがないのは認めよう。食べられさえすれば構わない、と思っているのも確かである。野宿のときなんて、まともな調味料が揃っていないことも多いんだし。それは理解しているので、量さえあれば、どんな料理が出てこようとも、おじいちゃんもアープも文句は言わずに食べるのだ。味に関しては。

「だいたい、お前は何でも焼き過ぎなんだ」

「血がしたたる生肉でも平気なあんたと一緒にしないで!」

 アープは、竜形態のときは狩った獲物をそのまま平らげるくらいなので、どんな生焼けの肉でも大丈夫だが、人間がそれやったらお腹壊す。下手すると死ぬ。とりあえず、火が通っていたら死なないよね? 焼き過ぎで死ぬことはない筈だ。

「焼くにも限度があるだろう」

 うっ、と言葉に詰まる。煮込む系の料理は大丈夫なのだが、何故か、焼く系の料理は焦がすことが多いんだよね……。黒焦げの炭になることも多々……。

(ちなみにフィオリスは、塔に住んでいた間、それなりに手の込んだ食事を供されていたようだが、冷めた料理を一人で食べていたらしく。

「みんなでたべると、おいしいですね!」

と言って、焦げた肉でもにこにこ食べてくれる。いい子だ。そして、申し訳ない。)

 私が凹んでいるのを知ってか知らずか、アープは続ける。

「ノートンも、昔はレア気味の肉が好みだったが、あるときからやたら長く焼くようになったな」

「ノートン?」

 ロドニー先生の問いに、うつむいたまま「祖父です……」と答える私。私が子供のときはおじいちゃんが料理担当だったが、おじいちゃんも割と焦がすタイプだった。

「アーリィが、生焼けの肉で食中毒になってからか」

「……え?」

 一瞬きょとんとして、それから叫ぶ。

「えええっ!? 私、そんなの知らないわよ! いつ!?」

「今のメイベルよりは幼いな」

 てことは、三、四歳くらい? 覚えてない!

「俺とノートンも同じ物を食ったが、何事もなかったぞ」

「だから、あんたの胃袋と一緒にするなぁっ!」

 肉にしろ魚にしろ、黒焦げになるまで焼かないと何となく安心できないのは、そのせいか!

「大人が食べて大丈夫なものでも、小さい子だと当たってしまうことは、あるわよねぇ」

 困ったような笑顔で、場をとりなすナリーナさん。「でも、それ以降は、アーリィさんのお祖父さまも、良く焼いてくださるようになったのでしょ」

「そうみたいですね……」

 自分の炭化癖の理由が思いがけない形で判明して、複雑な気分の私だった。

「アーリィちゃんのお祖父さんって、どんな人だったんだい?」

 興味津々な感じで、ブラントさんが尋ねる。「ずっと、アープ君と三人で旅をしてたんだろ? その前は?」

 アープが〈竜人〉であることを知っているブラントさん的には、アープと元・主人であるおじいちゃんとの関係は、そりゃ気になるだろう。

「元は、西方語圏のどこかの国で宮仕えしていたらしいですけれど、私が産まれる前とかの話ですからねー」

 竜騎士でアープが騎竜だった、とは、ブラントさんだけなら教えてもいいけれど、ロドニー先生やナリーナさんもいるこの場で口に出せない。

「アープ君は、知ってるかい?」

 畳み掛けるブラントさん。違う時と場所ならば答えるから、頼むから話を変えて!

「記憶にはあるが、正直、あの頃はまだ人間社会への理解が薄かったから、覚えているだけで意味がわからん」

「アーリィ君が産まれる前って言ったら、アープ君も十歳いかないくらいだろうし、無理もないですねえ」

 ロドニー先生、勝手に納得してくれて有難う。私十九歳、アープの外見年齢は二十代後半だけれど、実年齢は千歳超えてます。アープ、おじいちゃんと知り合う前はずっと野生(?)の〈竜人〉だったらしいから、今でも人間側の事情に関しては感性ズレてることが多いのよね。

 ……生焼け食中毒事件も、知ってたのなら教えてくれればいいのに……。そのことと、私が何でも黒焦げにすることが、アープの脳内では結びつかないんだろうなぁ。

 でも、今まで無意識に焼き過ぎてた理由がわかったから、次こそは、まともなチョコレートクッキーを作れるかもしれないわ!


 と思って、モルゲンティーナに出発する前にもう一度、家で一人で復習してみたら、やっぱり焦げた。悲しい。

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