3 〝旅人〟
珍しく、フィオリスが
「わたしも、はいたつにつれていってください」
とねだった。今までは、私とアープがラプラスを離れるときは、トルテ村のカルルの家に喜んでお泊りに行っていたのである。
手紙の受取人であるジョアンさんのお父さんが、〈林檎の城〉の旅人本人だと聞いて、ぜひ会ってみたくなったという。その気持ちは、よくわかる。私だって、〝旅人〟のその後には興味津々だ。
道中アープに乗っていくのだから、特に危険もないし、今回は連れて行くことにした。
(フィオリスも配達に同行すると聞いて、今度はカルルが「僕も、旅人さんに会いたいなぁ」と言ったが、さすがにそれは却下。)
と、いうわけで。
ラプラスの秋祭りが終わって、ジョアンさんが次の祭りへと旅立っていった次の日、私たちもラプラスを出発した。
デレの村までは、(アープが)頑張れば一日で到達できる距離だが、今回はフィオリスも一緒なので、多少ゆっくり目の旅。空から見下ろす風景や、一泊した町の宿屋なども、彼女には目新しくて楽しかったようである。……町の多くの男性と女性が、入れ替わり立ち替わり宿屋にやってきて、フィオリスまたはアープを一目見ようとしたのには閉口したが。私の立場がないじゃないか。
ともあれ、その翌日の昼には、無事にデレの村に着いたのであった。事前にジョアンさんに聞いていた通り、村の中でも外れのほう、森に一番近い家に、まっすぐに向かう。
ドアをノックした。
……反応なし。
「ダニールさん、ダニール・ラスコーさん、いらっしゃいませんか? ジョアンさんから、お手紙です」
もう一度ノックしてみたが、やっぱり反応がない。
「おるすでしょうか?」
フィオリスが、首を傾げた。
「森かもしれんぞ」
と、アープ。もしその推測が当たっていたら、ちょっと面倒かもしれない。ジョアンさんの話によると、ダニールさんは一度森に出かけると、数日帰ってこないこともザラだというのだ。
「出直すしかないかなぁ……」
この村に泊ると、また昨日みたいなことになる気がして、ちょっとイヤなのだが。ため息をつきながら回れ右をしたとき、ふと、こちらに向かってくる人影が目に入った。
森のほうから歩いてくるその人物は、一言で言うと、不思議な人物だった。弓矢を背負い、犬を連れたその姿は、明らかに猟師の服装だ。しかし、何となく猟師には見えないというか……どこか、地に足が着いていないかのような、浮世離れした雰囲気を漂わせていた。
直感した。この人が、〝旅人〟だ。
白髪のその男性は、私たちに気づくと、遠くから、よく通る声で尋ねてきた。
「うちに、何か御用ですか?」
「ダニール・ラスコーさんですね。ジョアンさんからの手紙を、届けに来ました」
「そうですか、それはどうも」
会釈しつつ、近づいてくるダニールさんの足取りが、ふと止まった。
どうしたんだろう、と様子を伺う。まだ距離があるのではっきりとはわからないが、微かに、何かに驚いているような気配だ。隣りのフィオリスが、ぴくりと身体を震わせた。
「どうしたの?」
「めが、あいました」
少し戸惑ったように、目を伏せる。人見知りしたことのないフィオリスにしては、珍しい反応だ。
「ちょっと……こわい、です」
「そうですか、ジョアンは元気にやってましたか」
私たちを家の中に招き入れてくれたダニールさんは、猟師にしては(私の偏見かもしれないけれど)ちょっと意外な、しかし元・吟遊詩人だと聞くと納得できるような、柔和な笑みを浮かべた。
フィオリスは、私とアープの陰に隠れている。ダニールさんのどこを怖いと思ったのか、今の彼の笑顔を見ている限りは、全然わからないんだけどなぁ。
「はい、あちこちの町や村から引っ張りだこでしたよ」
私は鞄の中からジョアンさんの手紙を取り出すと、差し出した。
「それでは、確かにお渡ししました」
「有難うございます」
ダニールさんは受け取り、そのままにこにこと私たち三人を眺めている。家の外での様子が少し気になったので、尋ねてみることにした。
「あの……さっき、外で、驚いてましたよね?」
「お気づきでしたか、すみません」
ダニールさんは、笑って軽く頭を下げる。「そちらのお嬢さんが、私の古い知り合いに、似ていたものですから」
「フィオリスが?」
「歳は全然違いますがね。もし、彼女に妹か娘がいたら、こんな感じだろうなぁ……と」
〝彼女〟。〝旅人〟の口から出るその言葉が、他の女性を指すとは思えない。驚いて何も言葉を継げずにいると、ダニールさんが不意に話題を変えた。
「ジョアンから、あなた方のことは伺っていますよ。どんなところにでも、手紙を届けられるんだそうですね」
「いやその……どんなところでも、というのはさすがに無理ですけど、結構いろんなところには、行ってます」
「それは素晴らしい」
そう言ったダニールさんと、私の目が合った。
――さっき、フィオリスが怖いと言った理由が、今度はわかった。笑顔の奥で、唯一つのものを狂おしいほどに追い求める、その目だ。
「では、もし、私が手紙を書いたら、届けてくださるでしょうか?」
誰宛かは、聞かずともわかった。
〈林檎の城〉の、女王だ。
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