2 詩人の父

「お茶しかありませんけど」

 〈郵便配達アーリィ&アープ〉の店内にて。ジョアンさんに椅子にかけてもらって、私は紅茶の仕度をする。仕度といっても、お湯を沸かすだけなんだけれど。

「アープさんは、いいんですか?」

 尋ねるフィオリス。酔っ払いの集団(特にリディさん)の中に置いてくるのも問題がありそうなので、彼女とカルルも連れてきたのだ。

「……いいんじゃないの?」

 アープを置いてくるのも、違う意味で問題がありそうな気はしたが。あの集団の中に入って呼んでくる勇気は、私にはなかった。それにだいたいアープは、こういう場にいてもほとんど役に立たない。私が引き受けた仕事に文句を言うことはあっても、間違っても仕事をとってきたためしはないのだ。

「ああ、あの、もう一人の郵便屋さんですね」

と、ジョアンさん。「何というか……独特な方ですよね」

 数度しか会ったことないはずなのに、アープが〝変〟だということは、しっかり把握されてしまっているらしい。否定できないのが、悲しいなぁ。

 ともかく。全員分の紅茶を注ぎ終えると、私は本題に入った。

「それで、ジョアンさん。仕事というのは?」

「ああ、それはですね。故郷の父に、手紙を届けてほしいんです」

 何でもジョアンさんは、ラプラスからは北方のデレという村の出身なんだそうである。

「冬に、久々に帰省するつもりなんですけれどね。ラプラスのあと、二箇所の祭りに招かれているので、それが済んだら帰る、と伝えたいんです」

「お忙しいんですね」

 ジョアンさん、年齢は私とそう変わらない二十歳そこそこで、吟遊詩人としては若手の部類に入るのだけれど、最近、人気急上昇中なのだ。

「いえいえ。仕事があるのは、有り難いことです」

「全くだ」

 そのとき、ハリボテ鎧姿の男がぬっと現れた。「この店は、暇だからな」

「アープ! あんた、まだ呑んでたんじゃないの!?」

「リディもカンダも寝てしまった。つまらん」

 ……どうやら、あの酔っ払い集団は、早くも潰れてしまったらしい。そりゃまぁ、アープと同じペースで呑めば、そうなっても不思議はないけれど。しかし、「つまらん」という言葉が出てきたところを見ると、あれでも宴会を楽しんでいたのかアープ。

「で、ここは何の宴会だ」

「仕事よ仕事!!」

 拳をぷるぷるとふるわせて、私は叫ぶ。全く、「この店は暇だ」なんて、一度でも仕事をとってから言ってほしいわ!

 ふと気づくと、私とアープのやりとりに、ジョアンさんは苦笑いしているし、カルルはきょとんとした顔で、フィオリスはにこにこと眺めている。……ちょっと、恥ずかしいかも。

 気を取り直し、「えーっと」と、話を無理やり本題に戻す。紙にメモをとりながら、

「デレの村にいらっしゃるお父さまに、お手紙を届けるんですね。お父さまのお名前は?」

「ダニール・ラスコーといいます」

 そこでジョアンさんは、いたずらっぽく笑った。

「――実は、私の父が、〈林檎の城〉の旅人なんですよ」

「え?」

 一瞬考えたのち、驚いて、訊き返す。

「〈林檎の城〉って、今日の最後のお話の? あの旅人、本人?」

「ええ」

 うなずくジョアンさん。

「父はもとは、吟遊詩人だったんです。あの物語は、ほとんど父が語ったそのままですね。私が少し、前後を付け足したくらいで」

「はぁ……」

 私は、ちら、とフィオリスを見た。物語の中の人物が、フィオリスだけじゃなくてここにもいたか、という気分である。いや、まだジョアンさんのお父さんには会っていないけれど、手紙を届けに行けば確実に会うわけで。……あれ?

「旅人さん、結婚したんですか」

 ジョアンさんという息子がいるからには、そういうことになる。何となく、意外。

「いえ、父はずっと独り身ですよ」

 ジョアンさんは、笑って首を横に振る。

「私と父とは、血のつながりはないんです。幼い頃なので記憶があいまいなんですが、旅の途中に、森で両親とはぐれたらしくて。一人でふらふら歩いていた私を父が見つけて、引き取ってくれたんです」

「へえ、一緒」

 ん? という感じで、ジョアンさんが私を見る。

「あ、私もね、祖父が旅の途中に、乳飲み子の私を見つけたんだって。おじいちゃんはもう、死んじゃったんですけどね」

「なるほど」

 私の話は置いといて、

「ジョアンさんのお父さんは、今、おいくつですか?」

「もうすぐ六十になります。歳も歳ですし、そろそろ、長時間森の中を歩き回るのはつらいと思うんですけどね」

 そこは、ちょっと心配そうに、ジョアンさんが言う。

「――今でも、女王を探しているんですか」

「もちろん」

 さも当然のように、断言する。

「……いや、自分だったら、真似できないとは思いますよ。でも、小さい頃から父を見ているので、あの父が〝諦める〟なんてことは、想像できないんですよね」

 詩を語るときのような、ここではないところを見ている遠い目をして、ジョアンさんは言った。かすかに笑みを浮かべて。

「一人の女性を、何十年もずっと想い続けていられるなんてすごい、というか。それだけ好きになれる女性にめぐりあえたことは、少しうらやましいような気もします」

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