第四話 〈林檎の城〉
1 秋祭り
林檎の城はどこにあるの?
白い花咲く森の奥
林檎の城に誰がいるの?
吟遊詩人が語り終わると同時に、広場に集まっていた人々がどっと歓声を上げた。
「良かったね、フィオリス」
「うん!」
私の目の前の小さなカップル、カルルとフィオリスも、立ち上がって拍手している。微笑ましいなあ、と思いつつ、ちら、と自分の隣りを見ると、ハリボテの鎧を身にまとったアープが、無表情で椅子に座っていた。……決して、面白くなかったわけではない。と、思う。物事に対する反応が、普通の人間とは若干、いやかなり異なるだけなのだ。
ラプラスの街は、本日、秋祭り。一年で最大のイベントと言っても良い。飲み物や食べ物がふんだんに振舞われ、みんなでダンスを踊ったり、有志が素人芝居をしたり。今年はなぜかアープも芝居に駆り出され(引き受けたことが謎だ)、街を襲った火トカゲと戦う勇者を棒読みで演じて、あらゆる年齢層の女性からの黄色い声援を受けていた。
しかし、それより何より街中の人々が楽しみにしているのが、この日のために遠方からはるばる招いた、吟遊詩人の語り。昨年に引き続き今年も、私とアープが招請の手紙を届けた。
一年前を思い出す。ここ何年か、ラプラスは同じ詩人に依頼することにしている。だから今、深々と礼をしている詩人は、昨年の祭りで〈嘆きの姫君〉の物語を吟じたのと同一人物だった。
誰も知らない。街の人たちも、詩人も知らない。私とアープとカルル、そしてフィオリス本人だけが知っている。高い高い塔の
それを思うと、私は、郵便配達をしていて良かったなあ、と感じる。
それから、呑めや歌えやの大宴会が、本格的に始まった。一応、詩人の語りが済むまでは、みんなお酒をセーブしていたのだ。が、以降は無礼講である。
「アーリィちゃんも、ほらぁ、一杯」
「いや、私はちょっと」
アープのアルバイト先の店長、リディさんが赤い顔でお酒を勧めるのを、ひたすら断る。私はものすごくお酒に弱くて、一口でも呑んだらその場で寝てしまうのだ。そもそも、お酒のどこが美味しいのかわからない。
「アープくんは、じゃんじゃん呑んでるじゃない」
「あんな、人間じゃないのと一緒にしないでください」
リディさんの言葉通り、アープは顔色一つ変えず、周囲に注がれるまま次から次へと大ジョッキを呑み干している。あれはあれで、お酒のどこが美味しいのかわかってないんじゃないのか。
しかし。棒読みで芝居をしていたりはするが、これでもアープは千年生きてる〈竜人〉なのだ。人でもあるが、竜でもあるのである。私とフィオリス以外、誰も知らないけど。竜のときの体格を考えれば、絶対に、普通の人間よりお酒の許容量が大きいに違いない。
「フィオリスちゃんも、どお?」
「未成年に勧めないでください」
実年齢三十八歳のフィオリスの、成人年齢が何歳なのかは知らないが、とりあえず制止しておく。外見的には十二、三歳なんだし。フィオリスは人魚の血を引いているため、人間とは歳の取り方が違うのだ。
「も~、アーリィちゃんてば、カタいっ。ちょっとくらい呑めるわよねえ、カルルくん」
「もっと駄目です!」
カルルは〈竜人〉でも人魚でもないので、正真正銘の十一歳だ。
……酔っ払いにもいろいろ種類はあるが、リディさんは、「お前も呑め~」ってタイプなんだなぁ。「俺の酒が呑めねぇのか!」って怒り出さないだけマシか。などと考えていたら、
「なら、この焼きリンゴを食べるのよっ。食べるわよね、アーリィちゃん!」
焼きリンゴを強要された。ま、いいけど。リンゴだから。
「りんごといえば」
と、フィオリスが口を開いた。「ふしぎなおはなしでしたよね」
「ああ、〈林檎の城〉ね」
それが、今日の詩人の語りの、最後の物語だった。
深い深い森の奥、真っ白な林檎の花が咲き乱れるところに、女王の住む城がある。城の周辺には銀の狼が棲んでいて、城と女王を護っており、近づいた人間は殺されてしまう。
そんな伝説のある森に、旅の若者が迷い込み、行き倒れた。
気がついたとき、彼は小さな城の中にいて、傍らには黄金色の髪をした美しい女性がいた。それから、若者と女性は二人で仲良く暮らした。
しかし、あるとき目を覚ますと、若者はまた、どこかわからぬ森の中にいた。近くの村の猟師に助けられた彼は、初めて伝説を聞かされる。それでは、彼女は〈林檎の城〉の女王だったのか。
旅の若者は、村に住み着いて猟師になり、森の中を歩き回った。だが、森の奥深くへ踏み込もうとするたびに、銀狼の群れが現れて、彼を追い返すのだ。
月日は流れ、年老いた猟師は、村の子供たちに問われて語る。林檎の城はどこにあるの? 白い花咲く森の奥……。
「アーリィちゃん、これなら呑めるでしょぉ?」
「遠慮します」
「あ、郵便屋さん」
「はい?」
不意に後ろから声をかけられて振り向くと、そこには吟遊詩人、ジョアン・ラスコーさんが立っていた。
「一つ、お願いしたい手紙があるんですよ」
と言って、ほんのり赤い顔をしたジョアンさんは笑う。「もちろん、今じゃなくていいんですけど。完全に酔う前に伝えておかないと、自分が忘れそうで」
「私は、今でも構いませんよ!」
というわけで、それを口実に私は、リディさんが勧める謎の液体(多分、お酒を何種類か混ぜてる)から逃れることに成功したのだった。
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