3 亡国

「ランスリング?

 ――ああ、もしかして、ランスリング王国のことじゃないかな」

 そう教えてくれたのは、ブラント・レックさんだった。

 ラプラスの図書館ではその土地を探し当てられなかった私たちは、クーヴェルタの大きな図書館まで調べに来たのだ。その中で、雪が溶け始めるとすぐにラプラスを旅立っていったブラントさんと再会したのだった。

「〈竜人〉のことを、調べに来たんだよ。

 いやー、アープ君のことを知ってから、むらむらと興味がわいてきてね」

 世界中を見たい、全てのことを知りたいと常に各地を旅しているブラントさんらしい言葉だ。そういえば、ラプラスに滞在していたこの冬の間も、アープにいろいろと質問してきたっけ。

 ブラントさんが、不思議そうに問う。

「……ところで、その女性は?」

 私は、竜形態のアープに乗ってクーヴェルタまでやってきた。

 それに、ハズリーさんもついてきた。

 ……まあ、彼女をラプラスに残してくるのも違う意味で不安なので、気分は複雑だけど彼女も一緒なのは仕方がない、と思っているのだが。

 しかし、彼女は目立つ! とんでもなく目立つ。

 アープと並んで立っていると、文字通り〝美男美女〟なのだ。図書館中の視線が二人に集まっているんじゃないかという気がする。

 ……二人合わせて二千歳以上だなんて、誰も思ってないんだろうなあ……。

「驚かないでくださいね、ブラントさん。

 彼女の名前はハズリードット、ハズリーさん。〈竜人〉です」

 小声でささやいたのだが、

「ええっ!!」

 ブラントさんは図書館中に響き渡る大声で叫んだ。

「女性もいたのか! それはすごい! いやー、ぜひお話を!」

「ブラントさん、声、声!!」

 慌ててブラントさんの口を押さえた。博識なんだけど割と厄介かもしれない、この人。


 図書館の中で話をすると他の人に迷惑なので、外に出た。近くの公園で、話が聞こえそうな範囲に他人がいないベンチを探して腰かける。

 そこで、ひとしきりブラントさんからハズリーさんへの質問が続いた。ハズリーさんは、ここに来るときは人間形態のままアープの背に乗っていたので(アープは多少文句を言っていたが)彼女の竜形態は私も見ていないのだが、赤竜で緑の瞳なのだそうだ。〈竜人〉の体毛と目の色は、竜形態・人間形態共通らしい。

 さんざん質問してやっと、ブラントさんは最初の話題に戻ってくれた。

「あ、ああ。ランスリング王国の話だったんだっけ」

「そうです。どこにあるんです? その国」

「んー……もう、ないんじゃないかな。国自体は」

「え?」

 驚く私に、考え考え、ブラントさんは語る。

「戦争に負けて、隣りの国に併合されちゃったんじゃなかったかな、確か。その戦争の話を何かで読んだだけだから、もしかしたら記憶違いかもしれないけど」

「戦争、か」

 ハズリーさんがつぶやいた。「人間同士が、大量に殺しあうのだな」

 何だか彼女には、人間の悪い面ばかり見せているような気がする。

「その戦争というのは、いつの話だ」

 アープがたずねる。何十年か前には、アープも〝戦争〟を体験しているのだ。

「十年か、二十年か、それくらい前じゃないかな。大昔の話じゃないよ」

 記憶をたどるように、ブラントさんは言う。「西方地域の出来事だから、クーヴェルタやラプラスには特に影響はなかったと思うけどね」

「それで、その……ランスリング王国だったところは、西方のどの辺なんです?」

「ジュネイ山脈、って知ってるかな」

「……知ってます」

 一瞬口ごもって、私は答えた。それはインシュダリア王国のあるところ、かつてフィオリスがいた〈なみだの湖〉シルドレットがあるところだ。あの街の人々は自分たちの欲のために、フィオリスを高い塔の天辺てっぺんに閉じ込めていた。何十年も。

 人間は、世界中至るところで醜いことをやっている。

「その山脈の、南の端のほうだったと思うよ、戦争していたのは。図書館に戻って地図を調べれば、多分わかる」


 その戦争自体のことは、西方地域に行って調べたほうが詳しくわかるんじゃないかとブラントさんは言っていたが、大まかなところはクーヴェルタの図書館でもつかめた。

 今から、十二年前。ランスリング王国と、隣りのサディカ王国との間に戦争が起きた。

 というより、ほぼ一方的にランスリング側が攻め込まれたようだ。国王、リフェルド五世は捕らえられて刑死。ランスリング王国の全土が、サディカ王国の一部となった。

「じゃあ、その王様ってわけじゃないのね」

 読みながら、私は言った。

「ハズリーさんに手紙を頼んだ人。〈箱庭の王〉って書いてあったから、もしかしたらそのランスリングの王様かと思ったんだけれど。紋章入りの指輪なんてのもあるし」

「箱庭ってのが何を意味するのかわからないけど、王様本人じゃないとしても、王族の生き残りとか、貴族とかってことはあるかもしれないよ」

 とはブラントさんの意見だ。

「だけど……戦争で滅ぼされた国の王族が、こんな遠くで追いはぎに襲われて一人淋しく死んだんだとしたら、考えただけで気の毒だけどね」

「そうですね……」

 ハズリーさんは、街道の脇に穴を掘って、彼を埋葬したそうだ。その場所はハズリーさんしか知らない。恐らく今後、誰からも花を手向けられることのないであろう墓。

「それで、アーリィちゃんたちはランスリングに行くんだね?」

 ブラントさんの問いに、私ははっきりと答えた。

「行きます。せめて、イルファンナって人に手紙を届けてあげなきゃ」

 私が受けた依頼ではないけれど、私はそう固く決意していたのだった。

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