4 ルヘンナ

   ルヘンナの地に 赤き目の竜あり

   心穏やかなる竜にして

   空を愛し 大地を愛し

   竜を愛し 人を愛す


 クーヴェルタやラプラスを含むこの地方一帯は、古名ルヘンナと呼ばれたという。

 「ルヘンナの地に、赤き目の竜あり」で始まる物語は、吟遊詩人がこの地方で歌うときには定番となっていて、誰もが幼い頃からよく知っているのだそうだ。私とアープはラプラスに住み着いてまだ二年程度だけれど、すでに何回か耳にしている。とはいえ、すらすらとアープが暗誦したときにはさすがに驚いたけど……だてに本は読んでいない、ということかもしれない。

 赤い目の竜が死後も護っているという宝石。古くから、大勢の人々がそれに心ひかれてきた。〈竜の宝石箱〉を探し求め、その渦中に命を落とした者、身代を失った者など、人生を狂わせた者の話も数え上げれば枚挙に暇がないという。

 それでもなお、〈竜の宝石箱〉の伝説は人々をひきつけてやまない。


「そこまでは言わんよ。俺の考えすぎかもしれん。何の根拠もない話だしな」

と言いつつ、食堂の主人は何か不穏なものを感じ取っていたのだろう。ブラントさんの近くのテーブルにいたという数人の男たちのことを、よく覚えていた。

 ラプラスへ向かうとしたらキルシュの次に通るはずのナシェリの街で、ブラントさんと、その男たちのグループが来たかどうか訊いてみた。もちろんその街の人たちもブラントさんとは顔見知りだが、「今年はまだ来ていない」と言われた。ブラントさんが、キルシュからナシェリへと向かう街道の途中で姿を消したのは、間違いないということになる。

 一方、例の男たちのことに関しては反応があった。ここ一月ばかりは見ていないが、その前に数週間ナシェリに滞在していたという。

「その人たち、ここで何をしてたんですか?」

 私が問うと、彼らが泊っていた宿屋の女主人は考え考え言った。

「ここで、というより、この街を拠点にして出かけてたわねえ。何日も帰ってこなかったり。森の中とか、探し回ってたんじゃないかしら」

「探し回ってた?」

「〝宝探し〟よ。彼らがはっきりそう言ったわけじゃないけど、多分そうね。ナシェリの前の街にも、しばらくいたみたいよ」

 それから、彼らはキルシュへと移動したのだろう。そして、たまたま近くにいたブラントさんと食堂の少年との話を耳にした――

 〈竜の宝石箱〉が、見つかるかもしれない。

「全くもう、ブラントさんも無防備なんだから」

 アープ相手にグチる。確かにブラントさん本人は、見つけること自体が目的でお宝の価値には興味なさそうな人ではあるけど、世の中みんながみんなそうじゃないってのに。

「赤い目の竜が死んだ場所がわかったら、〈竜の宝石箱〉も見つかるって言ってたのよね。きっとブラントさんたち、そこに向かっているのよ。――ねえ、もしかしてアープ、その場所知らない?」

 何せアープは千年以上生きてる〈竜人〉である。その竜に会ったことがある、と言われても不思議ではないと思ったのだけど、

「知らんな。俺が生まれた頃には、とうに死んでいた」

 ……アープがそう言うんだから、竜が死んだのは相当昔らしい。

「彼らが、〝その場所〟に正しく向かっているとも限らんぞ。ブラントの推定が間違っている、あるいは正しいことを喋らない、という可能性もある。

 ――宝探しの連中と、ブラントが今でも一緒に行動しているという保証もないがな」

「……わかってるわよ」

 お宝のありかさえわかればもう用はない、というのはありえる話だ。そのとき、ブラントさんを解放するのか、それとも――

 今は、そのことは考えないことにした。探そう。とにかく。


 キルシュやナシェリの街から一歩外に出ると、なだらかな丘陵がどこまでも広がっている。今は冬なので木々も葉を落としてしまっているけれども、春がくれば非常に緑豊かなところだ。遠くを見やればうっすらと、白く雪を被ったイネヴィア山脈の姿が見える。飛んでいるアープの背から見下ろしているとよくわかるのだけど、この辺りは丘の間をぬうように幾筋もの小川がくねくねと流れていて、街は大抵そのそばにある。それらの川は、元をたどれば全てイネヴィアからの流れだ。

 キルシュを出たブラントさんがナシェリの街に着いていないのであれば、どうしてもこの丘陵地帯の中に入っていったとしか考えられない。これといった目印もない丘の上を、アープに乗って低空で飛び回る。何か、手がかりはないかと心に念じながら。

 そして、野営の跡を見つけた。キルシュから少し離れた、川のほとり。もちろん昨日や今日のものではないけれど、複数の人間がそこで夜を過ごした形跡は見てとれた。――その中に、ブラントさんがいたかどうかは、わからない。

 次に野営の跡を見つけたのも、やはり川の近くだった。こう目印のないところでは、彼らも川を頼りに進んでいくしかないのだろう。流れが相当うねっているので真っ正直に川沿いを歩いているわけではないようだったが、方向性としては川が流れてくるほうへと向かっている。上流へ、もっと上流へ――その、先にあるのは。

「イネヴィア? 彼ら、イネヴィア山脈を目指しているの?」

「だろうな。この先にあるものは、他には考えられん」

 ブラントさんがキルシュを出た直後から向かったとすれば、今頃はイネヴィアの麓あたりには辿り着いていることだろう。この辺の丘陵と違って、イネヴィアはそれなりの高さのある山脈だ。キルシュの辺りではほとんど見られなかった雪も、イネヴィアには積もっている。

「――こんな真冬に登山だなんて、ますますもって厄介なところへ向かってくれるわね、彼らも」

 一言グチると、私はアープの背に乗って飛び立った。

 目指すは、白い山脈イネヴィア。

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