3 〈竜の宝石箱〉
というわけで、ロドニー先生からブラントさん宛の手紙を配達することになった私とアープは、フィオリスをトルテ村のカルルのところに泊りに行かせたあと、すぐにクーヴェルタに向けて出発したのだけれど。
「……全く、どこにいるのかしら? ブラントさん」
「イルミトを通過したことは間違いないな」
クーヴェルタでブラントさんが定宿にしている宿屋は、ブラントさんが予定通りの日に本を持って出発したという。クーヴェルタからラプラスへと向かう途中にある街や村でも、彼が泊ったことを街や村の人が覚えていた。
ブラントさんがイルミトの街を発ったところまでは確認した私たちは、その次にあるキルシュという街にやってきた。ここは、二階が宿屋になっている、街の食堂。夕御飯を食べつつ、情報収集を図ろうというわけである。――うん。だから、仕方がないんだけどね。それはそうなんだけどね。
「お待ちどーさまあ!」
十二、三歳くらいの男の子が、両手いっぱい料理を抱えて私のテーブルへと歩いてきた。
「こちら、おねーさんの注文した山菜定食ね。で、こっちがおにーさんの注文した、レバニラ炒めと川魚の香草焼き、ライス大盛にあつあつのスープ……」
「…………」
えんえんと続く料理名の羅列に、私はぷるぷると拳を震わせた。
「あ、あのねえアープ、状況わかってんの? ウチの家計苦しいのよ?」
アープは〈竜人〉、竜でも人でもあるんだから、普通の人間と同じ食事の量じゃ足りないってのはわかってる。わかってるけど、少しは遠慮ってものがあるんじゃないの?
「空腹で飛ぶ気はない」
平然と答えるアープ。私は怒鳴った。
「あんたの食費で、既にロドニー先生からもらった仕事料使い果たしてんのよ! 何で仕事を受けてよけい赤字にならなくちゃいけないのよ!!」
――これだから、ラプラスにいるときは、絶対外食なんてしないのだ。できるだけ安い食材を買ってきて、一片の無駄も出さないようにやりくりしてるってのに!
「……飛ぶ?」
アープの言葉を小耳に挟んで、首をかしげる男の子。慌てて私は話題を変えた。
「ね、ねえ君。一ヶ月くらい前、ブラント・レックさんココに泊った?」
「あー、あの毎年本持ってラプラスへ行く人でしょ? 泊ったよ」
ブラントさんが本を運んで旅するのはこの辺りの年中行事みたいになっているので、途中の街々の人も彼のことをよく知っているのだ。
「あのおじさん、毎年面白い話をしてくれるんだよ。来るの楽しみなんだ」
にこやかに言う少年を見ながら、アープに目配せする。〝キルシュに来たことは間違いないみたいね〟
――目配せしたつもりだったのだが、アープは全然こちらを見ていなかった。自分ひとりだけ、落ち着き払って料理を食べている。……何か、どうでもよくなってきた。
「……ふうん。で、ブラントさん、どんな話をしてくれるの?」
「今年はね、〈竜の宝石箱〉の話」
「それって……赤い目の竜が遺したっていう財宝のこと?」
そばにアープがいるせいもあって、竜と名のつく話は私も思わず気になってしまう。
「確か、この辺の土地に伝わる詩か何かがあるのよね。赤い目の竜が、死ぬ間際に言い遺したっていう……」
我が
この
赤き
汝が光
食事に勤しんでいるとばかり思っていたアープが急に詩句を呟いたので、私は驚いて振り返った。一応アープもこちらの話に耳は傾けていたらしい。
「うん。ブラントさん、〈竜の宝石箱〉を探してるんだって言ってたよ。赤い目の竜が死んだところが、もう少しでわかるかもしれないって。そしたらきっと、〈竜の宝石箱〉も見つかるって。見つかったら僕にも教えてね、って言ったんだ」
「へえ……ありがと。お仕事の邪魔して悪かったわね」
少年が去ったあと、私も山菜定食を食べつつアープに話しかけた。
「竜の財宝だってさ。ブラントさん、それで寄り道してんのかしら? ……それにしても、あんたよくあんな詩句さらっと言えるわねー」
――無言。ただひたすら料理を食べている。
「あ、あのねえアープ……」
また私が怒鳴りかけたとき、
「お客さん、ブラントさんに何か用だったのか?」
店の主人がやってきた。「息子に何か訊いとっただろ?」
「えーまあ。ラプラスの、ブラントさんのお友達から手紙を預かってて。渡さなきゃいけないんですけど」
「友達?」
「ブラントさんが本を持っていく相手ですよ。ロドニー・スーさんていう」
「あー、図書館やってる先生」
主人は納得したようにうなずくと、ふっと表情を変えた。「てことはブラントさん、その先生のところに行ってないのか?」
「はい。それで、先生が心配してて」
それを聞いて、主人が考え込む。「もしかして……いや、まさかな」
「何か心当たりでも?」私がたずねると、
「――〈竜の宝石箱〉だよ。ブラントさんが〈竜の宝石箱〉が見つかるかもしれないって話をしてたとき、近くのテーブルにいた四、五人くらいの旅人のグループがな、聞き耳を立ててたような気がしたんだ。次の朝ブラントさんが発つ少し前に、そいつらもキルシュを出てったんだが……」
「それって……」
私は眉をひそめた。「まさか、そいつらがブラントさん待ち伏せしてたかもしれないってこと? 竜の財宝のありかを聞き出すために」
「そこまでは言わんよ。俺の考えすぎかもしれん。何の根拠もない話だしな」
「でも本当にそうだったら……」私は、アープと顔を見合わせた。
「――ちょっと。もしかして、すごく大変なんじゃない?」
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