2 ラプラス図書館
「あらアープさん。今日はアーリィちゃんたちも一緒なのね」
そう言って私たちを出迎えてくれたのは、図書館の本の管理をしているナリーナさん。ロドニー先生の奥さんで、笑顔の柔らかい素敵な女性だ。書棚の間から、先生のお父さんのカンダさんも顔を出す。
「おお! 噂の美少女フィオリスも一緒かね。こりゃーいい」
「おじゃましてます」
フィオリスのあいさつに、カンダさんは鼻の下を伸ばしきっている。ここにもフィオリスファンが一人いたらしい。
「……お
対応に困るナリーナさん。私も困る。一人アープだけは、どこ吹く風といった調子で次に借りる本を物色しているが……。
ここ、ラプラスの街に図書館を作ったのは、このカンダ・スーさんである。カンダさんは昔、この辺りでは一番大きな都市クーヴェルタの大学で働いていたのだけれど、奥さんが亡くなって、まだ小さかったロドニー先生を連れてラプラスに帰ってきた。そのとき、たくさんの本も一緒に持って帰ってきたのだそうだ。子供たちに勉強を教えつつ、家の一角に図書館を開いて街の人々も自由に本を読めるようにしたらしい。
今は、ロドニーさんがカンダさんのあとを継いで先生をやっている。ロドニー先生がクーヴェルタの大学で勉強していた頃知り合い、結婚してラプラスに来たナリーナさんが図書館のほうの仕事をしているので、今じゃカンダさんは悠々自適の生活を送っている。
「いやぁ、わしがあと四十歳ばかり若かったらなぁ」
「お義父さん!」
……訂正する。悠々自適のエロオヤジ生活を送っている。私がラプラスに住み着いた頃にはもうロドニーさんが継いでいたが、アナタよくそれで先生が務まりましたね。
――まあ、四十歳も歳を引く必要はないだろうな、というのはこの際置いといて。
「あぁ~ぷ~!」
一人、別世界のように本を選んでいるアープに、後ろから女の子が飛びついた。
「あぁぷ、今日は何の本かりるの? おもしろい? メイベルにも見せて!」
「メイベル。アープさんのお邪魔でしょう」
ロドニー先生とナリーナさんの一人娘のメイベル。アープが大のお気に入りらしい。ナリーナさんがたしなめたが、メイベルはアープにぴとっとくっついたまま
「あぁぷ、メイベルじゃま?」
「別に」
「ほらぁ~。ねぇママ、メイベルね、おっきくなったらあぁぷのお嫁さんになるのよ!」
「……すみませんね、アープ君。うちのメイベルがいつもいつも」
そう言って苦笑しながら、奥からロドニー先生も姿を見せた。
「かまわん。アーリィで慣れている」
「――どういう意味よ!!」
いきなり引き合いに出されて、私は声を上げた。
「昔のお前も似たようなものだったぞ」――そう言われると返す言葉がない。
二の句を継げずにいる私を尻目に、
「あぁぷ、こんどこの本よむの? なんて本?」
「『毒劇物辞典』だ」
……何となく、図書館内が沈黙に包まれた。
「あのー、ロドニー先生。前から思ってたんですけど……この図書館の品揃えって、いったいどういう基準なんです?」
「……それはむしろ私よりも、親父かブラントの奴に聞いてほしい質問なんですが……」
ロドニー先生、責を負うのを拒否した。
まあ確かに、ここの本の大半は最初にカンダさんが持ち帰ったものだし、あとから増えた分はブラントさんが持ってきたものだから、先生のせいではないんだけれど……。
「――そう言えば、ブラントさん今年はいらっしゃらないのかしらねえ」
思い出したように、ナリーナさんが首をかしげる。
「いや、前に来た手紙では、今年も来ると言っていたんだが……」
ブラント・レックさんは、ロドニー先生のクーヴェルタでの学友だ。世界中を見たい、全てのことを知りたいと常に各地を旅して回っているのだけれど、冬になるとラプラスのロドニー先生を訪ねてきて、そのまま年を越すのが毎年恒例みたいになっている。そのとき滞在費代わりか、持ってこられる限りの本を持ってくるのだそうである。〝持ってきさえすれば何でもいい〟というフシがあるので、この図書館の品揃えがどんどんおかしくなっていく原因にはなっているのだが……。
「都合が悪くなって、まだクーヴェルタにいるのかな。それならそれでいいんだが、途中で何かあったんじゃなきゃいいが」
心配そうに言う。
「来るとしたら、いつ頃のはずだったんですか?」
私がたずねると、だいたい一月くらい前だという。それは確かに遅い。何の連絡もなければ、先生が心配するのも無理はない。
――そこで、私の中の虫がむずむずと動き始めた。やばい。しかし、こうなるともう我慢できない。
「……あのー、もしよかったら、私が」おずおずと言いかけたとき、
「様子を見に行ってもいいが」
「アープ!」
いつの間にかすぐ後ろに来ていたアープが、私が言わんとしたことを先に口にした。
「珍しい。アープが自分からそんなこと言うなんて」
「彼は本を持ってくるからな」
……目的はそれかい。
「有難い話だけど、アーリィ君たちにそんなことお願いするのは……」
言いよどむロドニー先生に、
「手紙を書いてください。ブラントさんに。それを、クーヴェルタまで届けに行きます。ウチは郵便配達業ですからね、それなら立派な仕事でしょ?」
そう言うと、しばらくして先生は笑って頭をさげた。
「それじゃ、お願いします」
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