第二話 〈竜の宝石箱〉

1 郵便屋の日常

 〈郵便配達アーリィ&アープ〉は、このところ物見高い客でにぎわっている。

「いらっしゃいませ。おしごとのいらいですか?」

「依頼じゃないんだけど……実はこの花をフィオリスちゃんに」

「わあ、ありがとうございます!」

「花なんかより、このケーキを。ぜひフィオリスに食べてもらおうと思って、買ってきたんだ」

「ケーキ、すきです。おいしいですよね」

「あ、じゃあ俺も明日買ってくる!」「いや俺が」

「あーもうっ! うるさい!」

 いいかげん堪忍袋の緒が切れて、私は怒鳴った。「仕事依頼する気がないんなら、来るなーっ!」

 そして、カウンターの前にたむろしていた男どもを外に放り出す。

「またのごりようをおまちしてます」

「フィオリス……今の場合はそれ言わなくていい……」

 私は頭を抱えた。

 私の名前はアーリィ・フェイ、十八歳。ラプラスの街で、〈郵便配達アーリィ&アープ〉の看板を掲げている。

 カウンターの中でにっこり微笑んでいるこの少女は、フィオリス・ニール。この冬の初めに、とある事情からウチで面倒を見ることになった子だ。相当に頭のいい子で、最初は全く東方語が話せなかったというのに、わずか一、二ヶ月でほとんど会話に不自由がないまでになってしまった。来た頃と比べると表情もだいぶ明るくなってきたことだし、時々接客でも任せようかな、と思ったのだけれど……。

 フィオリスが、人並み外れた美少女だってことを計算に入れてなかった。

 透きとおるように白い肌に、地まで届くような細くて柔らかい髪。月光の中から抜け出てきた、と言っても信じられそうな子なのだ。十二、三歳くらいにしか見えない女の子に、いい歳をした男どもが何人も熱を上げているのも、まあ無理はないかな、とも思えるのだけれど……彼らは全員、重大なことを知らない。

 ――フィオリスが本当は、三十路越えてるということを。

 実は、フィオリスは純粋の人間ではなく、人魚の血をひいているのだ。だから、歳の取り方が普通の人間とは違うのである。本人に確かめたら、三十七だと言っていた。

 ……しかしまあ、この程度のことは大したことではない。私は、もっと外見と実年齢がかけ離れているヤツを一人知っている。

「ずいぶんとにぎやかだな」店の奥から、その当の本人が顔を出した。

「あ、アープさん。ケーキもらったんです。たべます?」

「無論だ」

「千歳越してるヤツが当たり前のように子供にたかるなーっ!!」私は絶叫した。

「昨日も食べたぞ」

「アープ……あんたね……」

 こいつには竜のプライドはないのか竜の。

 彼、アープ・クラウドは〈竜人〉である。齢は多分千歳以上(自己申告)で、全身漆黒の竜の姿と、人間の姿とを持つ。人間形態のときは、黒髪に金の瞳、外見年齢は二十代半ばから後半くらいで、長身の……まあ、何というかめちゃくちゃカッコよかったりする。

 どうしてこう私のまわりには人間じゃない人(?)ばかり集まるのか知らないが、とにかく街の人間でそのことを知っている者は一人もいない。それを隠すのにただでさえ気を遣っているというのに、二人とも基本的に頭はいいくせに妙にすっとこどっこいな言動をとることがあって、私の頭を痛ませていた。

「……もぉ、いい。そろそろ薄暗くなってきたことだし、店、閉める」

 半分投げやりになってそう言うと、「本日の受付は終了しました」の札を出す。

「本日も何も、ずっと依頼はないが」

「うるさいっ!!」

 わかってるわよそれくらいっ。……ああ、今月の家賃、本当に払えるんだろうか。

「……あれ? 出かけるの、アープ」

「図書館に行ってくる。本の返却日だ。今日中に返す必要がある」

「そーゆーとこは律儀ね……で、何の本借りたの?」

 この〈竜人〉の趣味は、読書だったりする。本の好みが意味不明なのが難点なのだが。今回手に持っている本は、というと――『お菓子 その夢の世界』。

「アープさん、このケーキおいしそうですね」

「いや、むしろこちらのほうが興味深い」

 ……笑顔のフィオリスと真剣な顔のアープがケーキ談義をしているのを見て、私の頭痛はますますひどくなった。


 まあ、とにもかくにも、店は閉めたことだし私とフィオリスもアープにくっついて、図書館へと向かう。既に日は完全に沈み、空には星が輝いている。

「アーリィさん、しってますか?」

 フィオリスが、夜空を指さして、うれしそうに言った。

「あそこのしろいほし、クリスチェンバーっていうんですって」

「へえ、よく知ってるわね。……あ、そうか、カルルに聞いたんだ」

 私が言うと、恥ずかしそうにちょっと笑う。

 カルル・フレッツはトルテ村に住んでいる十歳の男の子で、私とアープ以外にフィオリスの正体を知っている唯一の人間だ(アープのことは知らないけど)。時々ラプラスまで遊びに来たり、逆にフィオリスがトルテのカルルの家にお泊りに行ったりしているから、そのときに教わったのだろう。あの青いのがランスティール、赤いのがルフェニール、と楽しそうにフィオリスは続ける。

「へえ、ランスティールに、ルフェニールね……」

 私が星を見ながら感心していると、アープも興味深そうに夜空を見上げている。

 そうこうしながら歩いていた私たちの前に、図書館の灯りが見えてきた。

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